「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―17.抗いようのないほど君がほしい
❅17.抗いようのないほど君がほしい
「サマエル。…サマエル。」
名前を呼びながら施設中を探していた。
はやく。
早くその血が欲しいともう何度も与えられたそれを狂ったように欲する。
僕の意志なんて関係ないとでもいうように塗りつぶされていく。
到底抗えやしない。
壁を伝っていた手に触れた感触に視線を向ければ触れたのが本の背表紙だということに気付いた。
視線をついっとたどれば本が並んでいる。
その奥には翳が覆っていた。
「ここは確か…」
初めてサマエルと会った場所。
なんとなく辿っていけばそこに形を崩したように座っているサマエルを見つけた。
その脇には読んだまま片付けるのが面倒になったのか沢山の本が適当に積まれていた。
ゆっくりと近づけばサマエルもゆっくりと瞳を開ける。
じっと深い二つの夜が僕を見つめた。
「…ミハイル。」
「サマエル。欲しい。」
「ああ。」
簡潔に言葉を交わして立つ気のないサマエルが右手を差し出してくれる。
すらりと白く所々咬み跡の残るその乱雑に捲られた手に誘われるように跪く。
ご馳走を差し出された獣のように勝手に喉が鳴った。
その卑しさを振り切るようにその差し出された手首に手をかける。
僕よりほんの少し体温の低いサマエルの冷たい皮膚。
それを温めるように舌でなぞればその手からわずかな振動を拾った。
そのまま視線だけを向ければサマエルと視線が交わる。
その両の夜は何をみているんだろう。
聞いたところで答えが返ってくることはきっとない。
諦めるようにして手元に視線を落として狙いを定める。
少しチカラをいれればたやすくその白い肌は裂ける。
甘い。
溢れ出た紅を少しずつ舐めとるようにして甘受する。
満たされる。
だけど、たりない。
「足りない。」
もっと。
「もっと。」
もっと。
「もっと。」
欲しい。
「…満たして。」
差し出されていた腕をひいてその首筋に噛みついた。
なんの声もかけずに。
全ての段階をすっ飛ばして。
さっきよりも柔らかな肉を裂いて溢れ出るそれを貪った。
急所を襲ったのにサマエルは僕を咎めない。
ただじっと静寂の合間に衣擦れの音だけが耳についた。
サマエルが後悔と罪悪感を甘受して僕から目を逸らすように固く閉ざされた瞳。
首筋をまさぐるように埋めれば頬を掠めるサマエルの柔らかな毛先がくすぐったい。
深く吸うたび甘く漂う色香が時々小さな棘を孕むように胸を刺した。
三角座りを崩したサマエルの間を向かい合うようにして陣取って。
このままサマエルの全てを僕のものにできたなら。
欲に溺れて求めた左手が宙を彷徨ってサマエルの艶やかな髪を攫ったままなおも伸ばせばトンっと音がしてそれ以上を壁に阻まれた。
その壁を頼りに支えればひんやりとした温度が掌からかろうじて熱が映る。
ついっと首元からサマエルを窺う。
夜空をうつしとったような瞳は僕をうつしてくれない。
ぐっと瞳を閉じたままほんの少し天を仰ぐようにして僕にされるがまま甘受して動こうとしない。
僕が少し多く踏み込もうとサマエルは拒むこともなければサマエルから求めてくることもない。
それがすごく苛立たしい。
まるで自分の思い通りにならない子供の癇癪のような苛立ち。
わかってる。サマエルがこうして僕を受け入れてくれるのは僕を助けるため。
ただそれだけ。
だけど、僕を求めて欲しい。僕がサマエルを求めるように。
僕が、サマエルがいないとどうしようもないくらいに。
僕をどうしようもなく求めて欲しい。
掌から伝わるつめたさが現実を映して。
こんな風に想い向けてしまう罪悪感に押しつぶされそうになる。
不意にサマエルの右手が僕の左腕を下から咎めるように握った。
そう、サマエルは僕がいなくたって生きていける、そんな馬鹿げたことあるわけがない。
わかってるんだ。
それでも、どうしようもなく求められたい。
欲求を押し付けるようにもう一歩踏み出すようにぐっとサマエルを壁に押し付けながら吸い続けた。
サマエルの手がスルスルと僕の左腕を辿って上から被せるように手首を握られる。
もしサマエルが全て失って空っぽになっても僕の全てをあげるよ。
だから。求めて。
サマエルを見れば眉根を寄せて瞳を伏せたままでもわかる不機嫌顔。
どれくらいそうしていたのかサマエルの少し苦し気に呻いた声にハッと意識を現実に戻した時にはぐったりとその身体がのしかかってきた。
「やりすぎた。」
その日を境に僕の過剰摂取と反動はエスカレートしていった。
もはや意思では制御できない。
時折だったそれは、サマエルを貧血にまで追い込み、
それなのに酷く辛さも痛みも増して紫月の姫の能力反動からの暴走でまるで醜い手負いの獣のようになる。
そうなってしまえばサマエルをいつ傷つけてしまうかわからない。
実際何度傷つけた。
正直怖い。怖くてたまらない。
僕はサマエルをいつか殺すんじゃないかな。
時には、サマエルすら拒むそれは。
無慈悲に加速していく。
サマエルをこれ以上傷つけるわけにはいかない。
でも、それは抑制剤でも収まらなくて。
どれだけ薬を飲んでも僕の揺らぎも痛みも消えない。
それでも、薬に頼るしかなかった。
そうしなければ僕は僕のままでいられないんだから。
それなのに、僕の気も知らないで
どんな時でも、サマエルは僕の元に現れた。
サマエルを傷つけたくなくて遠ざけたいのにいつだってサマエルが見えて安心する。
でも、意思をコントロールできない僕がサマエルをほんとに傷つけないか怖くなる。
そしていつか、傷つけた僕を見捨てるんじゃないかな。
僕はサマエルの傍にいたい。
「サマエル…。どうか僕を見ないで。見捨てないで。おいてかないで。」
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
➩https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea