❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―4.どうせ、捨てようと思ってた命だ。アンタの好きにすればいい。 「#創作大賞2024応募作品」
4.どうせ、捨てようと思ってた命だ。アンタの好きにすればいい。
一つ深く息を吸って
「それで、アンタはどっから来た?あの電車はどこにつながってる?」
目線を逸らして聞いた。
「…サマエル。」
「は?」
どういうことだ?
サマエルってとこから来たってことか?
サマエルなんて地名聞いたことないんだけど。
首を傾げる僕に
「サマエル。アンタじゃない。」と付け加える男。
そっかそっか、この男はサマエルって名前なのか、ふーん。っておい僕の質問ガン無視!?
「おまえは?」
「え、僕?…何が?」
僕の混乱をため息を吐いて少し後頭部を掻きながら
「おまえの名前」と呟いた。
「あ、ああ名前か。僕は暁、暁陽翔。」
よろしくと手を握った。
「俺がいたところは魔界だ。あの異界へ行けるとかいう電車に乗り込んで辿り着いたのがこの駅。つまり、あの先は魔界だな。」
嫌な予感はしてた。サマエルの口から覗く牙を見た時から。
いや、俺を突き飛ばしたと知った時から。
人間であんなことできるわけがない。
サマエルの正体を僕はたぶん知っている。
でも、あれは物語上の設定のはずで。
「――――で、それで、暁には今から俺たち側になってもらう。」
「ん、え?俺たち側…?俺たち側って…何?」
なかなか理解しない僕に呆れ顔のサマエルが答えをくれた。
「ヴァンパイアになってもらう。」
うん、そう。
だよな、俺たち側って。
サマエルはどう見ても人間じゃない。
サマエルはヴァンパイアで。
で、で…。
「え、いや、ちょっと待て。」
「なんだ。」
「なんだっていうか、急にヴァンパイアになれとか無理だよ。」
「無理じゃない。」
「急に言われたって無理だって。…心の準備だって出来てないし、そのヴァンパイアだって僕は全然知らない。」
「知らなくていい。」
「でも。でも…。」
「おまえは死ねない、俺が死なせない言ったよな。」
「言った!言ったけど!!」
「なら、また一人にもどるか?
それとも次いつ来るのか分からない電車を一人待ち続けて死ぬか?」
「それは…。」
「さっき『…わかった。どうせ、捨てようと思ってた命だ。アンタの好きにすればいい。』暁が俺に言ったんだろ。」
「そう…だね。」
ずいっと圧を掛けてはっきりと言われてしまえばもう僕の負けだ。
「辞めるのか?」
「いや、やってよ。
ヴァンパイアにして。」
「ふっ、いい子だ。」
そう言ってサマエルは満足そうにその端正な顔で綺麗に笑った。
サマエルはどこからか真っ赤な小瓶を取り出しペン型の機械へ流し込んでいる。
小瓶から流れ出るほんのり赤紫がかった赤い液体。
ふわっと鉄の香りが鼻腔をくすぐった。
サマエルはちらと手元を見やってペン型の機械にうつすときに手に零れてしまったであろうほんのり赤紫がかった液体を愛おしそうにじっと見てゆっくりと器用に舌で舐めとった。そのしぐさは優雅で美しい。
慈愛に満ちてそれで…。
…それで。
…まるで。
「絵画みたい。」
サマエルが横目で僕を見据える。
ゆっくりゆっくり近づいて何の反応も出来ずに棒立ちのまま固まる僕の肩に手を置いた。あ、今目が合った。
そして、目線が首元へ移り大きくて細長くてまろい指が髪を掻き分ける。
視線が下がったことで伏し目がちになった切れ長の目。
その目を飾る長いしなやかなまつげが白い肌に影を落とす。
少し傾いた横顔が綺麗で。
まるで芸術のよう。
長い指が僕の首をなぞっていったり来たりを繰り返す。
やがてその指はお目当てを見つけたようで爪がそこを甘く引っ掻く。
そして、グッと抱きしめられるようにして後ろから回される手。
「おまえは今日から俺のものだ、暁。」
耳元で囁かれたテノール。
その刹那、首元に小さな痛みと冷たいものが血管から急速に全身へ巡るのを感じた。
直後、全身が焼けるような感覚。
指先が痺れて頭が締め付けられる。
心臓がさっきとは比べ物にならないほどバクバクと音をたてている。
意識が何者かに塗りつぶされるような気がして怖い。
何が起こってるんだろう。
不安と焦りで必死に目を凝らして見たサマエルの顔は僕よりも苦しそうだった。
覚醒の反動で体に負荷がかかることは珍しくない。
他族の力を体が受け入れるまでに時間がかかるものだっている。
それは分かってる。
だが、ここまで顕著に反動が出る人間は初めて見た。
どうしたらいい。
崩れ落ち意識を失ったままの暁を抱えて焦る頭で必死に考える。
ずるっと下がる暁の体を引き上げようとした時硬いものに触れた。
感触を頼りに暁の右ポケットを探ってみる。
「はっ?」
取り出して見てびっくりした。
それは、控えめに煌めく紅い石。
鈍いけれど一点を真っ直ぐ指す赤い光。
「なんで。」
驚いたのは石が光っているからじゃない。
光る石、通称“導きの石”を人間である暁が持っていたという事。
それから、俺が貰った石も色は違えど同じように光ること。
「ミハイルは、暁に会っていた?」
「…サマエル。」
意識うつろな暁がサマエルを呼んだ。
「っ!暁、この石は。この石は誰に貰った!?」
「…お母さん。」
「母親?」
そうと呟くと暁はまた意識を飛ばした。
「おい、暁!!」
聞きたいことはたくさんあるがとにかくこの状況を何とかしないと。
「導きの石。」
手の中の硬い石。
それはまだ淡く一点を真っ直ぐ指している。
――「ミハイル、おまえが導くなら俺は従う。」
サマエルは暁をおぶって紅い光線が指す方へ歩き始めた。
ぴしゃ。
ぴしゃ。
ポタっ。
紅い光線をひたすら辿って辿りづいたのはある二階建ての洋館。
何も声を掛けず許可も貰わずに入るのには少し戸惑ったが気配を探っても人らしいものは何もなかったからそっと玄関である扉に手を掛けた。
その扉は何の抵抗もせずすんなりと開いたことに一瞬ひやりとしたがやはり中には誰もいなさそうだった。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
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