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#4 あの時の、時間。
ざわざわと人の声がする。
うるさいなぁと思いながら目を開けると、そこにはたくさんの高校生がいてここが教室だとわかった。僕はいつからか寝ていたようで、頭がまだフワフワしている。
案の定、考えたくても、何も頭が働かないわけで。
「おはよう。目、覚めた?」
背中を突っつかれて後ろを向くと、笑顔でそう聞いてくるオマエがいた。
「あぁ、いや、全然」
「まだ眠そうだね。ぐっすりだったよ。だから誰も起こせなかった」
「起こそうとするぐらいしてもいいだろ?」
「何度もしたさ。何度も。でも起きなかった」
「そっか」
ひじをつきながら黒板の前の時計を見ると、10時25分を指している。
あれ?だけど、秒針は動いていない。壊れているのだろうか。
「なぁ、時計が止まってるんだけど」
「昨日先生が言ってたよ。新しい時計が届くまであのままって」
「そうだっけ。で、いつ届くの?」
「知らないよ。今週か来週くらいじゃないの?」
あぁ、っと返してみたけど、時計のことなんて言われただろうか。俺、昨日学校来てたっけ?いや、休んでたこともないし。昨日の晩御飯は、そうだ。
コンビニで買ったおにぎりと、しめじと野菜の炒め物だ。
「何そんな顔してるんだよ。早く行こう」
オマエは何も持たずに俺の袖を引っ張って、教室から飛び出した。
予鈴が鳴った。10時30分。確かに時計は、教室の時計は、そう指していた。
教室の外に出ると、そこは急に静かになって、俺たち以外誰もいなくなった。ただ、同じような風景がひたすらに続いている。
「静かだな」
「あたりまえだよ、今のチャイムで授業が始まったんだから」
「え?俺たちは?」
「別にさ。別に、たまにはサボってもいいんじゃない?何とかなるから」
オマエがその笑顔でそう言うと、何だか本当にどうでもよくなってしまった。不思議だなぁ。こんなに居心地がいいのは、久しぶりだ。
窓の外を見ると、中庭には大きなさくらが咲き誇っていた。空気は暖かくて、すごく気持ちいい。これだから熟睡してしまったんだ。
「僕はね、葉桜のほうが好きなんだ」
「えっ。その、何で?」
「だってさ、花が咲いたときはあんなに注目されてて。でも、散ったらみんな終わりだと思ってるだろ?でもさ、葉桜はピンク色なんかに負けないくらい強い緑で、葉をつけて。生きてるんだよ。生きてるって気がする」
「そっか。確かにそうかもな。そうして、また花を咲かせるんだよな」
「そゆこと」
長い廊下を歩くと、突き当りに階段がある。俺たちは何にも考えずに、ただ、上っていた。コンコンと鳴る足音だけが広い学校に響く。
「どこ向かってんの?」
「屋上だよ」
「え、でも鍵かかってなかったっけ?」
「鍵だったらずっと前から壊れてるんだよ。だから大丈夫」
屋上まで階段を上る。体力が落ちてしまったのか、息が上手くできない。でもオマエはどこかで聴いたことあるような鼻歌を歌いながらどんどん上っていく。
空気をたくさん吸ったからか、だんだん頭が回るようになってきた。本当に授業をサボっても良かったのだろうか。絶対後から怒られるだろうな。そのときは俺のせいじゃないことにしよう。それに、止めなかった先生も悪い。
そういえば、先生は教室にいただろうか。
授業が始まる前、先生は教室にいなかった。でも、廊下に出たとき、俺たち以外誰もいないし、静かだった。先生、授業忘れてるのか?先生は、……。
先生の顔が思い出せない。
俺の先生って名前何だっけ?1年の時は岡で、2年の時は、綺麗な女の先生だったな。で、三年はまた岡。
ってことは、ことはじゃない。俺って今、何年生なんだ?
何かが、おかしい。
授業が始まるときって、あんなに静かだっけ。
長い廊下を歩いてきたけど、ずっと静かだった。
あの時、教室には人はいたのか?
今も学校は俺たち二人しかいないような。そんな気がする。
目が覚めたとき、あの時いた教室は、誰がいたんだっけ。
ここ、どこだ?
