「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―7.いくら大切にしようと愛そうと守れんこともある。
❅7.いくら大切にしようと愛そうと守れんこともある。
広い講堂の片隅、ひやりと冷え切った薄暗いそこには魔界のヴァンパイア界における権力者たちが集まっていた。
上席に座っていたヴァンパイアのおさ。
お偉いさんの中でもトップに立つ者。
そのおさは難しい顔をして補佐のヴァンパイアの権力者達の主張を聞いていた。
「なぁ、その年になりゃ分かんだろ?幸せってのは誰かの不幸の上に成り立っているもんなんだよ。
誰かが幸せになりゃその分誰かが不幸になる。そうやって幸せと不幸の割合を同じにして世界の秩序を保ってるのさ。
みんながみんな幸せになんかなれやしないんだ。
誰だって幸せになりたい。
そりゃそうだ。
不幸になんかなりたくない。
でもな、そう思うなら。
それなら誰かを不幸にしなくちゃなんない。
我らはヴァンパイアの上方だ。
大多数の市民を幸せにしなくちゃならない。
そのためにはその分の生贄が必要。そうだろ?」
「そうだな。分かっているさ。
いつかはこうなるとわかっていたさ。
ワタシだって奪われたのだ。大切な妻を、大切な娘を。」
「だが、みすみす絶やすわけにはいかないだろう。」
「何か手はないのか。」
「我々が欲しいのはあの力だ。あの力さえこちら側に渡れば力を持つ者に怯えることもあるまい。」
「しかし、そうすれば国民は伝説の姫という絶対的支えを失い纏まらなくなるでしょう。」
「いつまでも伝説に縋りあの者らに良い顔をさせているわけにはいかないだろう。」
「それに、今回生まれているのは男。」
「先代がここまでなあなあにしてきたから我らに降りかかっているのではないんですか?」
「歴史上で言えばもうすぐ次の月の姫へと移行するために身ごもってもよい時期、男では身ごもれないだろう?」
「伝説の血筋が絶やされる。」
「ルナティックの再来!?なんてことなの。」
「それもこれも生まれたのが男だったのがいけないんだ。」
「女であればどれだけよかったことか」
「忌々しい」
「汚らわしい」
「ルナティックが来る前に早く、早く殺してしまいましょう?」
「殺すってあの能力をみすみす失うつもりか?」
「だから、奪うんだよ。能力だけ。」
「どうやって奪う?」
「それは…」
「研究学会へ手配しよう、ワタシに考えがある。」
「そうだな、そうしよう。」
「まかせたぞ。」
「能力の引継ぎが出来るまであの男はどうする?」
「どこか地下の牢屋にでも入れておけばいい。」
「しかし、仮にも月の姫だ。国民に知られれでもしたら我らが潰されるかもしれん。」
「そんなあまいこと言って、もし研究途中でルナティックが起きてしまったらあの男がどうなるかは誰にもわからないだろ。」
「実際、女が必ず生まれるはずのところに男が生まれているんだもんな。」
「生贄は女でなくちゃならない。」
「ルナティックが訪れてあの男が化け物になったら最初の犠牲は我々だ。」
「なんせこの天上で管理しているんだからな。」
「だったら、施設へ送ればいいじゃないか!!」
「ああ!ほらあっただろう、ヴァンパイアの異端どもを隔離するあそこだよ。」
「たしかに…そこならここからは遠いし仮にも隔離施設。
名目も国民には更生育成施設としている。
収容されているのは異端児ばっかりだ。」
「多くの幸せと安全、平和には致し方なしですな。」
「犠牲は払わねば我々まで被害をこうむりますからね。」
「ただの異端児隔離施設をヴァンパイア更生育成施設と謳っておいて助かりましたなぁ。ははは。」
「それでは、早急に紫月の姫はヴァンパイア更生育成施設へ。」
儀式を終えて休憩していた。
夕暮れに染まり始める空を横目に「今日も何も、何も変わらない」と呟く。
お母さんがいた頃はこんな小さな呟きにさえ返事が返ってきて話に花が咲いた。
「…寂しいよ。お母さん。」
一粒頬を伝って零れた熱い雫。
窓から入り込んだ風が前髪をさらって雫をスッと冷やした。
コンコンとノックが聞こえた。
ぐいっと強くもみ消すように目をこすって耳を澄ます。
その来客に不思議に思う。
食事の時間にはまだ早すぎる。
契約解除の儀式は既に完了している。
じゃあ一体何なのか、一抹の不安を抱え返事をすれば扉が開き執事が入ってきた。
「紫月の姫、おさがお呼びです。」
「僕に?」
「ええ。」
ヴァンパイアのおさが僕を呼んでいる?
