「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―35. 「“奪われる覚悟”もなく、“奪った”なんて言わないよな。」
❅35. 「“奪われる覚悟”もなく、“奪った”なんて言わないよな。」
つめたい箱の中。
一定間隔をあけて機械が作動する音が永遠と続く。
自分の呼吸音とガラスで仕切られた向こう、もはや硬い寝台に横たわるミハイルの姿だけが俺をこの世に留めている。
これが病院であったなら管を繋がれたそれだけがこの世に繋ぐ線であるだろうがあれはこの世から切り離すための線で。それどころかまして俺には一本も繋がってはいない。
だが、俺には。あの線の先にいるミハイルだけが俺をこの世に繋いでいるただ、たった一つだ。
耳を塞ぎたくなるような音を立てる沢山の機械や管、
訳の分からない線達。
管がミハイルの命を吸い続けている。
透明の管を流れているのは。
――ミハイルの命の燈火。
「この命を喰らっているのはいったい誰なんだ。」
脳を掻き毟りたくなるような行き場のない抑圧されたものが右手を伝ってガラスを引っ掻く鋭利な音に変わっていく。
「俺からミハイルを奪うやつは誰なんだ。」
それを耳にしてまた増したものが繰り返し執拗に質量を増して蓄積していった。
「ミハイルは目の前で命を削られているのに、俺は何も。」
ノルアドレナリンに溺れるように、支配され塗り固められていく。
曖昧だった感情が混ざり混ざったまま明確に意志に成り代わっていく。
混沌とした苦しさに罪悪感を薄めるように摺り寄った。
「許さない。絶対に。」
唸り声はどれほど醜い?
もう戻れないことはわかっている。
俺の血を流し込んだあの宵のとばりから。
「…っ。」
何度も月の下呻いた痛みも。
翳に預ける孤独も。
彫り刻んだ後悔も。
与えられた傷口も。
今もなお継続するそれは確実に俺を蝕み侵していく。
じわじわと時をかけ滲み寄ってやがて俺を喰い尽くす。
見過ごせないほどに膨らむ飢餓感に朦朧とする。
無駄だと嘲るように全く変わり映えしない銀と対照的に無力な皮膚が紫を帯び赤黒く抉れていく。
そんな呻きすら俺を絡み付ける金属たちがじゃらじゃらと鳴った音にかき消された。
俺達がここに囚われてどれくらいの時がたったのだろう。
何時間?、何日?、それとも何週間?、何年?。
目の前で大事なもんが奪われていく。
いつまでも変わることがない地獄。
それなのに、俺はこうして何もできずにただ見ている。
「どの口が言うんだよ。…お前を護るなんて。変えてぇんなら求めろなんて。」
ガラスに項垂れる。
わかっていたんだ。
この地獄は死ぬまで続く。
「どうせ殺されるなら、いますぐおまえを攫って二人で心中しようぜ…。そしたら、俺らずっと一緒だろ?、おまえと居られるんならどこだっていいよ。この世でなんて高望みしない。だから、俺と死んでくれ。ミハイル。」
もはや生きてんのかも分かんないミハイルに呼びかける。
ピー。
ここに来てから一度も聞いたことのない音がけたたましく鳴り響いた。
画面からほんの少し覗く心電図は無機質な直線を描いていた。
それが何の印であるかなんて誰でも知っている。
「なんで。なんでだよ。」
“訪れるべくして訪れた絶望”。
これほど腑に落ちる言葉はないだろう。
「なんでおまえが先にいくんだよ。俺がおまえを待ってるんじゃなかったのか。…なぁ、ミハイル。」
「…負けないって言った。」
「…約束した。」
「…そうだろ。…凛弥。」
とっくの昔に枯れたはずの熱い雫が俺の頬を伝ったのがわかった。
「…なんだこれ。」
頬をこすって濡れた指先がテラテラと照明を浴びて厭々しく主張する。
「さいていだな」
俺に泣く資格なんかないくせに。
煩わしい足音に目線をあげれば。
ミハイルのいる部屋に研究員がぞろぞろとやってきてミハイルを取り囲んでいく。
1人の白衣を纏った研究員の男が振り返ってガラス越しに嘲笑うみたいに笑った。
ーーー「ずっと奪われ続けてこのまま終わりか?おまえは。
違うだろ。おまえはどうしたい。
俺には痛いほど分かるよ。
俺らこのままではいられない。
奪われたくないのなら。
全てを委ね捧げろ、俺に。
復讐…したいんだろ?」
ーー「この場は俺が引き受けるから。もうおまえは傷つかなくていいから、俺みたいになるな。」
どこかで藍の月がぽっかりと浮かんで優しく微笑んで囁いた。
「俺は。…俺は。」
ああ、いたい。
ああ、煩い。
心臓が耳にでもあるんじゃないか。
いつでも主張してきた痛みとは比にならないくらいの痛みに焼き切れたのは一体なんなのか。
俺はヴァンパイアですらなくなるのか?
「ふっ…ははっ…、…もはやどうでもいいな。」
『ふざけるな!!』
その瞬間、頭の奥で何かが弾ける音がした。
自分が叫んだことすら構ってられない。
痛い。
痛い。
痛い。
不意にガラスが反射して映し出した俺は剥きだした鋭利な牙をした化け物じみていた。
「そんなことどうでもいい。」
俺が何になろうが。
目の前が何色になろうがかまわない。
「それよりも、、、全部全部なくなればいい。」
手を振り上げればいままではびくともしなかった鎖が簡単にちぎれた。
「は…ははっ」
何が面白いのか自分でもわからない。
でも、笑いがこぼれてとまらないや。
鎖を引きちぎったことで慌てて駆け付けてきた研究員をひねりつぶす。
いくらぶっ壊れたヴァンパイアどもでも痛みは感じるらしい。
上がった悲鳴に無意識に自分の口角が上がるのを感じる。
「なぁ、奪われる覚悟があるから奪ったんだよなぁ?」
逃げようとした研究員の頭を鷲掴みにして目を合わせて問う。
言葉が出ないらしい。
「それは肯定か?」
無言、否定しない。
それすなわち肯定。
そうだろ?
「そうだよな。」
「肯定だよな!!」
思いきりガラスの壁へそのままたたきつければガラスは大きくひびが張り巡らされて鋭利さを持った。。
濡れた感触に紅く汚れた手が目に入る。
嫌悪感ばかりがまた俺を刺激した。
「汚い。」
力任せに手を振れば紅は無残にも飛び散って白を汚した。
キロリと流し目で次のターゲットを狙う。
なぁ、「聞きたかったんだよずっと。」
近づいていけばおぞましいものでも見たかのような顔。
「俺の命より惜しいもの奪ったんだ、おまえは俺に何を差し出す?」
隅で固まっていた研究員にしゃがみこみながら問う。
音にすらならない悲鳴。
「滑稽。」
腕を引きちぎって投げ捨ててやった。
「おまえらのほうがよっぽどおぞましいんだよ。」
さぁ次はどいつだ。
視線だけを動かして探す。
「おまえで最後?ふーん。つまんねぇーな、おまえら。」
最後に、あの嘲笑った白衣の研究員の胸ぐらを引き寄せて言う。
「“奪われる覚悟”もなく、“奪った”なんて言わないよな。」
――なぁ、そうだろ?
―――肯定してくれよ、お願いだからさぁ。
「いまさらそんな瞳すんじゃねぇよ。」
さっきから肯定も否定もせずうんともすんとも言わないのはなぜだ?
「あれだけ嘲笑うように俺を見てベラベラと喋っていったその口は飾りか?」
はっ…どこまでも卑怯だな。
「いいよ、別に。
最初っから答えなんか求めてない。」
「壊してやるよ、俺らみたいに。今度はおまえらの番だ。」
「俺らを引き裂こうとするやつは全員。ひとり残らず炙り出して殺してやる。」
「ミハイルを苛む種は全部刈り取ってやる。」
「根絶やしにしてやる。」
阿鼻叫喚の血なまぐさい紅い水たまりを感情に任せたまま踏みつける。
はぎ取って拾い上げた真っ白な布に手にまみれる紅を与えてやれば瞬く間に白は紅を吸って染まった。
虚しいような寂しいような虚無感に。
嗚呼、悲しくって笑いがとまらない。
「ははっ」と独り残された俺だけの声がこだまする。
我を失って暴れすぎた。
見渡せるほど冷静さを取り戻した時には部屋は見る影もなく無残になっていた。
その中で目立つ傷一つなく綺麗なまま眠っているミハイルはやっぱり天使のようで。
命の色を失ったことで色をなくしたミハイルはどこかこの世のものとは思えなかった。
ふとみえた割れて鋭利さを携えたガラスはどこまでも醜い化け物を映していた。
それがまるで対極にいるみたいで何処まで行っても交われないように思えて苦しかった。
「だが、どちらもこの世のものとは思えないな。」
だれに向けるのか吐いた言葉はちゃんと音を成した。
その声にこたえるものなどここにはもういないのに。
そこにある全ての資料とミハイルの命が入ったアンプルと小瓶を一つ残らず袋に詰め込む。
それから、そのあたりにあった針やシリンジなどの未使用の器具も残らず詰めた。
ミハイルの血はあれだけ抜かれていたのに成分を濃縮されたそれはほんの数本しかなかった。
それをすべてもって壊れ物を扱うようにミハイルを抱き上げた。
いつか耳にしたヴァンパイアを蘇らせる方法を探すために。
「ミハイル、待たせたな。」
「もうおまえは傷つかなくていいから、俺みたいになるな。」
二つのニュアンスの織り交ざったその声は到底化け物が出せるようなおぞましいものではなく
慈愛に満ちた優しい声だった。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
➩https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea