推しと自己開示【2023年2月3日】
今日は好きなアイドルグループ『GoldenChild』のメンバー、キム・ジボムの誕生日です!
え〜!明日4時半起きなの嫌すぎる。
どよ〜びなのに…。
でも友達の中には土曜日に当たり前のツラして働いている人もいるからね…俺は何も言いません…。
書くことねえ〜、明日早いから20時には寝たいと思ってたのに、なんか今の時間になっていた。ふざけるな!!
明日のエネルギーを得ようと、体がラーメンを欲している気がする。
これは完全に気のせいで、私の口も胃も別にラーメンなんか食べたがってない気がする。
だけどなんか喉が痛くて…。喉が痛い時は家系ラーメンを食べると良いんだと大昔Twitterでみてから、なんとなくそのルーティンができている。ろくでもねえや。
久しぶりに推しのチッケム(音楽番組の収録の様子を、メンバーごとに映してくれた別映像のこと。メンバー全員あるもんだとなめてかかると、そんなこともない場合もあるので注意だ!)を観た。うーん、良い。
なんだか健康に良い気がする。全ての要素が私の細胞一つ一つに行き届いて浸透していく。美白化粧水、保湿乳液の如く。
今インスタをみたら本当に珍しく、マジで珍しく推しが写真をあげていた。舐めるようにみてスクショした。ありがたい。本当にありがたいよ。明日4時半起きなのどうでもよくなる。なりません。許せない。
『推し』という言葉、最近アイドルに限らず各方面でよく見かける。推し映画、推しドラマ、推し絵師、推し配信者など。急速に浸透したけど、一体いつからあるんだろうな。絶対出処はアイドル文化だと思う。
推しの浸透に伴ってかはわからないけど、『萌え』という言葉は本当に見かけなくなったな。10年前くらいは結構耳にしたと思うけど。
萌えと推しは意味が違うけど、なんというか可愛がり方としては同じな気がする。(あくまでアイドルやキャラクターに対する表現だけど)
調べたら「推し」という言葉自体は、1980年代のアイドルブームの時から2ちゃんねるではあったぽい。結構前だ。
AKBの総選挙などがテレビで話題になり、それを通して「推し」という言葉・概念が普及したのでは、とウィキには書いてあった。なるほどな〜。オタク、アイドル文化が出自なのは間違いなかった。
そのあと、メディアが「推しは対人間ではなく、対好きなものに使える」と、広義の意味で使用してから、今ほど使われるようになった(らしい)。なるほど〜、メディアの力は偉大だ。
最近テレビ離れとか色々騒がれていますが、別に「メディア」と言われて、すぐテレビが思いつく私は割とテレビ世代だな〜と感じる。あんまりZ世代という自覚はない。(ギリギリかすってるだけだし…)
メディアにはもちろんインターネット広告が入っているし、YouTubeも入っている。多分そこら辺が『推し』を使い始めたんじゃなかろうかしら。そうじゃないとここまで浸透してない気がする。
推し、みんなが使い過ぎていて、なんだかミーハーな言葉に感じてしまってあんまり使いたくない…。(ひねくれているだけです)
でも、なんというかそうとしか言えないんだよなあ。推薦の“推”の字が使われているので、『応援する』という気持ちが強いし。
「私はあなたのファンです!」
「あなたは私の推しです!」
“ファン”は主体がこちらにあるけど、“推し”は主体が相手にある。この違いが何かしら大きいんだろうな、何の違いかは思いつかないけど…。
「好きです」という自分の価値観や感性を直接伝えるのは、自己開示(セルフクロージャー)4段階の中でも最高難易度の4段階目だ。
『好きです』(『嫌いです』でも同様だが)という答えは、coreのことをきかれた時の問として出てくる。自分の気持ちとか、最終的な判断を下す部分が一番人間は表現しにくい。
まぁファンも推しも同じようなニュアンスではあるんだけど、主体が違うから、より自分の核心から遠い言い回しになってるような気はする。
“私自身”の属性の話(多分第2か第3段階にあたる)ではなく、“あなた”がどの属性にいるか、の話をしているから、言いやすいのかもしれない。主体が変わることで、自己開示からは遠くなる。推しというのは、自分云々ではなく、相手を評価する言葉か。
は?
とにかく考えをつらつら書いたけど、本当に曖昧なこと書いてるわ。寝ます。4時半起きだから…………。
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