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男気ゴリラが大暴れ!恋する魔法少女リーザロッテは今日も右往左往 #17

Episode.3 恋のダンスステップとプッティの逆ギレ説教

第17話 魔法少女の皿回しとレストリア・ワルツ

 夜を迎えた村のあちこちには篝火が炊かれ、家々の前には色とりどりの蝋燭が灯されていた。広場の中央に置かれたテーブルには揚げたての饅頭や煮卵、串焼き肉、軽焼きパン、つぼ煮といった様々な料理が並び、果物やお菓子も置かれて、誰でも好きに取って食べられるようになっている。
 リーザロッテも小さな取り皿によそった料理を食べながら、村人達のおしゃべりに楽しく耳を傾けていた。
 と、そんな彼女の袖をくいくいと引っ張る者がいる。

「ペルティニ、どうしたの?」
「リーザロッテ、知ってる? お祭りの最後には皆で『レストリア・ワルツ』を踊るんだよ」

 指さす方を見ると、弦楽器を嗜む者の演奏に合わせて、村の若い男女が早くも踊っていた。踊りながら口説いたり、愛を語り合ったりしている。村のお祭りは同時に出会いやお見合いの場でもあるのだ。

「まだ踊り方知らないでしょ? 私が教えてあげる。簡単だからすぐに覚えるよ」

 トロワ・ポルム最初の友達はとてもお節介焼きだった。それがリーザロッテにはとても嬉しく、ここでもされるがまま手を取られて「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「じゃ最初はこうやって挨拶して。それから手はこう、足はこう……」

 二人は曲に合わせて踊り始めた。リーザロッテには初めてのダンスだったが、曲に合わせて身体を動かす感覚がすぐに楽しくなった。

「リーザロッテが覚えたら次はプッティの番だからね」
「お、あたいに教えてくれるのか! ありがとう」
「そうよ。二人とももうレストリア人なんだから。手を差し出されたら、お辞儀をした後で取って、ちゃんとレストリア・ワルツを踊るのよ」

(そうだ、自分はもうレストリア人になってしまったのだ……)

 リーザロッテは頬を染めて「はい」と、うなずいた。
 こうして宴は続き……
 人々はたらふく食べ、大いに飲み、互いの収穫を自慢し合った。杯を重ねるうちに、収穫祭を聞きつけてやって来た外来者、村人の親類、隣村からお祝いを持参した者が後から後から現れ、そのたびに人々は乾杯した。人が増えるたびに祭りはますます賑やかになった。
 更には余興を披露する者まで現れ、祭りはますます盛り上がっていった。と、いっても芸とも云えない代物ばかりだったが。

「八番、リッペル。ビールを飲みます!」

ごくごくごくごくごく。

「はいっ」
「おお~~~っ!」
「九番、トムセン! 右手から親指を取り外します……はいっ」
「おおお~~~っ!」
「元に戻します!……はいっ」
「おおおおお~~~っ!」

 次から次へと壇上に立ち、しょうもない芸が披露されるたび惜しみない拍手と喝采が送られる。
 そこへ「楽しそうじゃないですか! 我々も混ぜて下さい」と、二十人ほどのレストリア兵士の一団が加わった。陣地構築に派遣され、引き上げる途中に立ち寄ったものらしい。国境にほど近いこの村ではさほど珍しい客ではなく、彼等も「お疲れ様です。さあさあ、どうぞ一杯やって下さい!」と温かく招き入れられた。
 そして、彼等も「我々も何かやりましょう!」と余興に加わったが、軍人がにわか芸人になったところでどんなものかというと……

「五七番、パングとアーロン、軍服で二人羽織やります……はいっ!」
「五八番、テロン分隊四名、組み体操やります……はいっ!」
「五九番、ハンス軍曹、この腹毛をヒゲに見立ててヘソ出し踊りやります……はいっ!」

 レストリア軍の士気は大丈夫なのかと心配になりそうなしょうもなさに、リーザロッテも開いた口が塞がらない。
 もっとも酔いが回ってグデングデンの村人達には大受けで、「いいぞー!」「もっとやれー!」と、割れんばかりの拍手と喝采で囃し立てている。

「……」

 見ているうちに、彼女の中に「こんなもの芸と言えるか!」という怪しい芸人魂がむらむら燃え上がり始めた。
 そもそもこのトロワ・ポルムで最初、人々の関心を得ようと羞恥心をかなぐり捨てて色々芸をやらかしたのに見向きもされなかったリーザロッテなのだ。それよりもっとしょうもない芸がやんやと持て囃されているのを目の当たりにして腹の虫が治まるはずがない。

「……プッティ、私もう我慢できない。アレをやるわよ!」
「わかってらい。行くぜ、リーザロッテ!」

 芸人魂に火がついた魔法少女が卓上の空き皿を両手に持って壇上に飛び出すと、広場にいた人々はついに真打ち登場だ! とばかりに沸き立った。

「六一番、リーザロッテ。皿を回します……はいっ!」

 もちろん魔法を使った芸なのだがリーザロッテ自身がクルクル回転し、その右手に持った棒先で皿を回し、その皿上でプッティが更に皿を回すという、凝った趣向の皿回しである。

「おめでとうございます! トロワ・ポルムの皆様、ご覧ください。世にも珍しい魔法少女の皿回しでござぁい!」
「本日はいつもより一枚多く回しております!」
「おおおおおおーーーーーっ!」

 会場の興奮と歓喜はついに頂点に達した! 人々は両手を挙げ、口々にリーザロッテの名を叫ぶ。してやったり! とばかりにリーザロッテは、汗まみれの顔に会心の笑みを浮かべた。
 だがそれがいつまでも続けられる訳でもなく、最後はとうとう目を回したリーザロッテがへたり込み、その頭上でプッティも引っくり返った。二人の周囲ではガチャンガチャン! と、皿も落ちてみんな割れてしまい「ああー」と嘆声が漏れて、人々はようやく興奮から醒めた。
 それでもすぐにたくさんの拍手が湧き、リーザロッテの芸を「素晴らしい!」「最高だったぞぉ!」と、賞賛する声が場を埋め尽くした。

「いやーどうもどうも」

 照れ臭そうに立ち上がったリーザロッテの耳に、そのとき祭りの掉尾を飾る弦楽器の演奏が聞こえてきた。
 レストリア・ワルツ。
 囃し立てて騒いでいた者も、飲んだくれてヨタを飛ばしていた者も、みな次々と立ち上がりそれぞれのパートナーに手を差し出した。
 妻へ、夫へ、兄弟へ、姉妹へ、あるいは親へ、子へ、意中の恋人へ……
 リーザロッテとプッティもペアになって踊ろうとしたが、そこへ「プッティ、私と踊っていただけますか?」と、ペルティニが現れて手を差し出した。
 目配せされ、なにごとかを察したプッティは「お相手仕ります」と、その手を取る。リーザロッテをよそに、二人は楽しそうに踊り始めてしまった。
 相棒を連れ出され、踊る相手のいなくなった彼女がしょんぼりしたとき。

「リーザロッテ・プレッツェル」

 呼びかけられ、振り返ったリーザロッテはそこで「嘘……」と、言葉を失った。
 想い人の王子様がいた。
 出会った時と同じ、白地に青の礼服を着て。

「レレレレレレレレレディル様ぁぁ!……どっどどど、どうしてここにぃぃぃ!」
「落ち着いて、リーザロッテさん。僕も貴女と同じようにこの祭りに招待されたんだよ」

 感動の再会と言っていい場面なのだが悲しいかな、小心者のリーザロッテはアワアワ狼狽のあまりせっかくの雰囲気をブチ壊してしまい、当の相手を苦笑させてしまった。
 それでも「僕と踊っていただけますか?」と手を差し出すレディルを見てリーザロッテは夢かと思い、ぼう然となった。
 彼女の労苦に報いるためにトロワ・ポルムから用意された収穫祭とっておきのサプライズとは、このことだったのだ。

「よっよっよろこんでお相手、仕ります。ああ信じられない。レディル様、レディル様、わたし……」

 差し出された手を恐る恐る取ったリーザロッテは、レディルの腕に導かれるまま、覚えたてのステップを踏んでレストリア・ワルツを踊り始めた。
 村人達はダンスに興じながら、陶然とした顔で踊る魔法少女の姿を微笑ましく見つめた。
 踊りながらレディルが気さくに話しかける。

「リーザロッテさん、この村の近くに住んだんだね」
「ごめんなさい。早くこの国を出るようにって言われたのに……」
「気にしてないよ。むしろ嬉しかった。レストリアを好きになってくれてありがとう」

 睦み言のように優しくささやかれ、リーザロッテはもう天にも昇りそうだった。

「最近は国境へ陣地の構築に出かけることが多くてね。帰りに立ち寄れるから都合がつけられて良かった。塹壕を掘ってる間はずっと『お祭りでリーザロッテさんと踊るんだ』って思って頑張ったんだよ。ほら、手が豆だらけだろ?」

 手袋を外したレディルは笑う。苦悩を隠して。
 国境線の向こう側ではズワルト・コッホ軍が砲列を敷き、兵士達が続々と配置についていた。戦車のキャタピラ音も聞こえていた。
 明日にも国境で戦端が開かれるかも知れない。その日暮らしのこの村の人々が避難を強いられたら、彼等はどんなに辛い思いをするだろう……
 せめて今だけは、収穫の喜びに沸く人々と幸せそうなこの魔法少女の笑顔に陰を落としたくなかった。

「そういえばさっきのリーザロッテさんの皿回し、凄かったなぁ!」
「あわわわ、お恥ずかしい……」
「本当は僕も出るつもりで用意してたんだよ。リーザロッテさんの巨大ゴリラをハリボテで拵えてたんだ」
「ええええええええええっ!」
「でも駄目って止められちゃったんだ。サプライズだからリーザロッテさんと踊るまで出てきちゃ駄目ですって。僕、凄く出たかったのに……」

 レディルは心底がっかりしてため息をついた。さぞかしゴリラになりきりたかったのだろう。うっとりしていたリーザロッテも思わずクスクス笑いだしてしまった。

「まあまあ。来年やりましょう来年! 楽しみにしてますから」
「うん。来年、ね……」

 来年、ここで同じような祭りが開けるだろうか……レディルはちょっと陰のある笑みを浮かべたが、何も知らないリーザロッテはただ笑って慰める。

 一方。踊り疲れたプッティはペルティニと二人で広場の板壁にもたれながら、楽しそうに踊る二人を見守っていた。

「見て見てプッティ! リーザロッテったらレディル様とあんなに素敵に踊ってる。幸せそう……」
「おお」
「とってもお似合いだわ。あのまま結婚しちゃえばいいのに」
「そうだな。そうなって欲しいな……いや、そうさせねばならん。うむ」

 相思相愛に見えそうなほど二人は仲睦まじい様子だった。優しい目でそれを見ていたプッティは、ふと妙な気配を感じた。顔を上げ、満月で明るい夜空の四方に目を凝らす。
 月光の届かぬ暗がりに、ひっそりと佇む人影があった。プッティのように魔法に関わる者でも気づきにくいほど、巧みに浅い闇へ紛れている。

(あれは……)


次回 第18話 プッティの決意、忍び寄る軍靴の足音


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