掌編|彼と彼女と神の歌
ある町に、神さまの話を人々に伝えることを生業(生業とは、仕事のことです)とする若い男がおりました。男は町の人間から「アカさん」と呼ばれておりました。なのでここでは彼のことを「アカ」としておきます。
アカは、町外れに神さまを崇める(崇めるとは、大事にするということです)ためのモニュメントを建てました。するとアカの周りには多くの人が集まりました。その中に、まだ幼く可憐な少女がおりました。
その少女の名は、クロエ。人々はクロと呼んでいます。
クロはアカのことが大好きで、アカもまたクロのことをよく見ていました。そんな、ある日のことです。
アカは、神のための聖歌隊を作りたいと考えました。なので町にいた歌える少年少女を集め、聖歌隊をつくったのです。そこにはクロもおりました。彼らは声を揃え、神のために美しい歌を紡ぎました。アカは大満足です。
それから一年が経ちました。アカの聖歌隊はまだ美しい声を響かせ続けます。やがて二年が経ちました。アカの聖歌隊からぽろぽろと人が抜け始めました。三年が経ちました。いつの間にか聖歌隊はたった三人になりました。四年が経ちました。聖歌隊は二人きり、そして五年目。クロがいるのみです。
やがて十年が経ち、アカの元に誰もいなくなりました。
「あぁ、どうして誰も神さまのために歌ってくれないんだろう」、アカが嘆いています。
「こんにちは」とアカの教会の扉を叩き、久しぶりに顔をのぞかせたのはクロでした。しかしアカの知っているクロの顔とは違います。目の縁にはアイライン、睫毛をもりにもり、化粧が毳毳しい。それは少女ではなく女の顔でした。
「お前はだれだ!?」とアカは驚きます。「私はクロです」とその派手な女は言いました。
「あぁ、クロよ。どうしてそんなに変わってしまったんだい」アカは言います。
「私はひとつも変わってませんよ」クロも言います。
しばらく二人は見つめ合い、アカが「もう、神様のためには歌ってくれないのか?」、そう問いました。
するとクロはほんの少しだけ、悲しそうな顔を見せました。それから、
「私はずっと、神様じゃなく、あなたのために歌ってたのよ」と言いました。そして、去っていきました。
残されたアカは、クロの背中をただ見送るほかありません。
あまりに、遠すぎて。