初めての展開に困惑したまま身を起こしサッと身なりを整える。
「こちらに。」
そう言って執事の後をついて長い長い廊下を歩く。
無言のまま、二足の靴音だけが響いて居心地が悪い。
どんな話をされるのかぐるぐると思考だけが回って心拍が上がっていく。
空気が薄い気がする。
指先が冷える。
身体が固まる。
緊張で何度躓きそうになったことか。
苦し紛れに数えていた曲がり角は多すぎてそのうち数えるのを辞めた。
そう、丁度何度曲がったのか数えるのを辞めた頃、不意に執事が歩みをとめた。
首を少し傾け視線だけで僕を見た執事は小さな声で
「くれぐれもご無礼なされませんように。」と言い含めた。
しばらく逡巡した後、執事が扉をノックする。
「紫月の姫をお連れいたしました。」
大きな両折れ戸が開かれその奥に進めば閉まっていた観音開きの扉が開かれた。
部屋の中腹に質のよさげなソファーにゆったりと座っている老人がいる。
そのサイド後ろにこれまた仕立てのよさげな黒いスーツを纏った二人の若いヴァンパイアが控えていた。
その老人は、右手をスッとあげ指先を上に弾いた。
それが合図だったのだろう。
控えていた黒スーツのそっくりなヴァンパイア二人が何処かへ消えてしまった。
老人はゆっくりと目線をあげ僕を捉えた。
色のない瞳。
このおじいちゃんは本当に見えているんだろうか?
大抵のヴァンパイアは目を見れば何かしら読み取れるのにこの老人からは何も感じない。
背筋が冷えるのを感じた。
「おまえが紫月の姫…か?」
「はい。」
「そうか…おまえが奏の息子か。」
奏!?
「あの、母を知ってるんですか!?」
「ああ。知ってるとも。ワタシのひ孫だからなぁ。」
は?お母さんがこのおじいさんのひ孫…。
「それなら、あなたは僕のおじいちゃん…なんですか。」
「そうだ。」
「なら、なんで…。…なんで。なんでお母さんの弔いに来てくれなかったんですか!?」
「それは答えられん。」
僕は絶句した。
どこからか黒スーツの二人がティーセットを持って現れた。
1人がカップに注ぐ。
紅茶の香りが室内いっぱいに広がった。
そのカップからは湯気が立ち上っている。
そこにもう1人が懐から出した小瓶を傾ける。
鼻を掠めた微かな鉄のかおり。
僕にはあの小瓶の中身が何色で何なのか理解した。
――それは、命の燈火の色。
―――命の源。
食いしばって噛み締めた僕の口内と同じ味だろう。
水面が揺れた。
カップを老人に渡した一人が僕に近づいて黒いバインダーを差し出した。
「紫月の姫。」
「はい。」
「明日、ヴァンパイア更生育成施設へ移住して頂きます。」
「えっ。明日?…すぐですか?」
「明日です。」
お母さんの次はお母さんとの思い出の場所を僕は失くすのか?
