短文「きせき、の、まほうつかい」
“まほうつかい、なんだよ”
雲が晴れて、凍る風の支配する空に浮かんでいる、きれいなまんまる。
お月さまがわたしと、あなたの顔を照らし出してから、そんなセリフが聞こえたんだ。
あなたは、ばつが悪そうに、不器用に笑ってくれた。
“ごめんね”
あなたはすぐに、あやまったけれど、それは何に対してなの?
幼い頃から、わたしはあなたの“まほう”に魅せられていて、嬉しくて、憧れて・・・。
もしかしたら、わたしもあなたのような“まほうつかい”になれるかもしれないと、密かに夢見ていたの。
あなたの杖を勝手に持ち出したこともある。マントを羽織って帽子を被り、読み解けもしない本をまえにカッコウをつけたものだ。
もしかしたら、迷惑だったのかもと、後になって思い至るけど、あなたのまえでは、わたしは童心以下に立ち返っていた。
妹であり、娘でも在りたくて、甘えたくて甘えたくて・・・。
あなたの困った顔が、わたしは大好きで、もっと困らせたくなって。
もっともっと“まほう”を見せてほしい。
そう、あなたにねだった。
知っていたの。
あなたは、いつだってわたしに“まほう”をしてくれた。
わたしのためだけに、“まほう”を使って、わたしを魅せてくれていた。
行為が、どれだけあなたの肉体を嬲り、精神を蝕み、魂を穢そうとも、あなたはぎこちない笑顔で、わたしに“まほう”を教えてくれる。教えて、導いて、伝えてくれていたね。
わたしって、わがままだった。
自分のことだけしか見えていなくて、自分の感情にさえ逆らうこともできなくて・・・。
笑顔を浮かべて横たわるあなたに、わたしはなんて言葉をかければ良いのだろう?
ありがとう? ごめんなさい?
どちらも違うし、どちらもが正しい。
さよならなんて言わない。
だって・・・、
わたしと、あなたは、この先もずっと一緒にいるのだもの。
それが、あなたから教わった、わたしの“まほう”。
恋でも愛でもない。
絆という鎖ひもが結い上げた、たった一粒しかない、負の奇跡だから。