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従業員への株式給付に関する論文メモ:no3 ~Gamble(2000)

株式所有構造と経営者のリスクテイクについて

今回はGamble(2000)の論文「Management commitment to innovation and esop stock concentration」(Journal of Business Venturing)の紹介です。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0883902699000373

この論文は従業員による株式所有率が支配的になる状況がイノベーションに関する経営者の意思決定にどのような影響を与えるかを検証しています。

これまでの研究でも、株式所有構造と企業のリスクテイクの関係は注目されてきました。代表的な研究であるHill & Snell(1988)は、株式の集中度が高まるほどR&D intensityが高まることを明らかにしています。R&D intensityはイノベーションの代理変数として、よく使用されます。この結果は、支配株主が存在する場合に、彼らがよりリスクの高いリターン戦略を追求するように経営陣に影響を与える可能性があることを示唆するものです。

他にもHansen & Hill(1992)は機関投資家の持株比率が支配的になる企業ほど、研究開発関連の支出が高まることを明らかにしています。

従業員の株式所有制度(ESOP)導入は経営者をよりリスク回避的にする?

Gamble(2000)の結果によると、ESOPの導入後にESOPの株式集中度が高いほどR&D intensityが低下することがわかりました。企業規模と収益性の変化をコントロールした場合に、ESOPの株式集中度と業界調整後R&D intensityの変化の間に有意な負の相関関係が存在したのです。

Gamble(2000)は、この結果を「ESOP実施後にESOPによる株式集中度の高い企業の経営陣がイノベーションへの取り組みに関してよりリスク回避的になった」と解釈しています。

こうした結果が得られる背景には、ESOP導入がコーポレートガバナンスに与える負の部分、すなわちダークサイドが存在することが挙げられます。

「ESOP導入とコーポレートガバナンスのダークサイド」については、以前紹介した記事も参考にしてください。

従業員による株式所有がコーポレートガバナンスに悪影響を与えるとされる理由の1つが「経営者のエントレンチメント」が進む可能性があるからです。「経営者のエントレンチメント」とは、経営者に対する規律付けが何らかの理由で低下することで、経営者の現在の地位がより確かなものになる、すなわち経営者がクビになる可能性が低くなる状態のことを指します。行政が悪い状況にある企業において、経営者のエントレンチメントが進む状況は株主にとって望ましいものではないでしょう。

Gordon & Pound(1990)は、経営者がインサイダーの持株比率を高める道具(買収防衛策と似ている)として大規模なESOPを導入することを指摘しています。彼らは、ESOPが経営陣によって一方的に実施され、ESOPに基づく株式は現職の管理職および非管理職の従業員のみが保有し、ESOP受託者は経営陣によって任命されることが多いため、経営陣の意思決定を監視する効果は、他の大規模な投資家のそれよりも低いと主張しています。

ESOPが買収防衛策として採用された場合には、株式市場はESOP導入を経営陣の地位強化策とみなし、ネガティブな評価をすることを示す研究もあります。Chang(1990)やDhillon & Ramirez(1994)などです。

Park & Song(1995)は、経営者が自身の既存の地位を強固にすることをESOP導入の動機とする状況で、当該企業に大規模な外部株主が存在する場合には、ESOPのダークサイドの部分がなくなり、むしろESOPがコーポレートガバナンスに良い影響を与える(生産性や将来の企業パフォーマンスの向上につながる;相互監視により不正の可能性が減るなど)と株式市場が好意的に評価することを示しています。

このように、従業員による株式所有と経営者のリスクテイクの関係についても興味深い研究課題と言えるでしょう。

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