ランナーと少年@創作物語
その少年は、今日も窓から外の景色を眺めていました。
その窓からは、街全体が見渡せます。
とても素敵な見晴らしなのに、
どんなに良い天気の日でも
少年の表情は曇ったままでした。
少年は、野球が大好きです。
学童チームに入って、いっぱい練習して、
速く鋭い球も投げられるようになってきました。
これから、もっともっと・・と思っていました。
しかし、ある日、練習中に
膝に激痛が走りました。
通院の結果、靭帯が切れていたのでした。
すぐに手術を行いましたが、
手術の後、先生から言われた言葉に
少年は、目の前が真っ暗になったのでした。
「手術で、できることは全てしました。この後は、リハビリと経過観察になりますが、また、今までのように、野球ができるかどうかは、何とも言えない状況です。」
大好きな野球ができなくなる・・
少年は夜、ベッドの中で泣きました。
次の日から、リハビリが始まりました。
しかし、思ったように足が動かない、動かせない・・なんだか、自分の足ではないみたいだ。
そう思うと、リハビリもやりたくなくなりました。
やがて、お腹が痛いなどと嘘をついては
リハビリをさぼり
1日中ぼーっと窓の外を見ている生活になりました。
ある日、少年の目に止まったのは、一人のランナー。
良いなぁ。あんなに自由に走れて。
その日以降、よく注意して見ていると、そのランナーは、毎日、街のどこかを走ってました。
少年は、そのランナーが気になり、双眼鏡を買ってもらい、
毎日、そのランナーを探すのが日課になりました。
少年が入院して、1ヶ月経ちました。
リハビリをさぼったりしていることもあって
なかなか足は治りません。
そんなとき、病室のドアをノックする音。
訪ねてきたのは、あのランナーでした。
少年は、びっくりしながらも、
興奮して、いろいろなことを話しました。
毎日、見ていたこと。野球が大好きなこと。その野球で怪我をしてしまったこと・・などなど。
ランナーのおじさんは、にこやかに話を聞いてくれました。
おじさんは、晴れた日に、いつも、この病院の窓からキラキラ光る双眼鏡の反射に気づき、少年のことを知ってくれたとのことでした。
おじさんは、少年にこう言いました。
「大丈夫だよ。きっと、良くなるよ。また、野球が
できるようになるさ。」
おじさんは、何気なく、少年を元気づけてくれようとしたのですが、その言葉を聞いた少年は、言葉を詰まらせ、その後、おじさんに大声で叫びました。
「おじさんは、怪我をしてないから分からないんだ。毎日、元気に走ってるじゃないか。また、野球ができるなんて、勝手なこと言わないでよ。」
おじさんは、少年の大声にびっくりし、
申し訳なさそうに言いました。
「そうだね。おじさん、きみのこと分かってないよね。きみが元気になってくれると良いなぁと思っただけなんだけどね。」
おじさんは、そう言うと、肩を落として、病室を出て行きました。
次の日も、その次の日も、少年は、窓から街を眺めました。
おじさんは、毎日毎日走ってました。
病院の近くから、双眼鏡を使わないと見えない、あんな方まで。
少年は、ずっと心にひっかかってました。
せっかく訪ねてきてくれたランナーのおじさんに、
ひどいことを言ってしまった。謝りたい。
少年が入院して2ヶ月が経ちました。
そんなある日のこと、なんと、あのランナーのおじさんが、少年のもとに来たのです。
「おじさん、あの・・、ぼく・・」
謝りたい気持ちはあるのに、うまく言葉にできない少年をにこやかに制すと
おじさんは、
「ちょっと見せたいものがあるんだ。」
と言いながら、
大きな紙にプリントされた地図を見せました。
少年は何が何だか分かりません。
すると、おじさんはこう言いました。
「地図の上に、赤い線がたくさん引かれてるだろう。それは、おじさんが走った場所なんだけど、よ~く見てごらん。」
少年は、言われた通り、よ~く見ました。
最初は、ただの地図と赤い線にしか見えませんでした。
しかし、ある瞬間、そこに浮かびあがってきたのは・・
野球ボールを投げようとする男の子の絵だったのです。
おじさんは、楽しそうに言いました。
「きみに、少しでも元気出してほしくてね。この街に大きなお絵描きしてみたよ。ちょっと、時間は、かかっちゃったけどね。」
少年が広げた地図に一粒、二粒・・と涙がおちました。
少年は、涙でかすみ、地図が見えにくくなってきました。
袖で涙をぬぐう少年・・涙のもやが晴れたとき、
少年の目には、地図上に浮かぶ“ボールを投げる自分”の姿が見えました。
この話は、ここで、おしまい。
この少年とランナーのおじさんが、この後どうなったのかは、みなさまのご想像におまかせします。
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