『極東サブカル研究室(仮)』
〈第3回心灯杯 三題噺の参加作品です。参加条件が有料投稿のため有料設定となっておりますが全文無料でお読みいただけます。お題は過去、見返り、増えるツンデレ、です。お暇なひとときによろしかったらどうぞ。〉
***
極東のこの国でも雪の降る季節を迎え、その夜はこの「ネオ・カイセキ料理」の店先でも粉雪がふわりふわりと舞っていた。
「えー、宴たけなわではございますがー、ここで当研究室、室長よりご挨拶を承りたく存じます。マサミネ博士、どうぞーっ!」
パチパチパチパチ!、一斉に拍手が沸き上がる。
「えー、ここは、極東ニューロサイエンス総合研究所の有志によって構成された独立・非公認・非営利の組織であります。
昨今の「第三世代ウェアラブルデバイスの特異感情表現の発現事例」を受け、「デレーシステム」の構造解析を進めるなか、我が国において古典閲覧禁止コンテンツ研究の第一人者であるエマ・コラナ博士のもと、今や過去と化した素晴らしい文化を今一度、研究、享受しようという志のもとに集結した我らの城とも云うべき存在──。
それがこの『極東サブカル研究室(仮)』なのでありまーす!」
そう、声高らかに忘年会(兼研究発表会)で挨拶をしているのは、マモル・マサミネ博士である。
「マサミネ博士、酔ってるね」
「うん、絶対酔っぱらってる。なんかいつもよりテンション高いし、センテンス長いし、喋りすぎ。情報漏洩とかダイジョブなの?」
「まぁ、ダイジョブっしょ。お店貸しきってる訳だし」
「だね」
マサミネ室長が続ける。
「えー、それでは、いよいよ恒例となりました研究発表を、どなたからでも結構なのでお願いしたくー、」
ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!
言うが早いか、数人から勢いよく手が挙がった。
「えーっと、それじゃー、まずはミカサ氏!どうぞー!」
指名を受けたのは、マリ・ミカサ。エマの後輩研究員だ。
マリが自身の研究成果の発表をはじめた。
「みなさん、こんばんは。僭越ながら、わたくしから発表させていただきますね。
わたくしはコラナ博士と同じラボなんですが、博士と一緒にコンテンツを調査する過程で、デバイスの特異感情表現がいわゆる"萌え"と呼ばれるものだということが判明しました。この事はみなさんもご存知とは思います。今回注目したのは、そのなかでもツーンデレー、正しくは"ツンデレ"と発音する表現形についてです。
対象に対して素直になれず、ついつい"ツン"と強く当たっちゃう中に"デレ"が時折発現する大変興味深く、また魅惑的な特異感情表現法です。
このツンとデレの割合はパレートの法則よろしく80:20でありまして、この"ツンデレ"を擬似的にデバイス内部で自己増殖させるアルゴリズム、つまり『増えるツンデレ』の開発に成功いたしましたー!詳しくはみなさまの装着しておられる、それぞれのデバイスにデータ資料をお送りさせていただきましたので、そちらをご参照くださいませ!」
「おおー!」
一同から感嘆の声が上がった。
「これによってデバイス内のどの領域にアクセスしても常に"ツンデレ"を体感することが可能となるのです!みなさんもぜひ、ご自分の研究用デバイスにインストールしてみてはいかがでしょうか?以上でーす!」
「はい、ミカサ氏、ありがとうございました。この研究発表について、ご意見や質問また感想のある方、いらっしゃいませんかー?」
「ありませんかーっ?では──」
「無いようですのでー、同じラボのコラナ博士、ご意見などありましたら?」
司会進行役がエマに声をかけた。
部屋の隅で一人壁に向かって座り込み、黙々と料理を食べていたエマがゆっくりと振り向く。
艶やかなブリュネットの巻き髪がふわりと揺れる。エマはいつもは着けないアンダーリムの眼鏡型デバイスを装着しており、そのローズピンクのフレームは彼女にとてもよく似合っていた。
「うおおー!」
「でた!研究所一番の見返り美人!」
「うわっ、しかもコラナ氏が珍しくメガネしてるー」
「眼鏡女子だ!眼鏡っ子属性プラスかぁ!?」
「萌えだ!萌え!」
