「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―16.忍び寄る真実という名の偽り
❅16.忍び寄る真実という名の偽り
中庭から中へ入り少し行った先にある少し暗い通路をゆっくりと歩く。
さっき立ち寄った夜のキッチン。
最近は常連と化したミハイルの姿はなくていないことに安堵した。
このままあいつの中が穏やかになればいい。
あいつを巣食う闇は俺が喰えばいい。
いつだって。
ミハイル…おまえが傍にいるならそれでいい。
なんとなく眠れる気がしなくてふらふらと向かう場所も目的もなく歩いた。
さあっと木陰が揺れるように風が頬を撫でて古書の香りが届く。
両脇の壁は本棚になっていてぎっしりと壁一面に本が収納されている。
「ここは…。」
無意識に辿り着いたのは。
掲げられたそれに手を伸ばして指先でなぞればそれは滑らかな木目の質感と彫られた文字を指の腹に伝える。その隣に彫られている魔法陣が浮かび上がるように光った。
なぞっていた手が降りて同じ印の刻まれた左足のふとももに爪を立てる。
“conceal”
木の葉を隠すなら森の中。
“闇”を隠すなら翳の中。
あいつらを葬るならどこだろう。
拙く彫られたそれは俺が俺をなくさないためのもの。
消されそうになった自分を忘れないために翳に隠されない様に。闇に飲まれない様に。
―――刻んだ。
何度書いたって塗りつぶされれば消える。
だが、彫り刻んでしまえば消すことは誰にも出来ない。
俺を消すことは誰にもできない。
俺はいつもここにいた。
気に入っていた。
独りそこの影にいた。
「ミハイルと初めて出会ったのもここか。」
想えばミハイルと出会って
「もうずいぶん来ていなかった。」
ミハイルが来る前は毎日この陰に入り浸っていたのに。
見渡せばあまりの薄暗さ。
ふとこんなものだっただろうかと空を見上げれば月は限りなくやせ細っていて儚い。
ああ。そうか。
すぐにでも新月になる。
そう思考を巡らせたその時
「っ…。」
またどこからか焦燥に支配されそうになる。
このところ増え始めた痛みに襲われる。
いつものように顔を歪めてやっぱり口内に淡い鉄の味がした。
ヒリヒリと熱を帯びるように左の太ももが痛む。
僅かに縮こまった身体が軋きしんで鼓動がぎゅうっと絞られるように感じる。
胸元とふとももを握りしめて筋張った指先から色が抜けていくのが見える。
はっと息をつめて押し殺す。
誰にも悟られたくない。
こんなものはいらない。
こんなのは俺じゃない。
はっと痛みの波の間に言い訳を並べて誤魔化してもダメかと諦めてポケットから錠剤を取り出す。
この美味しくもない白い魔物にまた縋る。
薬を煽るのは何度目か。
無様な姿…か。
まぁいい。
それより誰にも見つかりたくない。
力を振り絞るように壁に身を擦り付けながら翳までを辿る。
知られたくないその痕を残すようにバラバラと本たちが落ちた。
その音がまるで墜落していく俺と俺が壊し落としてきたなにかに思えて苛立ちに噛み締めればギリっと鈍い音が耳に付いた。
やっとの思いでいつもいた場所にくずれ込む。
限界をとうに迎えている体は滑稽なほど俺の意志を尊重してくれやしない。
もうどうでもいい。
どうにでもなれ。
酷く疲れたように何もかもが億劫で。
片足を投げ出した雑な三角座りで左足だけを刻まれた見えるわけもない印を隠すように左腕で固定して頭を埋める。
胸元を握りこむ右手は耐えるように力んで指先が白くなっている。
真綿で絞り込むように呼吸を阻まれる。
「はっ…なんだこのざま。」
吐き捨てた言葉は伝わらなければ何の意味もない。
ポケットの底。
まさぐれば指先に触れる冷たいかけら。
取り出して視線をやれば光もないのにガラスが光った。
“Clonazepam”
ミハイルの持つものより弱いが確実に薬剤の効能をブーストする。
その長く張り出た頭部を噛み折りパキンと鋭い音が翳を突く。
「エシュアからくすねてきたとか…ミハイルには口が裂けても言えないな。」
かわいさの欠片もないそれを煽って呟く声は誰に届くこともなく闇に溶けて消えていった。
「なぁそうだろ?、リーリエ。」
最後にと月が俺を燃え尽きて嘲笑ように一層照らす。
薄れゆく意識は消えゆく月を最後に闇に溶けていった。
何度も何度でも溺れる。
そよそよとサマエルを撫でつける寂し気な風が闇に漆黒に染められた紺髪を攫った。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
➩https://lit.link/kairiluca7bulemoonsea