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遺品整理の仕事【最終日】

2022年6月30日(木)

朝から体がだるい。

全身が重い。

勤務最終日なので晴れ晴れとした気持ちで出勤したかったが、昨日トラックを走行不能にしてしまったので、それが叶わない。

事務所に着くと、鍵を持っていないカー坊さんが体育座りで待っていた。

8時半頃出勤。

書類の準備をする。

今日はカー坊さん、柳さん、わたしの3人のみで、ベテランメンバーがいなかった。

ベテランメンバーがいない状態で施工の準備をしたことがないので不安になる。

柳さんも施工に入るのかと思いきや、柳さんは事務仕事をするらしい。

カー坊さんと2人で出発した。

道中で、昨日トラックを走行不能にした話しを聞いてもらう。


<1件目>

到着してから驚いた。

1件目の施工は、2年ほど前に歯科衛生士をしていたとき、口腔ケアで訪れていた老人ホームだった。

エレベーターの掲示物の雰囲気もそのままで、見かけていた従業員の人がいたりと懐かしかった。

2年経って、まさか遺品整理の仕事でここに来るとは思わなかった。

遺品は、イス、テレビ、テレビ台などの大物家具が5点のみだった。

施設の人が台車を貸してくれてとても優しい。

カー坊さんが運び出しをしてくれている間、わたしは某自動車メーカーや、JAFの人と電話で連絡を取った。

施工に出ていると某自動車メーカーにトラックを持って行けないため、社長に「柳さんに代車のトラックの対応をお願いしてもいいですか」と確認する。

社長からの許可が出たため、柳さんとJAFの双方に連絡を取り、手配をした。

社長が柳さんに向けて「無駄な時間やから、早く終わらしてな」と連絡していた。

運び出しは30分ほどで終了。

事務所に戻ると、柳さんはJAFや某自動車メーカーの対応などで外に出ていた。

カー坊さんとお昼を取る。

ご飯を食べたあと社長から「事務所に置いてあるエアコンを業者に持って行くように」と指示を受け、エアコンを積み込む。

いままで遺品整理で回収してきたエアコンが山のようにあり、1.5トンのトラックには乗り切らない量だった。

「エアコンはどこに持って行ったらいいですか?」と確認すると「知らん。社員の藤田に聞いて」と言われる。

柳さんは、会社近くの特殊清掃の見積もりに向かった。

次の施工は派遣の人が来ると聞いていたが、来る気配がない。

社長に確認すると「派遣会社に聞いて」と言われる。

社長に派遣会社の連絡先を確認すると、それから返信がなくなった。

そのあと柳さんが資料を見つけてくれて、派遣の人は現地集合だということが分かった。

次の施工まで時間が迫っていたので、柳さんとカー坊さんがエアコン業者に向かい、わたしは隣の県にある2件目の施工現場に向かった。

そのあと社長が二転三転したことを言い出し始め、柳さんとカー坊さんはエアコン業者に行ったあと、見積もりにも向かうことになった。


<2件目>

老人ホームに入るための不用品整理だった。

施工現場の市営住宅に到着すると、老人ホームを斡旋した、男の相談員さんがいたのであいさつをする。

相談員さんは施工の見守りや、指示を出したりしてくれるらしい。

「今日の人なんですけどね、老人ホームに入りたくないって拒否が強くて、荷物持って行ったら怒るかもしれないです」と相談員さんが困った顔をしていた。

話しを聞くと、タバコの始末が悪く、このままでは火事になってしまうと老人ホームに入ることになったらしい。

たしかに、床や、机、イスなどに無数の焼け跡があった。

部屋を見て回ると、なぜかトイレットペーパーホルダーの上に陰毛が溜めてあった。

相談員さんと土地の話題から地元の話題になり、相談員さんがわたしの実家近くの大学に通っていたことが分かった。

しかも同じ歳だったので盛り上がった。

柳さんやカー坊さん、派遣の人が来るまで、処分するものを袋に詰めていく。

30分ほどしてから派遣の人が来た。

それからさらに30分ほどして、柳さんとカー坊さんが来た。

大きな家具を外に出してもらう。

外に出ていた相談員さんが戻ってきて「エアコンの取り外しは待ってもらってもいいですか?」と言う。

