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掌編小説|犬猫人鼎談 ―犬と猫の毛刈りに纏わるある日の攻防―

「にゃにゃーん」
「あら、猫。足の裏毛が伸びてるわね。それじゃあ滑って困るでしょ」
「このくらい平気ですにゃ」

「御母わん、御母わん」
「なんですか、犬」
「この間、猫ったらね。お便所の前に座り込んで、お便所の中に顔突っ込んで、なにしてるのかなーと思ったら自分のお尻から出た糞をうっとり見詰めて砂なんかかけたりしてんの。だからあたし、汚いわんよって注意しようと思って猫の背中にわんっ、て吠えてやったら、にゃにゃにゃって滑って猫が転けたの」
「え、危な。やっぱり裏毛のせいで滑るのねぇ」
「ぬぬ、犬め。告げ口とは卑怯にゃり」
「告げ口じゃないわん、報告だわん」
「……バリカンどこにしまったかしら」
「お、お待ちください御母にゃん。ちょっとお訊きしますがにゃ、野生の動物は足の裏毛をバリカンで刈ったりしますでしょうか」
「しないんじゃない」
「その通り、そんな悍ましいことはいたしません! 猫は元々野生です、野良猫です。にゃので足の裏毛を刈ったりしません、バリカンは不要にゃのです!」
「そりゃあ外には板張りの床なんてないもの」
「つるつるの氷にゃどはございます」
「氷の上なら足がはりつくのを毛が防いでくれるわん。だけど板の間の上では足を滑らすだけだわん。ほれ、ごしゃごしゃと騒いでないでさっさと裏毛刈られなさいよ」
「……犬よ」
「改まってなんだわん」
「貴様、先月、御母にゃんに尻の毛をバリバリ刈られた屈辱を、この猫にも味わわせようという魂胆だにゃ」
「あらやだ、あたしそんなこと思っちゃいないわんよ」
「嘘にゃ! この猫が、犬の尻に茶色き糞のぶら下がること御母にゃんに報告した件、未だ恨んでおるにょだろう!」
「うふふ、そんなこともあったわんねぇ。だけどね、猫。あたし、そんなお尻の穴の小さい犬じゃないわんよ。裏毛のことは猫のためを思って言ってやってるわん。またお便所の前で無様に転んで、今度は怪我でもしたらどうするわんよ」
「…………」

「やだ、何よその眼。猫の僻み根性って嫌わんね」
「あったわ、バリカン」
「御母にゃんっ! 御母にゃんっ! 御母にゃんっ!」
「あらまぁ猫ったら毛ぇ逆立てちゃって。みっともないわん、おーほほほほ」
「(うるさいわねぇ……)なんですか、猫」
「猫はこの通り、ほれ、肉球が柔らかな上にじっとり湿ってございましょう!? ゆえに平らかな場所にはぴたーっと足裏が張り付きますにょでたとえ裏毛があったとて板の上では滑らにゃいタイプの猫でして――」
「わんっ」
「にゃにゃにゃっ」
「滑ってるじゃない」

という次第で。
猫は御母さんに足をむんずと掴まれバリバリと足の裏毛をバリカンで刈られてしまったのでした。

「にゃ、にゃんという屈辱――」
「おーほほほ、良かったわね猫。犬に感謝するが良いわん」
「…………」
「おーほほほ、おーっほほほ」

「あ、御母にゃん!」
「今度はなんです、猫」
「ご覧ください、犬の尻毛に茶色い一筋! あれは糞、またまた糞にございますにゃっ!!」
「わんっ!?」
「あら、きったない。刈らなきゃ」
「!?」
「もう、バリカン洗ったばかりなのにねぇ」
「猫め、余計なことを……」
(にゃははは、にゃーはははは、にゃーーっはははは)


「お、お待ちください御母わん!」
「まだ何かあるんですか、犬」
「ちょっとお訊きしますわんが、野生に生きる動物は――」


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