書く

 普段から人と会話をしたり読み物に触れることが控えられたここ一年程度の生活によって、私の身体から不必要な言葉が自然と抜け落ちたのではないかと近頃思う。今の私がこの「書く」、言葉を選んで何かを記号化していくという行為をしたら、どのようなものになるのか。興味が湧いてきたので、暫し時間を使って試してみようと思う。

 ここ一年ほど、あるパン屋での営みの中で暮らしてきた。その店は神奈川県のとある小さな町にあり、小麦をたっぷりと蓄えた素朴なパンと店主の趣味を詰め込んだ喫茶スペースが魅力のお店だ。
 パン作りを生業としてまだ一年、パン屋で働き始めるまでは暮らしの中で食べるパンに特段意識を向けていなかった私の目線ではあるが、日本で一般的に食されるパンと比較して発酵による膨らみを控えめに、焼き上がりサイズに対して食べ応えを強く感じる所謂ハード寄りのパンである。しっかりとしたパンである故、食べるには健康な歯と多少の咬合力求められるが小麦の旨みを味わえるとても美味しいパンが並んでいる。
 私とこのお店の出会いは大学生のとき、両親から与えてもらった自由の時代に、クラヴィコードの演奏会を聴きに訪れた際だった。その時私は二年間所属していたサークルを辞め、自分のエネルギーを感性が赴く方向に伸びやかに使っていこうと思っていた。両親がレコード会社に勤めていた為、音楽には慣れ親しんでいたが、ピアノの進化前であるクラヴィコードについてはなにも知らなかった。たまたま見かけたFacebookの告知に心動かされ、五年前の冬、パン屋を訪れた。

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