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「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア  Lunatic aime moi -紅紫藍―31. 溢していた彩を。

❅31. 溢していた彩を。

「っ…!!」
察して全力で躱す。恐ろしい速さの矢が横を掠めた。
目線だけで確認すればすんでのところで躱した先でバチバチと電流を帯びた矢が地面に突き刺さったまま白金を帯びて光っている。
チッと舌打ちを零して気配の方へと睨みを利かせる。
そうすれば次いで聞こえる騒がしい声。
「リリーっ!!何してくれちゃってんの!?」
わたわたぎゃんぎゃんと騒ぐエシュアにそれをいなしてうんざりとしてみせるリーリエ。
「戦わなねぇんじゃなかったの!?」と矢継ぎ早にエシュアが吠える。
それを横目に
「流石ですねサム。満身創痍のくせに。」とエシュアガン無視で俺宛にリーリエは言い放った。
それは大層わたしあんたのせいで不機嫌ですけどとでも言いたげに。
「変わんないなリーリエ。その余計な一言慎んだらどうだ。」
とリーリエを強く視線で射抜いて言えば
リーリエはそのしなやかな無駄のない動きで弓をしならせる。
その矢は瞬く間に白金の光を纏ってやがて稲妻を走らせる。
あまりにも素早く攻撃力が高く称賛されている腕前は敵に回すと本当に厄介だ。
いつまでもつか。
だが、最前線の中核を担う二人が纏めてここにいるのは不幸中の幸い。
出来るだけ引き留めるしかない。
ミハイルが逃げ切るまでは。
視界の端で「いや!いまサム狙ったでしょ!?」とエシュアがリリーに噛みつく。
「うるさいバカエシュア。」
「俺聞いてないんだけど!?」
「なぁ!リリー!!戦わなねぇんじゃなかったの!?」
「戦わないなんて言ってないけど。」
「はぁ!?」
なんてこんなときでも緊張感のどこか抜けた姉弟喧嘩を繰り広げる。
その合間に数本繰り出された矢をすんでの所でまた躱そうとして掠めた。
じわりと熱線に触れたようにじくじくと切創が痛んで僅かに痺れがまわる。
いくらエシュアが中立をうたっていたとして刺さった先がどこかなど気にしている猶予はたぶん…いや、確実にないだろう。少し掠めただけのこれでも格段と酷くなる眩暈と痺れ。
ふらついたようにたたらを踏みそうになって意識すれば足先と地面がほんの少し凍り付いた。
言葉を飲み込めないエシュアが困惑して詰まっている間についっと鋭い視線が向けられて俺に投げられた。
「余計なお世話です。余計なお世話ついでに言いますけど、バカなことしないでくれます?
サムのせいでわたしの平和な日常が崩れるんですよ。」
どこか彩を隠したその繕われた声色はほんと。
こんな時だろうとリリーらしい。
だが、それでひくわけにはいかないわけだ。
「平和な日常か。…どこがだ?」
秘密だと交わした約束を破りたくはなかった。
それでも、時間稼ぎをするのにはこれしかない。
だからせめてものニュアンスにする。
それでもそれさえ罪を上塗りするような感じがして酷く息苦しさが増した。
冷たい氷の礫がささくれ立つように小さく地に映えるのを何処かみえた。
「みればわかるでしょうよ。」
リリーは敏い。
曖昧には曖昧を。
強い意志。
一歩たりともひいたりしない。
リリーはそういうやつだった。
「その腕で、か?」少し核心に踏み込んだ槍で刺すようにすればあっけなく
「リリー!なに腕って!」とエシュアが吊れた。
そう、まっすぐで、まっすぐすぎるんだエシュアは。
俺は俺が思うよりずっとお前のことを信じてる。
だから吊る。
「チッ…わたしはいまの日常が気に入ってんですよ、壊さないでくれます?」
少し苛立ちを表に出しながら大層棘を含ませたように吐かれた言葉は俺に向いている。
その手はイライラと片方を隠すように腕を組みその指先がトントンと忙しなくつつかれていた。
「サム、なに知ってんの?」
こたえる気がないと悟ったその横で不安そうに問うエシュアに俺はなにもこたえてはやれない。
ヒントは与えた。完全に核心を突くべきではない。
俺ではなくそれはリリー自身が話すべきことだから。
なにも進まぬ話に焦れたように「二人だけで話すのずるい!!俺は!?」とエシュアがまた喚きだした。
それを横目にいなして「リリーの平和な日常?を壊す気はない。」
「こうしてサムがバカなことするから今まさに壊れてんだよ!」
苛立ちが増したように吐き捨てるように言いながらリーリエが視線を落とした。
なぁ、リーリエ。
交戦中に敵から視線逸らすんじゃねぇよ。
ほんとリーリエの悪い癖。
一度懐に入れたやつを嫌いきれないリーリエの優しさ。
それ、いつか命取りになる。
だから、その忠犬に支えて貰えよ。
「じゃぁお前のそれも話してやれよ。」
エシュアはリーリエを絶対裏切らないから。
俺なんかじゃなく隣をみろ。
お願いだから。
俺じゃなにもしてやれないから。
「いまそれとこれとは関係ない。ミハイルはどこ。」
どこかでぐらぐらと揺れる気持ちは積み重ねすぎた想い。
また繰り返しそうになる。
全部に手を伸ばしたくなる。
いつからこんなにも強欲になったんだろうな。
「さぁな。」
―――なぁおまえらと居たからか?
――――おまえらといる時間が好きになったからか?


「ねぇ、サム。わたしはサムを殺したくないんですよ。」
相変わらず温度のないリーリエの声が響く。
言葉なんてなんて脆いものなんだろうな。
リーリエ、嘘が下手になったな。
リリーエがその滑らかな質のいい金の瞳から零す熱い雫。
そんな綺麗な涙に“もったいない”と言いかけて俺が言う資格なんかないことに気付いて唇を噛んで耐えた。
“それでも。”
伏せかけた瞳の奥一瞬見えた愛しさに。
―――“どうしようもなくとっておきたい”だなんて願った。
リーリエの零れ落ちた雫が一瞬にして凍ってそれは地に飲み込まれることなくころりと転がった。
その現象にリーリエとエシュアがバッと顔をあげ視線が交差する。
リーリエの瞳が驚きに染まる。
「え?…は?なんで…。」とエシュアがともすれば悲痛にも聞こえる音になりきらない声をバラバラと溢した。
それを黙視するように「上から俺を殺せとでも言われたから来たのか。」と続きを促す。
「…っ。」
どうしたらいいか。
どうすれば俺が折れるか。
リーリエの困惑がまるで手に取るようにわかる。
こんなにもわかりやすく意志をむけるなんてどこか壁をひくリーリエらしくない。
「上から殺せと言われたらリーリエは俺を殺すのか。」
リーリエ、わかる。
おまえは俺と同じだ。
傷つかないために踏み込まない踏み込ませない。
それでいいんだ。
無理に受け入れて傷つくことなんてない。
「わたしは殺さない。わたしの日常にはサムが必要ですから。」
リーリエはひとつ息を吸って真っ向から突き付けるようにまじあわせる視線。
まっすぐ射抜く滑らかに整えたみたいな金色の瞳。
どこまでも誇らしげに。でも酷く危うい。
どこかミハイルに似た瞳。
「いつまでだ。」
問いかける俺の声が妙に冷たさを含んで震えた。
「は?」
「その日常とやらはいつまでだ。」
「ずっと」
「ずっと?そんなものは幻想だって俺もおまえも身をもってわかってるだろ。」
「うるさい。」
「そうやって逃げればおまえのずっとはあるのか?どう抗ったってその時は来るだろ。
俺達が嫌と言おうが何だろうが理不尽に突き付ける。それでもリーリエもエシュアも俺もそうやって生きてきた。そうだろ。」
「いやだ。」
少しずつ気温が下がっていくような感覚でリーリエを追い詰めていく。
「それに。もう時間がない。俺もミハイルも、そしてリーリエ、おまえも。目を逸らして何になる。
向き合え。」
口走った言葉はほんとうにリーリエにむけていたのか、それすら曖昧なまま過ちに踏み込んでいく。
もう二度と戻れないのだと何度も超えてきた一線が俺の胸の奥底を抉って搔き乱すように溢れていく。
戻れない。
戻らない。
選んだのは他でもない俺だ。
踏み込んで壊したのは俺だ。
後悔はしてない。
それなのに戻りたいと何処かで叫び続ける。
いつのまにか積み重なった想いが溢れていく。
ギリギリと軋むこころが張り裂けそうになる。


