男気ゴリラが大暴れ!恋する魔法少女リーザロッテは今日も右往左往 #27
Episode.4 恋する魔法少女は王子様の国を護りたい!
第27話 魔法少女は愛しい人にその名を呼ばれる
リーザロッテにとっては幸せに浮かれてぼうっとなったり、結婚なんて衝撃キーワードが飛び出して気絶したり、まるでジェットコースターのように気持ちの乱高下した一日だった。
それでも、幸せに心満たされた素敵な一日になった。
いや、素敵な一日になるはずだった……
日が傾き出し、名残惜し気に楓が「そろそろ、お開きにしましょうか……」と告げた時は、彼女を恨めしく思ってしまったけれど。
そんなことよりもずっと冷たく恐ろしい現実が待っているなどと、そのときリーザロッテは思いもしていなかった。
「こんなお茶会を、また改めて開きましょう」
「いいね、是非!」
「やろーやろー!」
「レディル様、また来て下さい!」
楓の提案にリーザロッテ達は諸手を挙げて賛同したが、レディルだけは、困ったような悲しいような顔でかぶりを振った。
「レディル様?」
「こんな素敵なお茶会がまた開けるならどんなにいいだろう。僕もまた来たかった。けど……」
いつか……そう思って怯えていたものが来てしまったことを、彼女たちに告げなければならない。
昨日よりも今日、今日より明日、素敵な何かが待っているのだと信じている魔法少女に、それを告げるのは彼にはとても辛かった。
今日のように楽しく笑っていられた日をまた……そう信じられたらどんなに幸せなことだろう。
だけど……
立ち上がったレディルの顔を見たとき、リーザロッテはこんなにも悲しそうな王子様の笑顔を初めて見た、と思った。
「明日、ズワルト・コッホ帝国からレストリア王国へ宣戦が布告されます」
「……え?」
今までの楽しかったお茶会の席のさざめきが、リーザロッテの耳から遠く離れていったように感じられた。
「まさか……」
「……」
「戦争……ですか……」
「ええ」
これからとても恐ろしいことが始まるのだ……と、震えだしたペルティニをレディルは招き寄せ、抱き上げた。
「ここに私がいても構わないと? ズワルト・コッホは皇御の国を敵に回しても良いと表明したのですか?」
キッとなった楓がレディルへ詰問する。
「楓さんは一刻も早い出国を、と皇御の国からレストリア宮廷へ要請がありました。御迎えの者がブルダ王城にまもなく来られるそうです。ズワルト・コッホからは仮に軍が庇護出来た場合は丁重に扱い、母国へお送りすると」
「そんな……」
「リーザロッテさんも、別の国へ行かれて下さい」
あの温かく楽しかったお茶会の空気はどこへ消え去ってしまったのだろう。
リーザロッテとプッティはぼう然となって、別人のような形相で楓が「嫌です! レストリアをこんな風に見捨てるなんて!」と、叫ぶのを見た。
「楓さん、そんな我儘言わないで」
「嫌なものは嫌ですわ! 第一、そんなこと急に言われましても……」
「大丈夫、国境線にレストリア軍は堅い防御陣地を構築しました。そう簡単にズワルト・コッホはここへは来れません」
しかし彼等が力尽きて異国の軍がなだれ込んできたら、その時は……
レディルは、怯えてしがみ付くペルティニをそっと抱きしめた。
「……」
その姿を見て、リーザロッテは知った。
運命に対して、彼等レストリア人がいま必死に抗っている。それは互いの身体を摺り寄せて嵐から身を守ろうとしている無力な小鳥のようだった。
(ああ、私……私……)
「楓さん、避難して下さい。リーザロッテさんも」
「……レディル様はどうなさるのですか?」
その、落ち着いた静かな声に、それまで血相を変えて叫んでいた楓はハッとなって振り返った。
「僕は……レストリア人だから」
この国を捨ててどこかへ、という気持ちなどあるはずがない。
そんな彼の返答にうなずいたリーザロッテは、彼の腕からペルティニを取り上げ、聖母のように優しく抱きしめた。
泣きじゃくりながらペルティニが尋ねかける。
「リーザロッテ……リーザロッテは行っちゃうの? どこかへ行っちゃうの?」
「へっ、私? 行くわけないじゃない!」
聞かれたリーザロッテは、ヘンなことを聞かれたとでもいうように突然素っ頓狂な声で叫んだ。
その声に、ペルティニもレディルも楓も皆、驚いて彼女を見た。
「戦争って言ったってリーザロッテ・ハウスはここだし、村の皆とも友達なのに、私にどこへ行けって言うのよ!」
「リーザロッテさん……」
「ペルティニだっているし、レディル様だっているし」
「……」
「行かない、じゃない。行けないの。私、もうどこにも」
絶句するレディルに向かって、彼女は照れくさそうに告げた。その頬には涙が伝っている。
「レディル様。リーザロッテはもう……レストリア人になってしまいました」
リーザロッテはベソを掻きながらヘニャっと笑った。
「もし出てけって追い出されたら国境で野垂れ死にします。ゴメンなさい」
その頬を「ああ、リーザぁ! リーザぁ!」と泣きながらペルティニが狂ったように何度も口づける。おかしげで優しくて不思議なこの少女が自分と一緒にこの国にいてくれる。そのことが今のペルティニにはたった一つの寄る辺であり、救いだった。
「リーザロッテさんがいる限り、私もここを動きませんわ!」
仁王立ちした楓も叫ぶ。
「私の持つあらん限りの魔法を駆使して戦いますから。ふん、ズワルト・コッホめ、来るなら来るがいい。皇御の魔法少女を本気で怒らせたらどんな地獄を見るか、思い知らせてやるわ」
魔法。リーザロッテは目を輝かせた。
星石たった一個だけど、自分にはあの無敵のゴリラ魔法だってある。もっと探そう。またどこかで星石が見つかるかも知れない。誰かを助けるために使った後で、それは一度ならず二度も自分へ授けられたのだ。
くじけるな、頑張れ、と目に見えない誰かが励ましてくれたように……
「そうだよ。私、魔法少女なんだから! レディル様、このリーザロッテにドーンとお任せあれ!」
「リーザロッテ、よく言ったぞ! あたいも薪ざっぽでズワルト・コッホのへなちょこ共なんざ叩き返してやらあな」
「……」
レディルはもう何も言えなかった。顔をくしゃくしゃにして俯いたまま、懸命に泣き顔を見せまいとしている。
「そういう訳ですからレディル様。お茶会はまた開きますから必ず来て下さいまし」
「異議なーし。ね、プッティ」
「当たり前だ。おい、ペルティニももうメソメソしてんじゃねえぞ!」
「うん……うん……」
やがて……
夕闇が迫る頃、楓の歓迎会はお開きとなった。
泣き疲れて眠ってしまったペルティニは楓が抱っこしてトロワ・ポルムへ魔法陣で届けることになった。
レディルはこれから国境沿いの村々に疎開を促して回るのだと言う。
リーザロッテは笑顔で彼等を見送った。
「レディル様。また明日……」
馬に跨ろうとしたレディルは手を振るリーザロッテへ微笑み、「じゃあリーザロッテさ……」と言いかけて急に真顔になった。
「リーザロッテさん」
「はい、レディル様」
「僕……」
ちょっと言いよどんだが、思い切ったように彼は告げた。
「僕、これから貴女のことを呼び捨てにする。いいね?」
「はい?」
「……リーザロッテ」
それは、魔法の呪文のようだった。リーザロッテは、身体中がかあっと燃え立つような思いがした。
自分が、彼にとってそれまでの親しい友達とは違う「特別な何か」になったことを、その呼び名は告げていた。
リーザロッテの胸は激しく震える。
「リーザロッテ」
「は、はい……」
「リーザロッテ」
「はい!」
笑顔でうなずくと、レディルは馬に跨って駆けだした。リーザロッテは燃えるような瞳の中から彼の姿を離さない。
この国がどんな暗闇へ向かおうとも、自分の心にはいま、その名を親しく呼ぶ愛おしい人がいる。
だから信じよう。
昨日より今日、今日より明日、きっときっと素敵な何かが待っている。
「レディル様、私の王子様。また明日……」
遠く去ってゆくレディルの馬を追いかけたい衝動を抑えながら、リーザロッテはいつまでも、いつまでも、手を振り続けるのだった……