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シャムキャッツの解散と台北の思い出

Travel Agencyがリリースされたとき、わたしは生涯この曲を旅行時のテーマソングにしようと決めた。「明日風がふいたら西でも東でも なんとなく行きたいほうへ あったかそうな場所へ」という歌詞が、なんとなく、わたしののんびりした(と、よく言われる)性格と、行き当たりばったりの旅行スタイルにマッチしているような気がしたからだ。それから今まで5回ほど旅に出たが、必ずどこかでこの曲を聴いた。香川に向かうフェリーで海を見ながら、離陸中の飛行機から雲を見ながら、よく晴れた春の台北をひとりで踊るように歩きながら。もし私の人生が映画なら、この曲が主題歌かもしれない、とまで思った。

台北と言えば、「台北」をわたしは何度聞いただろう。

2018年の夏、はじめて台北に行って実際にその歌詞の世界に没入した時のわたしの幸福は、台北101よりも大きかった。蒸された空気の中で、熱い雨の下で、排気ガスで揺らぐ世界で、何回も何回もリピートした。台北駅の前を走るバイクの多さに驚き、漂う八角の香りに台湾を感じ、臭豆腐の屋台の前を通るときは息を止めた。わたしのことを知る人がいないこの街を、わたしが知る人がいないこの街を、いつか「ここはすごく退屈」だと言い切ることができるのだろうかと考えた。

それから半年後、すっかり台北カルチャーに惚れこんだ私は再度桃園空港に降り立った。春節と被ってお目当ての店は全く開いていなかったが、大好きな音楽を聴きながらひたすら路地裏を散歩するだけで充分だった。もちろん、台北を何度も聴いた。2月の台北の心地よさは、シャムキャッツの音楽のようにわたしに寄り添っていた。そして、わたしは落日飛車がカバーしたTravel Agencyも聴きながら台湾大学の周りのスーパーで買い物し、いつかこっちの音楽好き大学生とも仲良くなれたらいいな、と夢を膨らませた。おしゃれで小さいカフェとかに行ったらいい出会いがあるのかも、と思ったが、なんせ春節。そういう店は大体閉まっている。すぐに諦めた。その頃には台北の歌詞はわたしの中にほとんど溶け込んでいた。しかし、道端に並ぶバイクやファミマのおにぎりにすら愛くるしさを感じていたわたしには、台北は退屈な場所だとはとても思えなかった。

台北は「すごく退屈」なのか。それは、そのあとの歌詞にあるように「住んでみればわかる」ことだ。後から知ったことだが、これは夏目さんが台北の子に実際に言われた言葉らしい。ならば、おそらくわたしには一生分からない感覚なのだ。台北に行くたびに感じる新鮮さと驚きは幸せな反応だが、それでも「退屈」という感情をこんなに羨ましく思うことは後にも先にもないだろう。

シャムキャッツの解散は、とてもとても悲しい。シャムキャッツは、わたしの旅のパートナーだった。それ以外の場所でも大きな転機をくれたバンドだった。ただ、解散するからと言ってわたしが旅行中にTravel Agencyを聴くことをやめるわけではないし、台北にも何度だって行って、曲の奥底まで噛みしめたい。もし台北の退屈さに気づいても、聴き続けたい。それから、バスを待つときはGIRL AT THE BUS STOPのGIRLになりきるし、洗濯物とりこまなくちゃ、と歌いながら空を見る。大切な人にはこのままがいいねと伝え、SWEET DREAMSを一緒に聴いて微睡もう。そして、31歳になったら31 bluesを歌う。

明日風がふいたら、わたしたちはどこへ行こうか。





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