わかった。わかった気がした。ハッとしたときにはもう屋上の扉の前にいて、オマエはもう、ドアノブに手をかけていた。
「なぁ」
「ん?」
「その、オマエは、一体、誰だ?」
空には雲一つなく、まるで絵に描いたような景色だった。この空の色を、自分のものにしたくなるくらい、絵の具にしたいくらい、綺麗だった。
「気づいちゃった、か」
オマエは小さな声でつぶやくと、とりあえず座りなよと、なぜかそこにあるベンチに腰をかけた。僕はなんだか怖くなって、ベンチの端にそっと座った。
「夢、なのか?」
「かもね。キミが僕のことを思い出せないのなら、そうだよ」
そう言うオマエは何だか寂しそうな顔をしていて、なぜだかわからないけど、僕は少しだけオマエの近くに座り直した。
「どう?久しぶりの高校生は」
「学生服の、この動きづらい感じが懐かしいよ」
オマエの目の中に映る僕は、僕ではなく「俺」で。こんなだったんだと、5年前の自分なはずなのに少し恥ずかしかった。
「俺、こんな夢見るくらいになっちゃったのか」
「キミのストレスの量は尋常じゃないからね。会社に行って、したくもない仕事して、上司にこっぴどく怒られて。おまけに彼女もいないし、友達もいない。それで帰り道に見た桜の木とストレスとが繋がって、この夢に至ったってわけ」
オマエは何とも現実的なことを優しく、まるで遊びの計画でも話してるように言った。不思議だ。夢だとわかっている夢。こんなこと、今までにない。
「その、オマエは、誰、なんだ?」
ほら、またそんな悲しい顔をする。オマエは絶対初対面ではないのは直感でわかるし、だからこそ、オマエが大事な何かであるような気がする。
その顔が、心を絞めつける。
「知ってるはずだよ。もう」
「そんなのわかってる。でも、思い出せないんだ」
「そっか。なら、キミが思い出すまで待つよ」
思い出したい。思い出せ。思い出せ。俺。
コイツは誰なんだ。
隣で笑っている、コイツは誰だ。
高校の同級生、友達は一人もいなかった。
でも、絶対そうだ。そうなんだ。
何か、俺の、僕の大事な人なんだ。
隣にいると安心する人。
隣にいてもいいと思えた人。
隣に、ずっと、ずっと隣にいたかった、人。
チャイムが鳴った。ふと我に返ると、空がオレンジ色に変わっている。袖の隙間から入ってくる空気が冷たくて、なんだか悲しくなった。
「それじゃあ僕、教室に戻るよ」
オマエは扉に向かって歩きだす。ダメだ。きっとオマエがここからいなくなれば、この夢は、この時間は終わってしまうんだ。
「そんな顔しないでよ。じゃあ、頑張ってね」
オマエが歩く姿がスローモーションで見える。何と言えばいいのだろう。伝えればいいのだろう。
ありがとう。またな。会えてよかった。違う。そうじゃない。
行かないで。一人にしないで。そんな自分勝手なことは言えない。
思い出したいこと。何だ?俺から抜けている記憶。消えてしまった記憶は。
「ごめん」
ドアノブにかけようとしたその手を、僕は、俺は強く掴んでいた。
「俺、友達いなかったから。オマエ以外いなかったから、オマエと一緒にいるとき、すごく楽しかったんだ。俺の楽しい思い出には、ずっとオマエがいたんだ。だから、思い出せなかった。全部、全部。なのに、俺は」
「もう、この先はいいから。泣くなよ、男なのに」
そう言われて、自分の頬が濡れていることに気づいた。でも、止めようと思っても、止められるはずもなかった。
「なんで笑ってるんだよ。だって俺はオマエを見捨てたんだぞ。裏切ったんだぞ」
「しょうがなかっただろ?僕の味方をすれば、キミもいじめられてた」
「言い訳だ、そんなの。何で俺は、夢の中でもきれいごとを並べて、自分が悪くないようにこうやって信じ込ませようとするんだよ……」
「そうかもね」
顔を上げると、優しくて、悲しそうで、でも幸せそうな、そんな目で見つめ返された。
「寂しかったさ、キミも僕を見て見ぬふりしたとき。やっぱり、一人なんだって、苦しくて、辛くて。でも僕を見るキミの目は、前と変わっちゃいなかったから。助けてほしかったよ。でも、そんなこと言えなかった」
「助けたかった。でも、怖かったんだ。自分がオマエみたいにされないか。ごめんな。……オマエが学校来なくなって、転校して。また、一人ぼっちになって。オマエとまた、笑いたかった。さよなら、言えなかったから」
オレンジ色の空が、俺たちを赤く染め上げる。どうやら、涙が止まるのにはだいぶ時間がかかったようで、日が沈みかけている。そして、それは俺だけじゃなかった。
「なぁ、オマエは俺の記憶なのか?それとも本物?」
「もし、本物って言ったらどうする?」
「どうもしない」
「なら、記憶だよ。少しは心が軽くなっただろ?」
「会社でのストレスは、いや、まぁ、軽くなったかな」
「学生服着てるやつがそんなこと言うなんて。大人になったんだな」
きっともう、覚めてしまう。このまま時間が止まってほしかった。覚めないでほしい。覚めるな。起きるな、僕。
「これ、やるよ」
「何?」
「寝てる間にノートちぎっといたんだ。これキミの分」
「何にも書いてないじゃん」
「書いてよ、僕に。ほら、シャーペン」
「何を?」
「夢が覚めたときに、この時間を忘れられないもの」
なんだかよくわからないが、とりあえず何か書こう。もし、オマエに書く小さな手紙。何を書こうか。
「書けた。そっちは?」
「書けたよ」
「じゃあ、交換。中身は見ないでおこう」
「それじゃあ意味ないだろ。夢なんだから」
「ポッケに入れとくんだ。キミが念じれば、本物の僕に届くかもしれない。それにキミが目覚めたときに、僕の書いたやつが入っていれば、成功」
「そういうのって、大抵無理だろ」
「どうせ忘れるなら、こっちのほうが今は楽しいでしょ?」
オマエが書いた紙をポケットに入れる。何を書いているんだろう。少しワクワクする。
「ありがとな」
「こちらこそ」
「じゃあ、行こう」
俺たちはドアノブを二人でもって扉を開けた。開けても何も起こらないで、なんだと思ってオマエと笑った。1歩踏み出したとき、記憶が飛んだ。
目が、覚めた。
頭がフワフワする。なんだか不思議な夢を見た。確か、そう、そうだった。
僕は、ある人に電話をかける。話すのは何年ぶりだろう。
「もしもし?その、高校の同級生の」
「葉桜の絵、上手かった。今日の夜空いてる?」
「あぁ、うん。じゃあさ、」
ごめんな。ありがと。また友達になりたい。
あと葉桜描いたから。 若かりしオマエの友達より
僕は本物。お邪魔しました。090-xxxxーxxxx
夢が覚めたら、飲もう。 名前くらい覚えとけよ。トモダチより