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「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア  Lunatic aime moi -紅紫藍―18.擦り切れた感情値 

❅18.擦り切れた感情値 


M
「ミハイルと俺とで魔界を変える。」
サマエルは、蔑んできたものを含めたヴァンパイア全体を掌握し2人でヴァンパイアの世界を変えようと僕に語った。
曇り空が広がるいつもの屋根の上、珍しく真顔で。
酷く焦ったようにサマエルはそう切り出した。
出来ることならサマエルが望むことはなんでも叶えてあげたい。
僕に出来ることなんて何にもないけど。
それでも叶えたい。
そう思ってるよ。
でも。僕は…。
「僕は変えなくていいと思う。力でねじ伏せれるのは今のヴァンパイア天上協会と同じ。いまと何も変わらない。」
小さな声でサマエルを否定する。
したくない。
でも、そうしなきゃならない。
「こんなところにいつまでも閉じ込められたままでいいのか。」
そう問いかけるサマエルの深い夜色の瞳がじっと見透かしてくるようで怖くてたまらない。
どうこたえればいいのかすらわからない。
納得いく言い訳なんて持ち合わせてない。
でも、言えないよ。
サマエルが殺されるなんて。
「僕は普通になりたい、自由でいたい。…縛られたくない。
でも!それでも、サマエルといれればそれだけでいい。」
それでも精一杯の想いで伝えるしかなかった言葉はこたえにはならない。
鉛を飲み込んだような重たい喉はやがて呼吸を阻んでいく。
「なんでだよ。分かってるだろ。その身体…。」
突き付けないでほしい。
わかってるから。
わかってるからサマエルと離れたくない。それだけでいい。
「わかってるよ。それでもいい。」
お互いの掠れた強がりの声は聴くのも痛々しい。
全てが掛け違えたボタンのようにずれて少しづつ軋んで傷んでいく。
どこかでギリギリと擦れ合わさって擦り切れる音がした。

―――――「どうしたら残りの時間でサマエルを守れるの?」



誰よりも長く酷く異端としてヴァンパイアによって掌握されてきたサマエル。
だからこそ誰よりヴァンパイアによる縛りが意識に刻み込まれている。
小さな箱庭の中で縛りから解き放たれても自由にはなろうとしない。
そんなのは飼われているのと同じ。
そして、誰にも出来ない“血の契約”という縛りから解き放つ力を持つミハイル。
だけど同時に誰よりも紫月の姫という縛りから解き放たれたいのはミハイル自身だった。

―――求めるか望むか、諦めるか

この論議は何度も繰り返された。
始まりはこんな無謀な計画だった。

サマエルが紫の月の日に紫月の姫が殺されることを知るまでは。



S
もう一刻の猶予もない。
どうやったって時間がなさすぎる。
いつ次紫色の月が昇るかなんて俺にはわからない。
そもそもルナティックが起こるかすらわからないんだ。
それでもミハイルはあいつらに殺される。
そんなこと俺が許さない。
「わかった。もういい。もう変えようなんて言わない。」
「うん。」
「ミハイル、いますぐ荷物を纏めろ。」
「え?」
「二人でここから逃げる。」
「…できない。」
「なんで。」
「…無理だよ。」
「どうして。」
「ここから逃げても行くとこなんかない。それに、連れ戻されておわるよ。それなら、ここで一緒に居られれば、それでいい。」
「なんで、やってみもしないうちから分かるんだ。」
「このままでいるしかないんだよ!!」
「…なんでだよ。そんな風に独りで全部抱え込めばいいと思ってんのか?なんにもしてやれない俺はただおまえが消えていくのを指をくわえて耐えろって?そんなのごめんだ。」
「っつ!無理なんだって!!」
「辛くて仕方なくて死にたくなるくらいしんどいんなら感情のまま求めろよ!」
「っつ…はぁっ…。はっ…。」
次の反論さえままならずに崩れ落ちていくミハイルがもどかしい。
「なぁ。頼むよ…。…足掻けよ。」
誰かの涙で出来た燈火の血の海をもがくようにお互いを手繰る。
「みっともなくてもいい、情けなくてもいい、辛いなら変えたいなら受け入れんな、諦めんな!!」
苦しそうな今にも叫びだしてしまいそうなそんな声だった。
溺れたのは俺かおまえか。
誰がこのこたえを持っているんだ。


―――「どうしたらこの奪われることに慣れ切ったこいつを守ってやれる?」


※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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