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僕は何でもない日と、小説が好きだった。

前編 <第2話>

俺とミオは、ふたりを見送った。

しばらく、俺はできる限り平静を装い、ソファに寝転がって英字雑誌のページをめくっていた。ミオは、窓際にあるチェアに腰掛けて、外の景色を眺めている。ホテルのコートヤードで、ガーデンライトが幻想的に浮き立っていた。

ミオは、ベランダに出た。
俺はしばらく、ミオの後ろ姿をボンヤリと眺めていた。ブーゲンビリアの花びらをあしらったリゾートワンピースから、すこし灼けたふくらはぎが気持ちよさそうに伸びていた。栗色の髪が、ときおりふんわりと海風に揺れる。

「ねぇ、見て!花織たちが歩いていく」
ミオは、つま先立ちをしてベランダから階下を見下ろした。ミオに誘われるように、俺もベランダに出た。海と熱帯ジャングル、スコールと貿易風が織りなす島の空気感は、過密化したコンクリートジャングルとはずいぶん違う。コートヤードを見下ろすと、ヨシオと花織が手をつないで歩いていくのが見えた。ミオは、「かおーりー」と呼んだが、ふたりはヤシ類が立ち並んだ小径を歩いていった。

それから、俺とミオは短い会話をするでもなく、時の経過がただ次の状態に移るように、ゆっくりと顔を近づけキスをした。ミオはずっと拒むことはなかったが、自分から唇を離すときまり悪そうな仕草で俯いていた。

「ベッドに行かないか?」
俺が誘うと、ミオは首を横に振った。俺とミオは、ヨシオと花織もそうなのだけれど、お互いのことはよく知らない。だからと言って、夜通しかけてお互いのことを語り明かすのも、成り行きから見てどこか違う。俺とミオは、ヨシオが仕掛けた求愛ゲームの参加者で何となく守るべきルールがあって、ヨシオたちとのインタラクションによって成立して変わって行く。

俺は、もう1回キスをした。
俺は、ゲームチェンジャーになろうとしているのか?いや、ヨシオの求愛ゲームから生まれたおかしな戦士キャラの登場人物なのかもしれない。いや、ただのヤジュウだ。

「いいよ」
1回目より、長く強いキスが終わると、ミオは、俺の瞳をじっと見つめた。自分の短絡的な行為を蔑まれている気持ちにもなったが、後に引くことはできなかった。

ベッドの上で、ワンピースの胸の辺りに手をやると、ミオは顔をわずかに背けて小さく喘いだ。また、キスをした。唇から首筋、胸元へ愛撫を続け、着衣した下着の中に指先を入れた。ミオは、俺の体にしがみつくようにして自分の体をよじらせた。

「いや・・・」

その日の朝、目が覚めたのは午睡から起きたくらいの時間だった。

ベッドの隣りで、ミオはまくらに顔をうずめて寝息を立てている。俺は、ベッドの上で上半身を起こして薄明かりが差し込む、部屋の中を見渡した。白いシーツや微かなフレグランスの匂いがする。俺はベッドから立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出すと、一気に飲み干した。カーテンを少しだけ引いて、外の景色を眺めた。海と熱帯ジャングルの島での休日は、気怠くもあった。


「おはよう」

ミオが目を覚ました。スッピンの顔は寝ぼけまなこで、まだあどけなかった。ミオは、シャワーを浴びたいと浴室に歩いていく。裸の後ろ姿を、俺はぼんやり眺めていた。

俺は、ホテルの内線電話のプッシュボタンを押した。

電話には花織が出て、何となく意味ありげな低いトーンで、「おはよう」とあいさつをした。すぐにヨシオに代わると、ヨシオは調子ハズレで「すっとんきょう」な声を上げて、「おはようございまーす」と言った。

ヨシオは、興奮から醒めた祭りの後のワビシさを味わっているのだろうか?つまり、ヨシオは、自分が仕掛けた求愛ゲームのウイナーになれなかった?一方で、俺は、とりあえず自分の欲望を満たして面目も保つことができたということなのだろうか?いずれにしても、ヨシオの調子ハズレで「すっとんきょう」な声のリアクションに戸惑った。インタラクション・ゲームでもあるようなこの出来事は、どうなるのだろうか?

しかし、そのことはさておき、俺は、「サーフィンはやらないのか?」と、今日の予定を確認した。

「サーフィンかぁ?カオリー、サーフィンやりたい?(間) どっちでも良いっているけど、とりあえずビーチに出ようか?じゃあ、1時間後に、ロビーで会おうぜ」

俺は、受話器を戻すと、笑いが込み上げてきた。何だかよくわからないが、2人のやりとりを聞いていると、ウチの兄夫婦のようだと思った。ウチは、両親が墨田区の商店街の一角で、「天晴屋」という屋号の惣菜やを営んでいる。揚げ物がメインで、天ぷらや唐揚げが好評らしい。兄貴は、大学を出て都内の銀行に勤めている。なので、俺は惣菜やの後取りになるのだろうけど、今は、御徒町にある古着屋で働いている。

1時間後、俺たちはホテルのロビーで落ち合った。

なんとなく、その時は、行きの飛行機の中で顔見知りになった、2組の新婚カップルのような雰囲気だった。
「いいお天気ですこと」とか、「ランチどうしましょう?」とか、幸せですともという顔で気恥ずかしそうに4人は世間話をしながら、ビーチまで歩いていった。

その日の午後も、俺たちは子どものように日が沈む時間まで遊び呆けた。翌日の午前中には、帰りの飛行機に乗らなければいけないことが、長い夏休みが終わることのように嫌になった。

グアムから戻ったその週末に、俺たちは六本木のディスコで会う計画を立てた。

                                つづく

たいせつなお知らせ
僕にとって、noteの投稿は週末の小旅行でもあります。海を眺めながら体や心を整えたりするように、ふと思いついたことをテーマにして自由気ままに表現する、つまりアウトプットできる時間です。ありがとう、noteさん。

ところで、以前投稿していた「GOLDEN SISTERS」を原案にしたミニシアター公演を2023年12月に予定しています。公演企画書をブログ形式で情報を更新しながらアップしております。ブログアドレスを下記の通りですので、ぜひご一読下さい。

劇中歌のオリジナル音源もアップしておりますので、ご視聴下さい。

marbbyentertainments.wordpress.com

⭐︎演出家、出演者、公演スタッフの方も募集しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。よろしくお願いします!

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