実存を愛するオタク(主語大)
24日の朝のことです。
夫のひとが財布をぱかぱかしながら「やべえやべえ」と言うので、どうしたのか尋ねました。
「財布に四千円しか入ってない。四十代のおっさんの財布の中身が四千円っていうのはちょっとあかん」
と嘆くのですが、1ミリも共感できなくて笑ってしまいました。
1)必要になればどこにでもATMがあるじゃろ。接待含めて急な外食・出費があるわけでもなし(たぶん)、そして高額のものはカードで買うくせに、大金持ち歩く意味なくない?
2)私の財布にも七千円(※整体、買い物費用含む)しか入ってませんが何か
3)IT業界に身を置いて二十年になる人間がそこまで現金にこだわるんですか
という一件から、実存と非実存について、ふむふむと思ったわけです。
うちは夫婦揃ってオタクで、私は同人誌という実存(物質)を作っている身、夫は作り手ではないですが、立体造形……言ってしまえばフィギュアやガンプラを愛好しています。
それに、二人して(プロアマ問わず)本やら円盤やらを買い込みますから、けっこうモノの多い家です。服も靴も鞄もちょっとしかないのにね……。
で、前述の通り夫はIT業界にずっといるSEです。どんな仕事をしているのかはあまり聞きませんが(機密もあるだろうし、理解するのも面倒)、私よりは業界の事情に詳しいはずです。一般的な知識はもちろん、セキュリティ方面にも。
それでも電子マネーを使ってるのは見たことがない(電車に乗る時、定期券にチャージすることはある)し、財布に現金が入ってないくらいでハワワーってなるのか、と思うと面白いなあって。
なぜ電子マネーを使わないのか、電子書籍を買わないのか、電子化できるものを電子化しないのか、について話し合ったことはありませんが、これまでの傾向からするに、最初のハードルというか、移行するきっかけがないだけだろうとも思います。知らんけど。
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でも、オタクの「愛でたい」心理と電子化ってけっこう相性悪いですよね。
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オタクは(と、主語を大きくするのには疑問もあるのですけど、あながち間違ってないと思う)コレクターになりがちというか、ものを集めがちな傾向があると思うんですよ。
同人誌だけじゃなく、公式非公式問わずグッズ類、関連書籍、サントラ、コラボのなにか。
私はグッズ熱が薄く、集めたい欲が発揮されるジャンルが限定的(書籍と円盤のみ買って良いマイルール)(場所が無限にあって、埃やら褪色やらに完璧に対応してくれる整理整頓掃除係がいるなら話は別ですが)なのですが、それでもそこそこの量の本を持っていますし、わりと軽率にサントラはじめ円盤を買います。
(定期的に整理して手放しているのですけど、それでも増える一方ですね……)
この、「物質が手元にあると安心する」「電書より紙本がいい」っていう心理は何なんだろうなあ。
目に見える安堵、触れられる安堵、は根源的なもののように思うのですけど、これだけ毎日PCやらスマホに触れて、データのやりとりをしているのに、いまだに物質でないもの対する不安は拭えません。
最近、ようやくKindle端末を手に入れて、購入する本の一部(とくにマンガ)を電書版に切り替えつつあります。
おおむね満足してるのですけど、それでも端末を買う際には本体の色やカバーの色にさんざん悩みました。電書を買うことには大して悩まないのに。
ミュとかの「2.5次元」も「ここにある(いる)」感が大事なのかなあと思うわけです。
一方で、データを集めるにしろ、それを手元に残しておくのに記録媒体(実存)が必要なわけで、これはもう「肉体があるから」がFAのような気がしてきた……。アクセスの容易さ、とも通じるかもしれません。
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そして物質を集めるから、断捨離とも相性悪いんだなあ。
断捨離というと極端ですけど、保存・保管、あるいは整理整頓。
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電子化云々、サービスの側にも問題があるとは思うのですけど、ユーザーの心理面にも高くて分厚い壁があるんだろうとは強く感じます。
これからどう変わっていくんでしょうかね。それとも、デジタルネイティブというか、電子マネーや電子書籍が「あって当然」の世代はこういう心理的抵抗は少ないんでしょうか。
(物理)紙に(物理)筆記具でメモを取るのと、タブレットにタッチペンでメモを取るのと、記憶の定着に差が出たりするんでしょうか。
SF的空想だと、リストバンド型の端末でありとあらゆることができる、みたいなイメージを抱いていますけど、競争原理云々があるから全員が同じメーカーの端末を使うことにはならないだろうし、データ形式だって統一はされないだろうし。
もしかして意外に未来は遠いのかなあ、とこういうときにふんわり思います。
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