『ZeroTwo-Dance(完全版)』
その日、夕食は鍋にしようということになり、僕と僕の彼女は食材を買いにスーパーに出掛けていた。
二人で野菜売り場で手頃な白ネギを物色していると、隣でひとりの少女が白ネギを高々と掲げ、少女の母親らしき人物に何かをしきりに懇願している。
「ねえ、お母さん、やって、やってよ~」
少女はネギを握りしめ、前後に突きだす仕草をしながら、その腰は微妙に左右に揺れていた。
「え、ネギで何するの?」
少女の母親はやさしい口調でそう問いかけるも、その表情には明らかに困惑の色が見てとれる。
尚もネギを動かし続ける少女と、立ち尽くす母親。僕の彼女は事態を察したうえ小声で、だが僕にもはっきりと聞こえるようにこう言った。
「お姉ちゃんたちが、お手本みせたげるね」
──マジか? ここであれをやるってのか?
彼女に言葉を掛ける間もなく、僕の手には一束の白ネギが握らされていた。
彼女の口から軽快なメロディーが流れ出す。
──こうなったら仕方がない。
僕は心を決めた。
彼女は頭の後ろで両手を組み、足を揃え、僕に「やれ」と追い討ちをかけるように、無言の圧力のこもった視線を投げてよこした。
前奏部分を口ずさみながら、身体全体でリズムを取る彼女に向かって、僕は白ネギを彼女の腰元に突き出した。
交互に繰り出される白ネギを華麗にかわしながら、彼女の腰はしなやかに左右に揺れ、それに合わせて彼女の長い黒髪が緩やかな弧を描く。
スーパーの食品売り場という環境にありながら、彼女のダンスはキレにキレ、一部の隙もない。
気づくと、周りに人だかりが出来ていた。
人々は彼女の艶かしい動きと、その肢体に引き寄せられたのであって、決して白ネギを持つ僕の滑稽な姿を見に集まってきた訳ではない、と思いたかった。
──それにしたって、この状況は。
ひとしきりダンスを終えると、彼女は少女にウインクしてみせた。
少女はパチパチと控えめな拍手でそれに応え、少女の母親は深々とお辞儀をしている。
──何してんだ、僕。いやこの場合、僕らか。
僕の手には、熱で少ししんなりした白ネギ。
それをそのまま陳列棚に戻す訳にもいかず、僕はその白ネギをさっき買い物カゴに入れた一束目の横にそっと立てかけた。
「あの人たち、きっといつもあんなことしてるのよ」
そう誰かが言っているような気がして、それから今夜の彼女を少し想像して、僕は密かに赤面するのだった。
〈了〉