遺品整理の仕事【19回目】
2022年6月24日(金)
8時ごろ出勤。
立花さんはずっと社長から社員(正社員)に誘われていたのだが、断っていた。この会社がブラック企業だというのを感じ取っていたからだった。
だが、その立花さんが「社員になるかも」と言う。
それには皆驚いていた。
立花さんが社員になろうかと考えている理由は、恐らく最近、立花さんに彼女が出来たからだった。
彼女のために、あんなに嫌がっていた社員になろうとするなんて、やはり立花さんは漢らしいなとは思った。
<1件目>
今日は2県隣の場所での施工だった。
施工場所は雰囲気の良い住宅街の一軒家。
依頼主が出てくると、全身ピンクだったのでびっくりしたが、よく見るとピンクの使い方が上手くてオシャレだった。
依頼主は初めて顔を合わせたときから泣きそうな声をしていた。
部屋の中にある遺品を見せてもらうと、依頼主は遺品を眺めて涙を流していた。
何度か施工を行ってきたが、意外と涙を流す人というのは初めてで、わたしも感情移入してしまった。
より丁寧に施工したいと思った。
今日は8トンの施工。
メンバーは立花さんと、バイトリーダー、ヤマトさん、社長、柳さん、わたしの6人だった。
だが社長と柳さんは施工開始から1時間ほどで見積もりの時間になり、施工を抜けていった。
本来は派遣の人が3人来る予定だったが、誰1人として来ていない。
次の施工もあるので、急いで作業を進める。
この家はあまり置いている物に特徴がなく、ドラマに出てくるセットのような家だった。
今回はパッカー車(ゴミ収集車)が来ていた。
パッカー車は遺品をそのまま粉砕して巻きとってしまうので、それを見るのは依頼主に辛すぎるのではないかと思った。
出来れば見ないでいてほしいと思ったが、依頼主はしっかり外に出てきて、思い出の棚がバリバリと音を立て、パッカー車に巻き取られる様を見ていた。
依頼主は顔を抑え「ウワーーー!!」と声を上げ号泣していた。
わたしは胸が痛かったが、パッカー車に思い出の棚を入れる立花さんの顔は、何の感情もないように見えた。
この施工現場でもヤマトさんはボディタッチをしてきて、それが前回よりさらに多くなっていたのでかなりイライラした。
途中、屈んで作業をしていると、背中にドスッと衝撃が走った。
背中にバランスを崩した細長い棚が倒れてきていて、死ぬときって、こんな感じであっけないのかなと思った。
背中が痛かった。
出てきたアルバムと数珠を供養に出すことになった。
金目のものはバイトリーダーやヤマトさんが勝手に家から持ち出して、車に押し込み、後で査定を行うと言っていた。
終わりがけに派遣の人が2人来て、清掃をしていた。
あいさつをして施工終了。
依頼主は最後まで涙を流していた。
この施工が終わったあとは、3チームに分かれてそれぞれ次の施工場所に向かう。
派遣の人が来てくれる前提で組んでいた予定が崩れたことで、次の施工までに休憩時間がなかった。
水を飲む時間さえなく、強いストレスを感じていると、なにも言っていないのに立花さんが水を持ってきてくれた。
<2件目>
生活保護の方の引っ越しで、マンションから老人ホームへの移動だった。
マンションは3点ユニットバスで、洋室は5帖ほどの広さ。部屋の中に物はあまりない。
だが部屋はかなり汚く、カス汚れが茶色くなってべっとりと水回りや風呂、洗面、トイレにこびりついている。
カーペットをめくると虫が湧いていて、壁にも虫が這っていた。
わたしはキッチン掃除を念入りにした。
換気のために開けていた窓から強風が向かってきて、わたしが噴射したマジックリンが顔に跳ね返ってくる。
3点ユニットバスは立花さんが清掃してくれると言っていたが、立花さんは電話で外に出たまま戻ってこない。
なので3点ユニットバスを清掃したのだが、汚れがかなり強く、何度も噴射したマジックリンがユニットバスに充満して、かなりむせた。
清掃をして施工を終え、引っ越し先に向かう。
認知症の方のようで、部屋にあった冷蔵庫を頑なに「いらない!!そんなものいらない!!」と言うので、老人ホームの職員の方に確認を取り、持ち帰った。
事務所に帰るまでに少しだけローソンに寄り、お昼ご飯を購入する。
立花さんはゼリーを買って、それを助手席で食べていた。
結局今日、お昼ご飯を食べる時間は取れなかった。
19時半ごろ事務所に到着。
事務所に帰ると社長がいたが、給料を渡してくれたあと、すぐに帰ってしまった。
わたしはバイトの人に給与を渡したり、経費計算をしたりした。
ヤマトさんは、社長のお母さんにお金を渡しに行くと言っていた。
それから皆が帰ったあとも、ヤマトさんはなぜかずっと事務所に残っている。
ヤマトさんはタバコを吸いながら話しをしてきて「これから飲みに行きませんか?」と言ってきた。
わたしはヤマトさんが嫌いなので、それとなく断った。
「帰る前にタバコ、もう1本吸っていいですか?」と言ってから、ヤマトさんはわたしに対しての不満を言い始めた。
「運転時間やけどさ、もっと危機感を持ってほしい。施行時間に遅れるとかないから。右車線走ってもっとスピードも出してほしい」
「作業を指示する立場なんやからさ、もっと立ち回り上手くしてほしい」
「あと最近施工しててイライラすることが増えてんな。だから物も持ってあげてないやろ?バイトリーダーもそう言ってたで」と言われた。