バチバチと青白い粒子が周りで弾ける音。
いつの間にか上がっていた息を肩でしながら意識をうつせば
所々に突き刺さっている大きな氷柱。
誰が見ても紛れもなく暴走状態。
混乱しかけた視界に飛び込む氷柱に映る醜い姿に息を呑んだ。
そこにいたのは深くぎらついた瞳、青白い光を纏わせて黒紺の翼を生やしたまるで悪魔。
それは、まるで一族を仲間を殺した魔物じゃないか。
ひゅとまた酸素が薄くなって喉笛が勝手に鳴る。
絶望と恐怖に震えた。


「サム!!!!」
唐突に聞こえた怒号。
「なぁ、さっきから何の話?俺の知らねーことばっか。」
ゆらりいつの間にかへたりこんで座っていたエシュアが立ち上がった。
それは澄んだ海を閉じ込めたような両の瞳から大粒の海を零しながら。
その身体は淡く青白くとても良く似た色に光っていた。

「サム、なんで戻って来てくれねぇーの?」
エシュアの涙。
そんな風に泣くエシュア、みたことがない。
そう思考をすぎた瞬間何か生ぬるいものが伝う感覚。
手の甲でこするように拭ってみればそこはべったりと紅に染まった。
次いで感じた肌をピリピリと刺すような冷気に周りを見渡せば瞬く間に俺は
氷の砕け散った痕と鋭い杭のように地に差し込まれた氷が連なって囲まれていた。
「俺、ようやくサムと仲良くなれたのに。」
状況を整理する前にエシュアのぽつりぽつりと溢す言葉に呼応するように。
「俺のこといっつも置いてけぼりにして。」
エシュアの感情に呼応するように氷の杭が降り注いでくる。
「俺、頑張ったのに。
俺のこといつもみてくんねぇーじゃん。」
それはエシュアの涙のように。
「なんでわかってくれねぇーの?」
まるでシュと効果音でもきこえるように。
「また俺のこと置いてくのかよ、サム。」
エシュアの悲しみが
エシュアの叫びが
エシュアの感情が
氷でできた杭から流れ込んでくる。
「なんで。」
そう吐息が零れた。
その先が何の問いだったのか俺にすら分からなかった。
どこか懐かしく寂しい香り。
これはエシュア、お前の記憶なのか?
無念さと後悔の彩。
俺と案外お前似てたりしたんだろうか。
俺にも守りたかったが守れなかったやつがいた。
あいつは俺のせいで死んだ。
――――エシュア、おまえの中で次は俺だったのか?
俺がミハイルに向けたように。
俺を選んだのか?
―――――俺はおまえにそんな綺麗な感情向けて貰えるような奴じゃないんだよ。


不安定に揺れるものすべてを繋ぎとめるように背や杭による痛みにぐっと力を入れて耐えた。
ふと冷たい香りが広がって急に肌を刺す冷え込んだ温度に瞳をあければエシュアとリーリエの周りと2人にかけて地から生える何本もの氷柱。


その滑らかな表面に二つの紅が伝う。



それでもなおもキッと涙で濡れる海の瞳で牙をむいて「折角同じように過ごせるようになったのに!!」、
「またどこかへ行くつっての!?」と叫んでは繰り返し氷の杭を降らせてきた。
「なんで僕ばっかり置いてくんだ!!」
それにまるで呼応するように勝手に鼓動が跳ねて氷柱が上がる。
「俺にはそんな風に思って貰える資格なんかない!!ほっといてくれ!!」
苦し紛れに叫ぶ想いはどこへいく?



劇化していく攻撃にそれでも譲れない俺達はどこまでも似たもの同士で。
どこまでもどうしようもなくて。
どこまでも大人になり切れなかった。


全てを巻き込んで。
ひけない。
ひかない。

まもりたいものが
ゆずれないもんが


あるから。







「サム!!もうこれ以上血を流したらだめだ!!」
エシュアの声が虚しく響く。







暴走するサマエルとエシュアにリリーはエシュアを庇いながら交戦したが少しずつ少しずつ二人は追いやられていった。
かなり手負いであるサマエル相手にでもヴァンパイア育成構成施設随一のタッグであるエシュアとリリーをもってしても思った以上に完全覚醒には敵わない。
それはどこかで繰り返されてきたあの記憶。
それがどうしようもなくエシュアに突き付けられた。


「一族の体裁?俺の身体?そんなものはどうでもいい。」

そういったのはサマエルだったのか。エシュアだったのか。
リリーには分からなかった。

氷の魔法が引き裂くように振り切らないようにと交錯していく。
どこまでも。
どこまでも。
どちらが朽ち果てるまで。









一瞬のことだった。
「リリー、ごめん。」
そう振り返って静かに爽やかな風のように笑って見せる血にまみれた海色の瞳はどこまでも澄んでいた。
その背景でエシュアの小さな氷の礫とリリーの電流の弓矢で張った結界が割れる音がした。
きらきらと白金の電流を纏った小さな氷の欠片たちが散っていく。
――――その中心で。
ふわり白百合色の髪が海を泳ぐように舞って根元のコバルトブルーが一層増えてみえた。
まるで海に従って溺れていくようにしずかに崩れ落ちていくその細い身体をリリーが受け止めた。
手放した白金の弓がカランと音を立てて転がった。
きらきらと幻想的とでもいうようにどこまでも光る。
――――その真ん中で。
「リリー、泣かないで」そう言ってエシュアのすらと伸びた指がリリーの頬を愛しむようになぞって拭う。
そんなエシュアをリリーはぎゅっと抱きしめた。


―――――≪×××、生きて≫
その時、サマエルのもとに小さな幼子の。
大切にしたかった守れなかったあいつの声が聞こえた。

その瞬間、二人を貫くはずだった。
迫りくる鋭い氷柱が二人の寸前で泡が弾けたように粉々に砕け散って二人に雪が舞う。


サマエルの頬にも伝染したかのように雫が溢れて。
その涙に溶かされるようにサマエル自身の青白い光も二人が生み出した氷たちも解けだした。
いつのまにか黒紺の翼も消えていた。

ゆっくりと顔をあげたふたりが舞う雪にみつめあってくしゃっと顔を歪めたあとサマエルをみた。

崩れ落ちたサマエルにエシュアはリリーに支えられながら近づく。
サマエルの夜色の瞳をじっとみつめてエシュアは慈しむようにその頬を拭ってサマエルを抱きしめた。

この日初めてこれほどまでに彩のある涙を二人は流した。
泣けないサマエルの代わりにミハイルが。
泣けないエシュアの代わりにリリーが。
溢していた彩を。



「なぁ、サム。守りたいもん。…見つけたんだ。」
「俺にも守れるかな。」
「ああ。」
エシュアはリリーに支えられながら倒れそうになるサマエルを肩越しに小さく支え、行けよって背中をおすエシュアとリリー。






「またね。サム。」
「じゃあな。サム。」







歩き出すサマエルを背にエシュアがリリーを見据えた。
それはどこまでも包み込む慈悲深いコバルトブルーの海。
「どうせサムを逃がした時点で俺ら処分じゃん?
なぁ、一緒に逃げようリリー。俺、リリアと離れたくない。」



「私たちふたりでひとつでしょ。」



ーーーーー根の彩の違う二つのアシンメトリ。
ーーーーーーーーー随分似た色の二つの白百合が揺れた。



※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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