「やだ、先輩、かわいーいー!」
方々の席からこれまた感嘆の声が上がった。
それとは反対にエマの機嫌は悪いようだ。脇には1800ml入りのライスワインボトルがしっかりと抱えられ、ボトルの上部にはピンク色の面積にして64c㎡の付箋紙が貼り付けられている。
今日は行けなくてゴメンね♡ シン
付箋紙にはシン・カハール博士からのメッセージが書き添えられていた。
女性メンバーの一人が隣に座っている男性を肘でつつきながら声をかける。
「見てみて、あのボトルのラベル『獺祭』って書いてある!」
「何?あれ"ダッサイ"って読むんだ。でもそれがどうかしたの?」
「あなた、知らないの?あのブランドのレア度はS級よ!今じゃ滅多に手に入らない激レア・ライスワインなんだから!」
「そうなんだあー」
「前にコラナ博士と観たコンテンツにも出てたんだから!シン博士も奮発したわねー」
「ああ、シン博士は急な出張で今夜来られなくなったからな。めっちゃ気、使ったんだよ、きっと──」
「ちょっとそこっ!うるさ~い!」
エマが言った。
「あっ、すいません」
メンバー二人は笑ってごまかす。
エマはかなり酔っているようだ。
「私、こう見えても忙しいんだからね~ヒッ。シンが美味しいお酒とお料理があるから来てね、って言うから来てみれば彼本人がいないじゃ~ん。お酒だけ置いていっても、私、許さないんだから~。それにマリ!」
「ハイっ!」
先ほど発表したばかりのマリが姿勢を正す。
「あんたねぇ~、ツンデレをデバイス内部で増殖させちゃって、アクセスするたびに"ツン"ばっかだったり、"デレ"ばっかだったりしたら一体どうするつもりなのよ?80:20で発現するからいいんでしょ!それじゃ、いみないじゃん!却下よ、きゃっか~」
「あっ、あっ、すいません、すいません、」
マリはその場ですっくと立ち上がり、ぺこりぺこりと頭を下げている。端で見ていて可愛らしい。
「だいたい、私、こんなサブカル研究室なんて、認めてないんだからね~、まあ勝手に楽しむ分には構わないんだけどさ~~、ヒッ」
エマは間違いなくかなり酔っていた。いつものクールなキャラとは相当なギャップがある。
ひとりが言った。
「エマ氏、今夜は"クーデレ"かぁ?」
「まぁ、ギャップは分かるとしても、デレはどこよ?デレは?」
「さっきシン博士に対してちょっぴりデレてたじゃん」
「そうか!、"クーデレ"発現だわ。やだ萌えるーっ!」
エマが一喝する。
「あんた達っ!研究所内で"萌え萌え"言ってないでしょうね~??所長にバレたら私が叱られちゃうんだからね~、エマ!君が広めたんだろ~?、ってね」
慌てたマサミネ博士が声をかける。
「あははは、まあまあ、大丈夫ですよー、コラナ博士。私がいつもちゃーんと見てますから。いやね、コラナ博士が持ってきた古典閲覧禁止コンテンツがあまりにも面白くて。たまにこうして、みんなで集まって発散しないとねぇー」
「そうです!そうです!」
参加者が口々に同意する。
「まぁ、いいんだけどね、わ、わたしは………zzz」
そう言いながらエマはボトルを抱えたまま眠ってしまった。
──暫しの沈黙。
「はいっ!そういう訳で、コラナ博士もお休みになられたようなので、どんどん、行きましょー!」
「おおー!!」
「それでは次の研究発表は──」
ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!
再び多くのメンバーから手が挙がった。
こうして『極東サブカル研究室(仮)』の忘年会(兼研究発表会)は明け方まで盛大に行われた。
しかし、研究員たちはまだ知らない。
"萌え"の奥深さ、そしてその尊さというものを──。
いつまでも、いつまでも降り続く雪は皆の笑い声を吸い込み、秘密の会合をまるで包み隠してくれているようだった。
おわり
こちらの企画への参加作品です。
この作品のセルフパロディでもあります。
このSFのプロットは「心灯杯 三題噺」を書くために考えたといっても過言ではありません。
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