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4歳児を見つめる32歳

週末、4歳児と過ごすことになった。
ずっと小さい子どもが苦手で、避けてきたけど、ご家族の事情でご一緒することになった。

何でもやりたがる年齢だと聞いていて、「1人でできる!」と豪語するのに、手を洗うと袖がヒタヒタになって、泣いてた。石鹸のポンプが届かない…とまた泣いてた。うまくできなかったことが悔しくて度々泣く。。。という泣き虫だった。

できることの範囲はものすごーく狭いことは理解しているから、やってあげようか?と聞く。すると、当然でしょ?みたいな顔をしてた。

その潔さというか、態度が標準装備されている姿が眩しかった。当たり前なんだもんね、、。

4歳なんだから、と笑われそうだけど
我が家ではそうじゃなかった。

「自分でやる」と言ったらサポートがなかった。言葉の重さを学ばせてもらえたけど、疑心暗鬼な性格が治らないのは、この教育方針が悪影響として残っている。前言撤回は絶対にできない世界で生きてきた。だから、すぐに言ったことをバサバサ捨てて「やってよ」と近づいてくる姿が勇ましかった。

それから、4歳児は豪快に笑っていた。
今が最も幸せだという感じで大声でニカッと。イチゴの数を減らされたときは、この世の終わりみたいに泣いてた。涙も鼻水も垂れ流して、顔を真っ赤にして大号泣。

あんだけ笑って泣いたら、スッキリするだろうなぁ、、と見ていた。かわいいから、抱っこをせがまれたら抱っこしたけど。あったかくて、柔らかくて不思議な感覚だった。

いつか親になるのかなぁ、、とふと思った。昔から子どもが苦手で、今や介護まであるから、できるだけ時間がとれたら、1人で静かに過ごしたいと思ってしまうこの日常に、そんな台風みたいなもんを授かる日が来るのかな。

でも、小さい手を握って歩く土手は、めちゃくちゃ楽しかった。ゆっくりのんびり、ニコニコしながら歩いた時間が楽しかった。

介護とは間逆の時間軸だ。
4歳児は毎日成長する。
介護は少しずつ重度になる。

子どもが持つ独特のパワーで、ちょっとだけ遅く進めばいいのにと思った。

#介護日記
#ただの愚痴

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