「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―38. その日、人間界は紫の月が彼らをいざなっていた。
❅38. その日、人間界は紫の月が彼らをいざなっていた。
「それで、アンタはどっから来た?あの電車はどこにつながってる?」
アンタ、その呼び方好きじゃない。
「…サマエル。」
「は?」
は?じゃないから。
人間は何もわかってませんって顔して首を傾げている。
「サマエル。アンタじゃない。」と付け加える。
そうすれば表情が変わる。
ああ、やっと納得したらしい。
「おまえは?」
「え、僕?…何が?」
話が通じない…。
この人間めんどくさい。
ため息を吐いて少し後頭部を掻きながら
「おまえの名前」と呟いた。
「あ、ああ名前か。僕は暁、暁陽翔。」
よろしくと手を差し出されたから握った。
「俺がいたところは魔界だ。あの異界へ行けるとかいう電車に乗り込んで辿り着いたのがこの駅。つまり、あの先は魔界だな。」
そう簡潔に最低限の情報を告げれば、何か思い当たる節があったらしい暁という人間は微妙な顔をして物思いにふけっている。
俺の一言一句に忙しなく百面相する暁というそんな人間を尻目に
「まぁそういうわけで、いろいろあって魔界から来た。で、それで、暁には今から俺たち側になってもらう。」
簡潔に。それでも重要なことは隠したまま言い渡した言葉。
何かのため誰かのため奪われることを強いられてきた俺が
何かのため大事なもんのため奪おうとしている事実に溺れそうになる。
振りかざし落とす言葉はずっと向けられてきた刃の言葉。
戻れない罪ばかりが上塗りされていく。
それでも。
それでも。
この痛みさえも引き受けるから。
もう一歩闇へと溺れる。
いくらミハイルに似ていようとミハイルではないこの人間に。
情など湧かぬように。
非道になれ。
もう戻らないのだから。
「ん、え?俺たち側…?俺たち側って…何?」
純粋そうな眼差しに強く足元を踏みしめた。
「ヴァンパイアになってもらう。」
「え、いや、ちょっと待て。」
「なんだ。」
「なんだっていうか、急にヴァンパイアになれとか無理だよ。」
「無理じゃない。」
「急に言われたって無理だって。…心の準備だって出来てないし、そのヴァンパイアだって僕は全然知らない。」
「知らなくていい。」
「でも。でも…。」
「おまえは死ねない、俺が死なせない言ったよな。」
「言った!言ったけど!!」
「なら、また一人にもどるか?
それとも次いつ来るのか分からない電車を一人待ち続けて死ぬか?」
「それは…。」
「さっき『…わかった。どうせ、捨てようと思ってた命だ。アンタの好きにすればいい。』暁が俺に言ったんだろ。」
「そう…だね。」
「辞めるのか?」
「いや、やってよ。
ヴァンパイアにして。」
「ふっ、いい子だ。」
ズボンのポケットに忍ばせたミハイルの血が入った小瓶を取り出す。
それは、薄く赤紫を宿して艶やかにテラテラと輝いていた。
それをペン型の注射器へ流し込む。
全て入れ終わりカチッとセットし小瓶をポケットにしまい立ち上がる。
ちらっと見えた右手にいつ垂れたのか赤紫が零れていた。
もったいない。
『ミハイル、もうすぐまた会える。』
じっと見てゆっくりと舐めた。
そんな俺をみて暁は「絵画みたい。」なんてほざく。
誰がどう見たらこれが美しく見えるんだ。
どう考えたって悲劇だ。
それなのに、動いた心のどっかが寂しさを引き連れて記憶が引きつる。
こんなことにふと既視感を覚える。
ああ、これは…。
中庭を抜けた先の屋根の上、風がいい感じでそよいでぬくもりを届けた昼過ぎ。
隣のミハイルにつられるようにふわあぁっとあくびを溢しながら見た空は青く澄み渡っていた。
そんな代わり映えしない瞬間にこんなのも悪くないとどこか気分がよかった。
お昼寝日和だといわんばかりにミハイルと寝転がった屋根は暖かくて。
ちらっと盗み見たミハイルがあまりにも優しい瞳を向けてきたからどうにもむずがゆくて瞳を伏せて逃げた。
そうでもしなければまた俺は深みにはまる。
そうわかってしまった。
失うくらいなら。
失う辛さをもう一度味わうくらいならもう二度と誰にも肩入れしないと誓ったはずだった。
一線をひいて踏み込ませないのは簡単だった。
独りそれがこんなにも寂しくらくなことも知った、受け入れたと思っていた。
俺は誰にも交わらずにいれば誰かを苛むこともない。
それが事実だったはずなんだ。
それが。それがいつの間にか懐に入りこまれていた、気付いた時には。
それでも、まだ猶予はあった。だからこそ、これ以上踏み入ってくるなと一線をひき続けたはずだった。
それをミハエルはいとも簡単にかわし侵入してきた。いつだって。
どうすればいいんだと眉を寄せて考え込んでいれば隣に寝ころぶミハイルが「なぁ、サマエル。」俺を呼ぶ声。掛けられた声を無視するのはどうにもできなくてわずかながらの抵抗にミハイルを瞳にいれずいちミリたりとも動かずに「なんだ。」と溢した。
聞こえるか聞こえないか、聞こえなければいい。そう願っておきながら。
それでも、どれだけ小さな声でも紛れもなく俺は返事はしたからなと小さな罪悪感を投げやりに手放した。ってか、俺は寝てる。寝てるから返事は出来ないな。
「サマエルは僕のこと、紫月の姫って呼ばないよね。」
核心をもって投げかけてくる言葉。
いや、問いかけ。
その独り言のていを装っているところがまた策士なのか、天然なんだか。
それでもその内容はいまこたえるべき内容だった。
いや、こたえてやりたかった。
俺はその心情の境地を知っているし、紡げる言葉があったからだ。
「おまえはミハイル。俺は俺の意思で呼ぶ、それだけだ。」
そう言ってから、言い訳がましく身じろぐ。
ふと沈黙。
風だけがさらさらと肌を撫で髪を弄ぶように攫う。
なにかまずいことを言ったのかと不安が顔を覗かせた。
「あのさ、サマエル…。その…嬉しかった。」
少しどもったミハイルを盗み見てみれば恥ずかしさを誤魔化すように髪をいじる。
その瞬間が凄く永遠に、何故か尊く見えた。
それをみとめたくなくて「なにが。」と溢した。
流してしまえばよかったものの、促すとは。
墓穴にもほどがある。
「僕を見てくれて。」
聞こえたこたえに。
苦し紛れに「別に。おまえが俺の前にいつもいるだけだ。」といってやる。
「でも、嬉しかったんだ。初めて会ったときかr…あっ!!サマエル!!」
急に声を張り上げ俺を揺すり起こすミハイル。
鬱陶しいんだと言外で滲ませながら起き上がってついでとばかりに。
「俺の安眠を妨害できるのはおまえくらいだ。」と悪態をついてやれば
「サマエルは優しいね。」とわけの分からないことを。
その夕暮れの海を映したアメジストのまっすぐな瞳で告げ渡してきた。
くえないやつ。
ほんとに。
たちがわるい。
はぁと呆れ顔で「おまえは俺を買いかぶりすぎだ。」と心底呆れたように言ってのけた。
どうせこの嫌味すら伝わってないと確信した。
もういいと、「で、なんだ。」と物思いにふけるミハイルを促し現実に連れ戻した。
「あ、そうだ。あのさ、僕…まだサマエルの真名聞いてないなって。…いや!大事な物だってことはわかってるよ!でも、ちょっと知りたいなって。…ほら、僕の真名、サマエルは知ってるわけだし。」
「おまえのはミハイルが勝手に喋っただけだろ。」
「んー。そう、そうなんだけどさ!!」
「だめだ。今は。」
「え、なんで教えてよ…え?今は?、じゃあいつかは教えてくれる?」
「まぁ、その時が来たら。いつか。」
「うーん、それなら今は我慢する。だから、絶対教えてよね。」
「いつかな。」
吹き抜けた風がミハイルの少し長めで猫っ毛で青みがかった銀髪の毛先に向かって紫に色づいた繊細なグラデーションの艶髪を攫って笑うその顔を一層引き立てていた。
「絵画みたい。」
思わずつぶやいたと言わんばかりに自分の言葉に驚いた顔をしたミハイルにもういいかとあきれながら、どこか嬉しさを隠すようにもう一度「買いかぶりすぎだ。」と言って小さく鼻をスンと慣らした。
絵画みたい…か。
どこまでも付きまとう記憶に寂しさが香る。
ほんとうに。
たちがわるい。
少し暁を横目でにらんでおいた。
もう二度と美しいなんて言えない様に。
暁にゆっくりゆっくり近づいて棒立ちの暁の肩に手を置いた。
目を覗き込む。
そして、首元の邪魔な髪を掻き分ける。
少し傾いた横顔は悪くない。
夕暮れを切り取ったその目を飾る長いしなやかなまつげが白い肌に影を落としている。
首をなぞって動脈を探していったり来たりを繰り返す。
見つけたそこに爪であまく引っ掻く。
そうすれば、ほんのりと表面が紅く色づいていく。
そして、グッと抱きしめられるようにして後ろから手を回す。
―――「おまえは今日から俺のものだ、暁。」
とびきりあまいこえで耳元で囁く
その瞬間、引っ掻いて色づけた動脈へミハイルの血液を打ち込んだ。
人間だけが正確になれるうつし身。
もうすぐミハイルが返ってくるそう思っていた。
だが、暁の体は筋弛緩薬を打たれたかのようにくったりとしていき痙攣と発熱をしている。
意識が混濁しているのか声を掛けても返事が返ってこない。
何が起こってる。
不安と焦りがじりじりとにじり寄ってくる音が聞こえた。
その日、人間界は紫の月が彼らをいざなっていた。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
➩https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea