「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―36.何度も。何度でも。
❅36.何度も。何度でも。
その日、サマエルは息絶えたミハイルを見て感情を爆発させた。
そしてそのショックこそがトリガーになり覚醒した。
その覚醒は、絡まり続ける糸のようにサマエルという人格の過去と性質を複雑に作用させていった。
紫月の姫の血のあまたある1つの能力。
それは、ミハイルの置き土産。
あの駅でこれ以上傍で守れないと悟ったミハイルはサマエルの首元を噛み紫月の姫の遺伝子配列をサマエルに植え付けた。それがミハイルに出来る最後の手段だった。
囚われることは間違いない、そして自分はきっとこの後死ぬ。
サマエルだってどうされるかわからない。
サマエルを守れない。
だったらせめて、紫月の姫の能力をサマエルに。
サマエルの異端とされるほど濃い遺伝子配列はミハイルの紫月の血に対等出来るだろう。
そして、それは助けることはあってもきっと苛むことはないことにミハイルは賭けた。
それがサマエルの感情値によって覚醒されたらしい。
その能力を使ってサマエルは紫月の姫の亡骸と濃縮保管された紫月の血を全て奪って逃げた。
覚醒したばかりの能力は暴走しシステムや施設をめちゃくちゃにした。
夜が来て。
朝が来て。
また夜が更けて。
また日が昇る。
虚しくて寂しい歯がゆいままの日々が巡る。
ざりっざりっとコンクリートと擦れる足音だけが冷たくしけった地下室中へと響き渡る。
とうの昔、最悪な現実から逃れ隠れるために使っていたここは何も変わらずそこにあった。
何年も前に過ごしたままの時を止めたまま。
埃とカビの香りが肺を満たす。
その香りにどこまでも懐かしく安心する。
棺に横たえたミハイルの頬をするりと撫でてその縁に座ったまま攫ってきた資料を読みふける。
まるで数年前をなぞっているようで。
指先で辿る無機質な文字列が紙の質感をなぞる。
変わらない行動に苦笑が降る。
だが、いまは違う。
ここに大切なものがある。
なにに変えても手に入れたい目的がある。
横目でまるで眠るようにそこにあるミハイルの手にまた触れる。
いまこんなにも簡単に触れられるのに。
ミハイル自身に触れられないことがこんなにも苦しい。
それでも届かないとわかっていながらその手にその頬に触れずにはいられなかった。
―――何度も。
―――――何度でも。
資料をめくって頭の中に叩き入れる。
どんなに悲惨な結末だとしても。
「約束した。」
そこには“黄迦リコリス”と“ヴァンパイア天上協会”の計画。
これを完全に潰すには。
ミハイルを生き返らせるには。
「…これだ。」
…けつえきいしょく
自らのDNAを相手の遺伝子配列に自分の遺伝子配列を送り込み植え付けることで従わせることが出来る。血の契約。
それはつまり血液中の遺伝子配列にミハイルがいるという事。
血というデータ、それを投影する映写機の役割が肉体なのだとすれば。
代わりの肉体さえあればミハイルは生き返らせられる。
ミハイルは変わらずミハイルたりえる。
――「“人間の肉の器にミハイルをいれる。”」
何時間か、はたまた何日か。
俺らしくもなく離れることを躊躇った。
それでも、連れ戻すためには離れなければならない。
ここに都合よく人間がいるわけがない。
おまえと向かうはずだったあのティアマトに独りでなんて憂鬱どころじゃない。
人間界がどんなとこか俺は知ってる。
「ミハイル…、おまえとだから耐えられるんだ。」
じっと瞳に焼き付けるように眺めては。
――揺らぐ心に杭を。
―――この腕でまたミハイルを抱くために。
ひとつ深くふかく息をして。
コロッと音を立てて転がったミハイルの小瓶とアンプル、器具をもって立ち上がる。
ミハイルの耳元で「必ずまた。」強く言霊になるようにそう告げてティアマト駅に向かった。
ティアマト駅。
そこには、もう一つ言い伝えがある。
誰も信じないような話。
その駅を通る電車に乗ると異世界へ通じるというそれ。
「ミハイル、おまえは俺を置いていかない。負けないって約束した。
俺は、いつまでも待ってる。ミハイルが戻ってくること。」
「…約束、だろ?」
そして、俺は。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
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