「お母さんが亡くなったばかりなのにですか?」
「紫月の姫、口を慎みなさい。」
「紫月の姫、おまえに拒否権はない。」
はっきりと響いたその言葉は僕の心に深く突き刺さった。
色のない瞳が僕をじっと残酷に見つめていた。
僕は、精一杯睨み返すことしかできなかった。
力の入れた目頭が熱くなって耐えきれずに感情が一粒溢れて零れ落ちた。
それからの時間は何をしたのか憶えていない。
ただ、ひたすらこれ以上お母さんの面影をなくさないよう必死に搔き集めて荷物に隠したことだけは憶えている。
「大変申し上げにくいのですが、ドミニオン。」
後ろで控えていたヴァンパイアのおさの側近の双子の片割れ、メタトロンがしゃがみこみドミニオンを見上げる。
「おい、メト。」
その姿を察して双子のもう片割れのサンダルフォンが慌ててわたわたとメタトロンを止めようとした。
「サン、よい。」
危なっかしいサンを宥めるようにドミニオンが声を掛ける。
メタトロンやサンダルフォンがドミニオンは育てのおじいちゃんであり自分たちの主であるようにドミニオンにとってメタトロンやサンダルフォンは自分の子供達のように小さな時から育ててきた可愛らしい愛する子だ。
血は繋がってなくともドミニオンにとって大切だった。
メタトロンとサンダルフォンはドミニオンのよく赴く庭園の隅に置いて行かれていた捨て子だ。
ドミニオンが見捨ててしまえばこの子たちの居場所はなくなってしまうだろう。
大人の勝手で産み落とされ捨てられ、権力と実の孫によって捨てられるとなれば血のつながりと絶望を意識してこの先を途方にくれながら過ごしていかなければなくなるだろう。
だからこそ、ヴァンパイアの権力の持つ者たちに逆らって自分だけでなく未来のあるメタトロンやサンダルフォンまで居場所を失わせることになるよりも自分の子である紫月の姫の幾ばくかの見えぬ寿命をいつ覆るかわからぬままもはや監視に近い監禁のまま窮屈に縛り付けながらいるのでは違うと思った。
少なくとも紫月の姫にだってヴァンパイア更生育成施設には沢山のヴァンパイアがいる中で母を失った孤独を薄めることは出来るだろう。
「メト、なに言うてみろ。」
問いかければメタトロンはいいづらそうにしながら口を開いた。
「その…本当によろしかったのですか?」
「あの者をあそこへ隔離することか。」
「はい。ドミニオン様は大層あの方を可愛がっておられましたので。」
「それに、とても愛されておりました。紫月の血縁を大事に守っておられました。」
メタトロンの進言におずおずとサンダルフォンも口を開く。
「お前たちもずっと傍におったからわかるだろう。いくら大切にしようと愛そうと守れんこともある。
何度生かそうとしたところであやつらはワシを置いて旅立ってしまう。愛したもんが残した子だとしても愛したもんではない。代わりなんていない。ワシももう愛することも何度も見送ることにも疲れた。
それにあの者は男。その先を見ようにも希望すら持てないではないか。」
「ワシはきっとこの先あの者が男であったことに紫月の血がワシから大切な物を奪っていくことに憤るだろう。それなら、早々に手放し諦めた方があの者にもワシにもよいと思わんか?」
ヴァンパイア協会のお偉いさんのトップであるドミニオンは、紫月の姫初代の旦那であった。
だから、毎回毎回大切に孫達を天上で育ててきた。
だけど、何度も何度も生かそうとしてもある歳で死んでしまうことに心が壊れかけていて、それでも女の子が生まれる限りいつか孫が生きていられるようになるのではと何度でもやり直すという希望を持っていたが男の子が生まれてしまったためその希望は打ち砕かれ更にはヴァンパイア協会のトップとして紫月の姫の血族を絶やすことを許す訳にはいかず段々とこんなふうに苛まれているのはあの紫月の姫の男のせいだと恨むようになった。
でも、最愛の孫だと言うことも変わらない。だから感情の板挟みに苦しんでいた。
だから、抑えられなくなる前に自分とヴァンパイア協会から隔離するために施設へと送ったのだった。
淡い期待をさせて戻ってこぬようにキツく言いつけた。
この時の紫月の姫は知る由もなかった。
ドミニオンの思いは紫月の姫にもメタトロンにもサンダルフォンにも正しくは伝わってはいない。
この言葉で紫月の姫は、深く傷つき捨てられたのだと思っていた。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
➩https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea