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【掘り起こし】2006年08月30日14:47「夏、ふしぎばなし。」

 早期回想用メモ

 小学校二、三年の夏休みだったと思う。 

 階段をほんの数段降りたところからはじまる半地下の湿った通路。
幅の狭いトンネルに、一列になって、おばさんの集団が吸い込まれていく。(おじさんもいたかもしれないけれど、わたしの記憶ではほぼおばさんの集団)
真っ暗闇の通路が続いている。薄暗いとかそういうやつじゃなくて、本当に真っ暗な通路だ。
よりにもよって、なぜこんな薄気味悪い通路にありがたがって人が並ぶのか全く理解できないまま、恐ろしさに全身をこわばらせ、わたしも入り口に立っている。
手をひいているのは、母でも父でもなく、信心深いで有名な知り合いの老婦人だった。 全然入りたくないのに、その老婦人に諭されてわたしはそこに立っている。
「真っ暗な通路の中程に仏様の鍵が下がっていて、その鍵を手探りで触ることができたなら、御利益がある」とか「良い子になれるよ」とかそんな感じのことだ。 

お願いだ、良い子なんかになれなくてもいい。絶対入りたくない!
・・・と言えなかったのは、単純に相手が母ではなかったからだ。
独特の匂いを放つ、少し緩んだ皮膚の老婦人の手を握って、わたしはおそるおそる最初の一段目を降り、歩き始めた。とにかく早くここから出たい。
ところが、おそるおそる進み始めた通路の奥から、不意をつく喧噪がわたしを襲った。がらんがらんという鋳物を触る音と、
「あらーあったわよーー」
「ここよここよ!」
「今度あんた触りなさいよー」
「あっらいやだ、誰かの手を触っちゃった! うひゃひゃひゃひゃ」
真っ暗闇に到底似つかわしくないおばさんたちの大声と笑い声だ。全く何も見えない暗闇の中、おばちゃんたちの明るい熱気が伝わってくる。
ありがとうおばちゃん。おばちゃんの大騒ぎのおかげで、やや怖くなくなり歩みが早くなる。
もう少し、あの「がらんがらん」までもう少し。
その時、それは起こった。

あのおばちゃんたちは鍵をさわり終えてに出口に急いだのだろうか、声も、気配も一気に消えてしまった。
まずい、これはまずい。怖い、怖すぎる。戻りたい!と体を反転させた時、後ろから光が近付いているのに気がついた。
ゆらゆらと揺れる大きな丸い光。
その光が左右に揺れながらわたしの方に近づいてきた。丸い光が目と鼻の先まで来て、ぼんやりと見えたのは、 白い着物に雪駄履き、腕にでっかい銀色の腕時計をした大きな体のお坊さんと、その手に握られたこれまたでっかい懐中電灯の光で、 彼の握る懐中電灯は、あっさり鍵を照らした。
老婦人が慌てて言った。
「明るいうちに早く触らせていただきなさい」
わたしはその暗闇で触らなければならないはずの鍵を、はっきりと見た。
大人の両手に収まるくらい大降りの、黒い鉄の鍵だった。

あれ? これ暗闇で触らなきゃいけないんじゃなかった?
ご利益大丈夫? と思いながら鍵を触った。

 トンネルを出たとき、母が立っていて「鍵見つかった?怖かった?」と言った。
老婦人は、母にわたしを引き渡すと「暗闇を怖がる小さな子が、無事に鍵を触れるよう着いてきてくださったあのお坊様に一言お礼が言いたい」と本堂の方に行った。

 しかし、そうなのだ。
おきまりのようだが、そんなお坊様はいないのだった。老婦人は狐につままれたような顔で戻ってきて、母に通路で起きたことを「嘘じゃない」と力説していた。

夏、ふしぎばなし。mixi 2006年08月30日14:47

夢だったのかもしれないとも思うが、あの白い着物のお坊さんが、でっかい銀色の腕時計をしていたのを変にリアルに覚えている。
そしてわたしはとにかく「いやいやいや、暗闇じゃないとまずいまずい」とずっと思っていたことも。

ググってみたらどうやらそこは善光寺さんで、あの例の通路を歩くのは「お戒壇巡り」と言い、写真で見たけど、今思い出してもだいぶ怖い。本当に真っ暗。
あのがらんがらんと音のなる鋳物は「極楽の錠前」だそうです。


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