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戻る場所と帰る場所。

腕時計が床に落ちた。


ここでは時間厳守だからとずっと身に着けてた、腕時計。

外すとなくすからと思ってお風呂以外着けてた、腕時計。

たった一ヶ月で体の一部と化していた腕時計は、落ちたところで壊れるわけもなく、チッ、チッっと音を刻んでいる。

ふかふかのベッドに倒れこむ。左腕からは音もしないし、うっすら見える血管以外何もない。

あぁ、

帰って来たんだ。帰ったんだ、私。

夜の10時過ぎ。持って帰ってきた荷物の片づけなんかやらずに、地元の、ここの友達に電話する。話したいことと聞きたいことで溢れてる。卒業してたった1ヶ月なのに、まだ1ヶ月なのに。


ゴールデンウイーク中は閉寮するため、ちょっとぶりの帰省。そんなちょっとが短いようで長くて。重りがなくなったような、暖炉にあたっているような気分だった。

やっぱりご飯はおいしくて。調子に乗って食べ過ぎて、お昼が食べれなかったり。反省しつつも、次の日も食べ過ぎる。冷たいご飯でおなかを空かせていたのになぁ。当たり前だけど、お鍋はやっぱりあったかい。


遊びに誘ってくれたのに誰も計画してなくて、雨の中歩いて。結局友達の家に行っても、何かするわけでもなく話して。

「たぶんさ、こうやって続くんだろうね」

なんて言うもんだから、何が?って聞いてみたら

「ノープランで話すだけって。きっと何年経っても、こんな感じで集まってるんだろうなぁって」

そうだといいねって笑ったけど、本当にそうしていたいな。高校も違うのにこうやって集まれて、話せて。大人になったらきっと、もっと離れてしまうけど。会いたい。会い続けたいな。


本を借りたけど思ったよりも長くて。せっかく持って帰ったのに、兄が同じ本を持ってたし。あぁ、面白かったよぉとか言ってたけど、結局読み切れず。夏休み、家で読もう。

まったりしつつも、もちろん学校からの課題も(鬼のように)あったわけで。めちゃくちゃ難しい数学の問題をlineで送り付けて、電話しながら一緒に悩んだり。近状報告なんかも挟んで、あんなに楽しく勉強したのも久々だったなぁ。

そんな日々も、あっという間に終わる。

私が時計をつけていなくても、時間が止まっているわけではないから。



「いつ帰るの?」とか、

「帰る準備は?」とか、

「帰ったら連絡してね」とか。

よく言われた。すごく言われた。友達からも、親からも。なんだか寂しいというか、孤独感というか。初めて寮に行ったときなんかに感じていない感情があった。

やっと、その正体がわかった。

帰るってことだ。

このときの帰るって、寮に帰るって意味だよな。家から出発して、寮で生活して。家に帰って、また、寮に帰るのか?

私の帰る場所って、どこだ?

家だったはずの帰る場所が、いつの間にか寮になってる。

帰る、をネットで調べてみる。

物・事・人が、もとのまたは本来の場所・状態に戻る。
[返] 普通と逆の向きになる。

本来の場所。普通の向き。

全部家だったのに。家からの矢印だったのに。私の中では変わっていなかったことが、いろんな人の中で変わり始めてる。

まるで、居場所がなくなってしまったような。そんなはずはないけど。わかっているけど、どこか寂しかった。

戻る、って言ってほしかったのかな。

戻ると帰る。同じようでどこか違って。寮に来て、何だかんだ心の余裕がなくなってて。毎日書いてた日記すら書けなくなってて。腕時計を外してから、何にも縛られなかったから。時間を忘れてた。

私はきっと、戻りたくなかったんだな。帰る場所にずっといたかったんだな。そんな気がする。


腕時計が、チッ、チッっと音を刻んでいる。

次に帰れるのは、夏休みだけど。私は私の家に帰ります。どんなに時間が経っても、帰る場所は家だから。

                               KaiTO

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