短編小説 煙草とサイダー
煙草を吸う時だけが幸せだ。
そう思うようになったのは入社して間も無い時からだ。
先輩と一緒に仕事を抜け出してビル横の僅かな喫煙スペースで吸っている時もいいが1人ベランダで吸っている時が何よりも落ち着く。
誰もいない空間、何も考えなくていい今、最高である。
煙草は会社と1日の終わりだけ吸うからあまり減らない。
1日の疲れと、色んな思い、嫌な事も全て煙に変えて吐き出している様だ。それだけ思うところは多々あるのだろう。
例えば同期に言われる
「お前はいいな、何でも出来て」
よく言われるムカつく言葉だ。そいつのやれる努力が足りないだけだ。私はそいつの何倍もきっと努力している。仕事は好きだ、結果が出るから。
ある日会社の中の私の業績が下がった。
理由は同期がいきなし大手からの契約を掴み、それが大きな業績を残したからだ。
私は戦慄した。体が重くなった気がした。
この差を埋めるには何をすればいいのか。
考えても思いつかない。それほどまでの差。
そのうち焦りすぎて思いつく限りの犯罪ギリギリの反則技まで考え始めた。
私は何を余裕していたのだろう。絶対に勝てる、下に見ていた自分が情けない。
毎晩の煙草の煙がいつもと違い、細かい鉛が入っているように重くなっていった。
そしていつもなら抜けていく煙が肺にまるで鉛が溜まるように感じ、体の内側が重くなっていく。
焦った私はとうとういけないことをしてしまった。ある夜、同期のデータを盗り、ほぼ似てる資料を作ったのだ。
あとは先に上司に渡せばいいだけだ。あいつは納期ギリギリまで煮詰めるタイプだから明日出せば出し抜ける。
資料をまとめていると後ろから声がかかる、後ろにいたのは同期だった。
終わった。とにかく謝ってすがりつこう。こんなに落ちぶれたのか私は。体の中の鉛が一気に内臓を重くさせる。
私を見た同期は満面の笑みで口を開いた
「やっぱりお前も影で努力してんだな。じゃなきゃあんないい資料毎回出来ないもんな。俺も最近この時間いるんだよ。ちょっとここの所教えてくれない?」
バレていなかった。しかも同期は努力をしていた。落ちに落ちたのは私の方だった。何もかも負けていた。
資料は見ていたのでアドバイスはすんなり出来た。助言した後の資料はほぼさっき私が作った物と同じになった。
同期は満足そうに言う。
「お前はいいな、何でも出来て」
その言葉は聞き飽きていたがいつもと聞こえがまるで違っていた。私に無い言葉とその重みを同期は持っていた。
終電が近づいた同期はお礼の代わりにとサイダーの缶を渡して去っていった。
帰り道で私は歳のせいか泣きはしないが心の中では号泣していたに違いない。
かなり疲弊して家につき、先程作っていた資料をゴミ箱に破って投げ入れベランダに向かう。
一昨日買った煙草がもう一本しかない。
こんなに吸っていたのか私は。
同時に反対側のポケットからサイダーがあった事に気づく。
昔ながらの細い缶、どこで手に入れたんだか。最後に飲んだのはいつなのだろう。開けるとビールなどとは違う軽い炭酸の音がした。
一口飲む、年のせいかな、炭酸がきつくていっぺんに飲めない。
鼻から抜ける清涼感溢れる風味は心地よく後味と炭酸の感触を舌に残した。
私はいつから何も認められない人になってしまったのだろう
しばらくして煙草に火をつける。
体の中の鉛はいつの間にか無くなっており、体が軽く、口からは煙と共に疲れと悩みが抜けていくのを感じた。
同期には悪いが、煙草とサイダーの組み合わせは認められない。