エアコンの取り外しは最後に行うので、問題なく施工を進める。

作業をしながら派遣の人が「孤独死はしたくないですねー。最近増えてるみたいですねー。僕も60歳超えてるからねー」という話しを3回ほどしていた。

また外に出ていた相談員さんが戻ってきた。

「すみません!老人ホーム入る予定だった方が暴力事件起こしたので、作業一旦中止で!」と言う。

話しを聞くと、老人ホームに入りたくないと拒否をし、道路に寝転がっていたところをヘルパーの人が起こしに行ったが、そのときにヘルパーの人を殴ったそうだ。

いまは警察に保護されているらしい。

「状況次第では、荷物を元に戻してもらうかもしれないです」とのこと。

しばらく待機する。

30分ほど待機をして「老人ホームには入れないことが決まったので、荷物を戻してもらってもいいですか」と言われた。

袋に詰めた荷物や、外に出した家具を元に戻す。

もう処分すると思ってまとめたものを、元に戻す作業はしんどかった。

不用品だと思って袋に入れたので、生ゴミと生活用品を混ぜて入れてしまったりした。

いつもの施工は効率重視なので、みんなは皿をガンガン割りながら袋に詰める。

わたしはそれに罪悪感を覚えるので、あまり皿が割れないように詰めるのだが、今回はそれが功を奏し、1枚も皿を割らずに元に戻せた。

相談員さんは、各所に電話をかけていた。

「実は、入居予定の方が暴力事件を起こしまして……」と最初深刻そうに話していた相談員さんは、段々吹っ切れてハイ状態になり「実は入居予定の方が暴力事件を起こしましてぇ↑」という口調に変わっていた。

荷物を部屋の中に戻し、撤収する。

17時すぎだった。

ガソリンを入れて帰ることになったが、またセルフのガソリンスタンドに入ってしまった。

何度も確認を行い、怯えながらガソリンを入れた。

事務所に戻ると、社長に「元のトラックが返ってきたみたいやから取りに行って」と言われる。

わたしはトラックが戻ってくる前日に、代車になんてことをしてしまったのだろう。

トラックを取りに行き、事務所に戻った。

これでトラックに乗るのは最後だった。

もうこれから一生、トラックを運転できないかもしれないと思うと寂しい。

記念に自撮りをしておこうと写真を撮ると、いまの状況にピッタリの自撮りになった。

事務所に入る。

社長がソファに座っていた。

いまからトラックを走行不能にした話しが始まる。

顔が引き攣り、心臓が縮み上がる。

社長はまっすぐわたしを見る。

「トラックどうするつもりやねん。このままで終わると思うか」

社長はソファに座ったまま真っ直ぐ背筋を伸ばし、目を据えていた。

近くに柳さんがいたので「柳はそこに入っとけ」と社長が言い、柳さんが事務スペースに入った。

さらに緊張が高まる。

「どう落とし前つけるつもりやねん!トラックあんな状態にしてよぉ。燃料が回っとったら修理代100万の世界やで!」

わたしは何も言えず固まる。

「どう誠意見せるつもりやねん!!どう誠意見せるつもりやねん!!どう誠意見せるつもりやねん!!!」

社長が語気を荒げたあと、空気が静まる。

社長がやたらと「誠意」という言葉を使ってきたので、もしかして土下座する流れなのかなと思った。

でも土下座はしたくないなと思った。

現実逃避をしたくて、社長のメガネにめっちゃ蛍光灯の光が入ってんなーとかどうでもいいことを考えていた。

ようやく自分の口を開く。

「代車のトラックのガソリンを確認不足で入れてしまい申し訳ないです。でも修理費用は払えないです」

「じゃあ今回のはお前の非やな?今回の件はお前が全面的に悪いやろ。トラック動かんようにしてよぉ。燃料入れ間違えたお前の責任やん!どう落とし前つけんねん!!」

「………………………………………」

「黙っとっても進まんやろ」

社長が怖すぎて発言するのが怖い。

でもこのままだとわたしが全面的に悪いと丸め込まれて修理費用を払わされてしまう。

でも怖い。

でも言うしかない。

「確認不足だったのはわたしが悪いですけど、社長の伝達不足もあると思います」

「ああ!そんな態度で来るねんな!そうなんやな!ほんまは素直に謝ったら全額持ったろうと思っとってん。でもそれやったらこっちも出るとこ出たるわ。裁判でもなんでもして半額払わせたるから」

「払わないです」

「いや払わせるから。絶対払わせたるから」

「いや払わないです」

「払わないとかじゃないねん。裁判したら払うことになるねん」

わたしは払いたくなくて必死だった。

『千と千尋の神隠し』で湯婆婆に「ここで働かせてください!」「ここで働かせてください!」と同じセリフを吐く千尋みたいだった。

社長はビビると思って「裁判」と言っているのだろうが、どうせ裁判を起こす気はないだろうとも思っていた。

今回トラックを走行不能にしたことと、裁判にかかる時間と金と労力を考えると、きっと面倒が勝ると思う。

もし裁判になったとしてもそれはそれで、人生経験として受け入れよう。

この状況でビビる必要はない。

社長は話しを続けた。

「裁判することになるけど、それでもお前、俺に非があるって言うてくるねんな?裁判してもええんやな?」

「はい」

社長は「えっ」という顔をした。

堂々とした態度から、体の体制が崩れて顎が下がっていた。

社長はわたしを伺うように「ほんまにええねんな?」と言った。

わたしは「はい」と言った。

社長の体の体制も顔も崩れる。

「別にな、こっちだって最初から払わせる気ないねん。でもお前の態度が気に入らんねん。素直に最初から『私が悪いです。すみません』って言うとったらそれで済む話しやったんや。こっちにも非はあるけど、お前が謝るべきやろ」

「……こっちにも非があるって言うなら、なんで最初わたしが全面的に悪いという方向に持っていったんですか?」

「お前まだ言うか」

「……………………」

「別にな、金を払わしたいわけじゃないねん。生活厳しいんで早めに給料くださいって言うてくる子にそんなん払えんやろ。反論するのがかしこいと思っとんやったらそれは違うで。お前も裁判になったら勝ち目ないのは分かるやろ?お前、いままでの話しの持っていき方を見ても頭は悪くないわ。でもこういうときは素直にすみません言うとったらええんや。こっちが金払えって言うとんやったら伝達不足とかを指摘してもええけど、まずは素直に謝るべきやろ」

「…………修理代金の半額払えって言ってましたよね」

「お前なあ……。あのな、半額払えって言うたのはそれくらいの思いで反省してほしかっただけやねん」

なんやそれ。

めんどくさ。

社長は状況によって自分の都合の良いように話しを変えてくる。

わたしは自分が悪いと思っていないわけではない。確認不足で悪いと思っている。会社に大した貢献なんてできていないし、入社して1ヶ月で辞めるのに、こんなに大きな負債を生んでしまって申し訳ないと思っている。でも反論して、戦わないと丸め込まれると思った。

「昨日の駐禁の件でもな、立花は『全面的に僕が悪いです』って認めとったやろ。そういう気持ちが大事なんや。あれも払わすつもりないしな。過去にトラック廃車にしたやつもおったわ。200万や。でも俺は一銭も払わしてないよ。自分も今回の件で悪いと思う気持ちはあるんやろ?」

「はい」

「それやったら素直にすみませんでええんや。俺は払わすつもりないから。裁判なんかして裁判費用もかかるし、どっちもお金と時間使うだけや。今回の費用は払わんでええから。後から請求することもないから安心して」

「はい…………。今回『半額払え』って言われてたので闘わないといけないと思って。嫌な態度取ってしまってすみません」

「うんうん。次の仕事してもそうやで。まず非を認めてすみませんって謝ることや。まあこんな形にはなったけど、最後話せてよかったわ。次に行っても非を認めてちゃんと謝ることやで」

社長は穏やかな表情を作っていた。

まさかこんなにあっさりと解決してしまうなんて驚いている。

「事務仕事あるやろ?」と言われ、この場から解放された。

長時間直立して痺れた足で事務スペースに入る。

柳さんの顔を見た瞬間、わたしはいままで生きてきて1度も作ったことのない表情をした。

とても複雑な顔をしていたと思う。

説教を聞かれていた恥ずかしさと、無事に解決した安堵と、緊張が解けた気持ちの緩みと、社長と戦ってきたという誇らしいような気持ちが入り交じっていた。

柳さんは労うように、称えるように微笑んでくれた。

経費計算をして帳簿との金額を合わせる。

柳さんが事務所の下に降りたタイミングで社長に声をかけられた。

「給料の振り込み遅くなるかもしれへんから、先に残業代の5万渡しとくわ。あと働いた日数分の給料は振り込みにするな」と、現金で5万円をくれたのでめちゃくちゃ驚いた。

急に良い社長のような気がしてきた。

残業代の話しはなかったことにされて、残業代の5万円がもらえないかもしれないと思っていた。

よかった。

お金がもらえて本当によかった。

5万円を大事に握りしめた。

社長は微笑みながらうなずいていた。

「あと退職届だけ書いてもらわなあかんねん」

「書いてきました」

「よしよし。給料振り込む口座はまたLINEとかで送っといてくれる?」

「退職届の中に入れました」

「ほんまや……(笑)。なんか忘れ物ないか?あ、風呂場にシャンプー置いとったやろ?持って帰りや」

「持って帰りました」

「……しっかりしてんな(笑)。よしじゃあこれでオッケーやな。帰ろか。俺も帰るわ。もう帰れる?」

「はい帰れます」

時間は9時半ごろになっていた。

「次行っても素直に謝るんやで。素直にすみませんって」

と、何回か同じことを繰り返し言いながら、肩を手のひらでポンポンと触ってきたので、肩触んなやと思った。

でも“素直に”「はい」と言った。

社長と、柳さんと、わたしの全員で事務所を出る。

初めて作業着のまま帰ることになった。

「ありがとうございました」とあいさつをして、社長と解散した。

柳さんとわたしは自転車通勤だった。

せっかくだから連絡先交換しようと言おうか迷っていると、柳さんが「連絡先交換しとくかあ」と言い、連絡先を交換した。

途中まで自転車で一緒に帰ることになった。

同じ作業着を着て帰るのは少し気恥ずかしかった。

柳さんは、今日行った特殊清掃の見積もりの話しなどをしてくれた。

帰路の分かれ道にさしかかる。

柳さんは「俺も次が決まったら早く辞めたいわ」と笑っていた。

「また柳さんのライブ見に行くわ」という話しもした。

「ありがとう」と手を振った。

柳さんは自転車を漕いで、こちらを振り向かずに手を振った。

それを見届けて、わたしも自転車を漕いだ。

さすがに最終回すぎるやろ!なんやこの出来すぎた展開は!とテンションが上がり、チェリオの自販機でジャングルマンを買った。

一気に半分くらい飲んだあと、自転車のカゴにジャングルマンを入れて、また自転車を漕いだ。

この1ヶ月でいろんなことがあった。

大人と言われる年齢になって、1ヶ月なんてすぐだと、特に大きな変化もなく時間はすぎるものだと、そう思っていたけど、この1ヶ月はとても長かった。

人生で、またこんなに長い1ヶ月を過ごせるとは思わなかった。

遺品整理の仕事は、もっと心温まる、家族の絆や思い出を大切にする素敵な仕事だと思っていた。

実態は遺品をぞんざいに扱ったり、投げたり、躊躇なく破壊したり、遺品の査定金額をピンハネしたり、金目のものをパクッたりしていた。

人の良さそうな顔をして、人の良さそうなことを言って、金儲けしか考えていない社長だった。

嫌な思いをたくさんした。

けどとても、この1ヶ月が楽しかった。

いろんなことが知れた。

この会社で働けて良かった。

わたしはあまり得意なことはないし、要領も良くないし、すぐ飽きて、すぐ嫌になって、もう働きたくないと思う瞬間もあるけど、やっぱりそれでも、なにかに熱狂して、なにかに使命を持って、これからもどこかで働いて生きていきたいと思う。

サポートしてもらえたらうれしすぎてヒョーー!!ダンスダンス!!!🕺🕺🏻🕺🏼 そのあとはサポートしてもらった画面をスクショして何回もニヤニヤします。