「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―37. 「だから、お前は死ねない。死なせない。」
❅37. 「だから、お前は死ねない。死なせない。」
「…嫌だ、いやだ、助けて。」最初に聞こえたのは悲壮な願いだった。
その声が何処かミハイルに似ていて、思い出す。
「なんで俺が。」そう思いながらも探すことを辞められなかったあの夜を。
必死に探し回ってようやく見つけた真っ暗な屋根に蹲って泣いているミハイルを。
どれにも届かない思いに嘆き苦しんでいたミハイルを。
だから、決めたのかもしれない。
―――『この人間をミハイルを生き返らせる肉の器にする』
人間の体が壁にぶつかってゴッともグッともつかない鈍い音がした。
それと共に俺の腕に衝撃が走った。
途轍もない打撃に腕がジンジンと痛みだして熱を帯び始めるのを感じる。
胸元のホープダイヤモンドを確認しようとして視界に入ったシャツがぼろぼろになってて思わず舌打ちを溢した。
ボタンは無残に引きちぎられているし妙にはだけていてこれでは露出狂まっしぐらだ。
しかも、身一つで来た俺には着替えがない。
「どうすんだ…コレ。」
はぁと深いため息をつく。
ため息なんかついたってなにも状況が変わるわけでもない。
くったりとした胸ポケットをまさぐる。
「不幸中の幸いってとこか。」
ホープダイヤモンドはしっかりと輝きを保ったままそこにいた。
チッと二回目の舌打ちをうって目の前の人間を見据える。
うん、あまりにも遠い。
吹っ飛んだか。
魔族よりも遥かに人間は脆いと聞いていたが大丈夫なんだろうか。
それに、警戒心が強いとかなんとか…。
「あああ、めんどくさい。」
この状況で考えるのは性に合わないらしい。
とにかく確かめるためにゆっくりと近づいた。
真っ直ぐ俺を見るその目は怯え切っていた。
ミハイルは俺にそんな目を向けたことなんてなかった。
またイライラがふつふつと自分を侵食している。
立ったまま人間を見下ろせば「その腕…。」と指摘されてはじめて気づいた。
腕まくりしている右腕が右側だけ赤黒く内出血が広がってその存在を主張している。
完全にやったな…これは。
そう呑気に思考にふけっていた俺に人間が怒鳴り散らしてきた。
「なんで…。なんで助けたりなんかしたんだよ!」
「もう苦しいのは嫌だった。」
「楽になりたかった。」
吐き出される感情はどれも痛いほど知っていたし、見てきたものだった。
ただ、俺とミハイルとこの人間の違うところは感情を吐き出すか出さないか、ぶつける相手がいるかいないかだ。
こうして誰かに吐き出せるだけこの人間は幸せだと思ってしまう俺はひねくれているのか。
なんでこうも俺の周りには似た奴が集まってくるんだか…。
胸ぐらをつかまれながらそんなことを考えていた。
行き場のない感情が煩わしい。
胸板を叩かれてもそれは変わらなかった。
もしかしたら、俺はこの人間が羨ましいのかもしれない。
吐き出せる人間が。
その人間は大人しくなったかと思えば泣き出した。
俺のシャツをハンカチ代わりにして。
俺の胸を拠り所にして。
―――マジで何なのコイツ。
胸元はつめてぇし左の方なんかは握り締められている。
着替えがねぇって言ってんだよっ、とは怒鳴り散らすわけにもいかない。
なんせミハイルに似たこの人間をミハイルの肉の器にするんだ。
傷をつけて失敗は出来ない。
それに、迷子の子供みたいな…そう、既視感。
心を落ち着けるために意図的に一つ深く息を吐いて「なんで泣いてんだよ。」と問いかける。
ゆっくりと顔をあげた人間と目が合った。
その顔は、寂しいと嘆くミハイルそのもので。
「寂しいんならなんで求めない?」
そう聞いたのは無意識だった。
なにも答えない人間に収めたはずのイライラがまた顔を覗かせた。
諦めたようなその眼差しがそっくりで。
「…なんでだよ。」
零れ落ちたそれに気付いた時には遅かった。
「…なんで。“あんた”も“あいつ”も。」
ぎりっと噛み締められ削られた音が聞こえる。
もう止まれない。
「辛くて仕方なくて死にたくなるくらいしんどいんなら感情のまま求めろよ!」
止まらない。
「…足掻けよ。
みっともなくてもいい、情けなくてもいい、辛いなら変えたいなら受け入れんな、諦めんな!!」
心のままに叫んだ。
心臓が握りつぶされているかのように痛い。
呼吸を忘れそうになる。
多分俺は、この人間の中にミハイルを
愚かにも見出したいんだと思う。
人間の夕焼けを切り取ったみたいな真っ赤な紅い瞳。
その双眼は俺を試しているように見えた。
『いいよ、のってやる。』
意識的に一つ呼吸をしてできるだけ余裕に見えるように挑発的に唇をゆったりと歪ませて笑ってやる。
そして、
「あんた、助けてって言っただろ。」そう囁いてやった。
固まる人間。
もう一押し。
追い打ちをかけるように少しかがんで真っ赤な瞳を覗き来む。
そうしてより一層低くした声で制圧するようにもう一度言った。
「いやだ、助けてってあんた言ったよな。」
真っ赤な双眼は瞳を逸らさなかった。
それ、すなわち肯定。
見せつけるようにゆっくりまばたきをして
「だから、お前は死ねない。死なせない。」
はっきりとそう告げた。
人間はしばらく固まって逡巡したのち諦めがついたのか
「…わかった。どうせ、捨てようと思ってた命だ。アンタの好きにすればいい。」
そういった。
それは、どうしようもなく見覚えのある彩をして。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
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