たしかに最初のころは重い荷物などをよく持ってくれていたが、最近はなくなった。
あれは「イライラしています」というサインだったのかと気づく。
「仕事を続ける気はあるん?」と聞かれ、わたしは「ないよ。辞めようと思ってる」と言った。
すると「俺がこの仕事続けてる理由は人間関係かな。人間関係は良い職場やねんから、続けた方がいいよ」と言ってきた。
ヤマトさんとわたしの人間関係はまったく違うし、それにわたしに対して「イライラしている」と言っておいて、よくそんなことが言えるなと思った。
「テレビの線付けたり、エアコン外したり、出来ることも増えたやん?もったいないと思うけどな」
「まあこの仕事辞めるならそうやな。単純作業が向いてるんじゃない?」
と、嫌いな人から急に好き勝手に話しをされてイライラした。
ヤマトさんの話しに答えたあと、わたしも黙っていられなくなった。
「ていうかヤマトさん、前から思ってたけどワンチャン狙い臭がすごくない?」と言った。
ヤマトさんは、絶対に「ワンチャン狙い(セックス狙い)」という言葉を知っているはずなのに「ワンチャン……?え、ワンチャン……?聞いたことある気がするけど、ワンチャン?」と言っていた。
わたしはその間なにも言わなかったが、しばらくして「ああ、分かった、うんあのことね」と言った。
話しが伝わったようなので、話しを進める。
「正直ボディタッチも多いし、そんなベタベタ触らんといてほしい」と言った。
ヤマトさんは少し間を置いてから
「いや、でも俺は頭ポンポンとかも普通にするタイプやから。電車でも音漏れしてる人に話しかけたりするし」と、自分の行動は通常営業であると説明してきた。
「ヤマトさんにとってはそれが普通なんかもしれんけど、わたしはそういうの無理やから。もう触るのとかやめてほしい」と言うと、一応了承してくれた。
そのあとヤマトさんは「バイトリーダーになれなくて悔しい。俺がバイトリーダーになれる候補やったのに、短大に行ってもうたから」という話しをしてきた。
たぶん短大に行っていなくても、ヤマトさんはバイトリーダーになれていない。
そして「絶対に言うなよ」という前置きをして、社員の藤田さんはバイクの事故をして、本当はやりたくないけどこの仕事をしているという話をしてきた。
この話しは勤務初日に社員の藤田さん本人から聞いた。
たぶん、社員の藤田さんからするとむしろ「言いたい」話なのだと思う。
本当は警察官になりたかったけど、バイク事故をしてしまって「仕方なく」ここにいると自分を納得させるために。そしてそれをみんなに知ってもらうために。
それに警察官の試験は5~6回落ちたと聞いていた。
21時半ごろになって、ようやく帰ることになった。
ヤマトさんは「タバコ1本」と言って話し始めたのに、結局タバコを6本吸い、缶ジュースを3缶飲んでいた。
わたしはいつも自転車で帰っているのだが、ヤマトさんが「駅まで乗せて」と言い、わたしの自転車に乗ろうとしてくる。
わたしは「無理!危ないし!2人乗りとかいや!」と言っていたのに、めげずに「いいやん!ちょっとの距離やん!」と言い、勝手に自転車の荷台に乗ってきた。
わたしは「ほんまに無理!やめて!降りて!」と必死に抵抗し、ヤマトさんを降ろして帰った。
ヤマトさんが荷台に乗ってきて気持ち悪かったので、一旦家に入ってから除菌シートを持って降りて、自転車の荷台を拭いた。
家に帰ってから給料を見ると、残業代は付いていなかった。
残業をしても、やっぱり残業代は付かない。
残業代が付くことを少し期待していたが、完全に心が折れた。
バイトの人には多少なりとも残業代が付くのに。
今日勤務中に食べられなかったお昼ご飯を食べる。
施工で使ったマジックリンで鼻がイカれていて、鼻水が止まらない。
2022年6月25日(土)
休み。
会社のグループLINEを見ると、立花さんが「明日から社員になると言っていた。
立花さんはグループLINEで立派にあいさつしていた。
これはチャンスだと思った。
立花さんが入ったことで社員が増えたので、わたしが辞めても困らなくなる。
この流れに乗って、正式に会社を辞めることを伝えようと思い、社長に以下のLINEを送った。
すると驚くほど早く返信がきた。
嘘だろうなという内容ではあったが仕事を辞められることが確定した。
そしてわたしはもう1つ、残業代について戦おうと思っていた。
わたしは常にカツカツの生活をしていて、お金に余裕はない。
なので残業代はほしい。
でも、会社を完全に恨んでいるわけではないし、会社と揉めたいわけでもない。
本来、給料は15日締めで、25日に支給である。
だが、わたしの生活が厳しいことを伝えて、早めに給料を振り込んでくれるという優しさがあれば、残業代は請求しないことにした。
もしそれを断られたら、残業代を請求する。
小さな会社で社長に決定権があるし、絶対に融通が効くはずだった。
そして以下のLINEを送る。
予想はしていたが、やはり社長から譲歩はしてもらえなかった。
残業代を請求する。
すると社長から電話がかかってきた。
ふっかけておいてなのだが、怖くて電話が取れない。
なんのリアクションも起こさないでいると、続けてLINEが来た。
わたしは明日、施工から外れて会社の掃除をすることになった。
サポートしてもらえたらうれしすぎてヒョーー!!ダンスダンス!!!🕺🕺🏻🕺🏼 そのあとはサポートしてもらった画面をスクショして何回もニヤニヤします。