院試で自分が感じた事
私は、学部1年の後半から、大学院に行きたいと思っていたので、
院試を受けました。(親には反対されていました)
他大学の院を受けるかにも悩みました。同じ環境で学んでたらダメだと感じていました。
ですが、費用と体力の無さで、他大学は諦めました。
院試の結果、自分の専攻の合格したメンバー(自分含む)を見て、
嬉しさはなく、難しい気持ちになりました。
私は「そうか、、大学院というのは補講なんだ。。」と感じました。
(他大学や他学部の事は知りません。自分の受けた院試の合否にそう感じただけです。)
私から見て、院試に不合格だった人は、
・もう何かが完成していて、作品の実力やプレゼン能力のある人
・専攻の分野外に突っ走っていて、教授がその人に必要な内容を教えられない人
まとめると、もうこの大学の学生の身分で何かするより、外で作家活動や仕事をする人として、活動を始めた方が良い人。または、別の学ぶべき場所に移動する必要のある人が、不合格になっている…と私は感じました。
合格したのは、もう少し大学でサポートした方がいい人。外に出すには早い人に見えました。(私含む)
なので、大学院に合格するという事は、高校でいう「補講」だと思いました。
そもそも院試自体を受けなかった人を見ていても、経済的な問題より、
自分が描きたいものやスタイルが見つからず非常に苦しんでいたり、美術より就職先に何かを見出したとか、当時の評価の主流に自分の絵が合っておらず悩んでいた人、家が高学歴すぎて親に院進を強制されていた人など、、、「色々やったり考えた末に受けなかった」という人が多かった印象があります。。
私は院試で「自分は補講を受ける必要のあるような状態なのだ」と確認させられました。
おわり
【夢に落ちてゆく】