従業員への株式給付に関する論文メモ:no2 ~Wu et al.(2023)
従業員への株式給付は, 財務的不正(financial fraud)を減らすか?
今回は, 2023年のJournal of Business Researchに掲載されたWu et al.の論文レビューです。
Wu et al.(2023)は, 中国企業を対象にして, 従業員への株式給付制度(ESOP)の段階的な導入が財務的不正を減らすかどうかを検証しています。
結果を先取りすると, ESOP導入は, 財務的不正を大幅に減少させるようです。この結果の要因として, 著者らは, ESOP導入が経営陣の機会主義的行動を抑制する内部および外部のガバナンスの強化を促すことを挙げています。
中国企業の財務的不正
Wu et al.(2023)に書かれている情報から, 中国企業の財務的不正の事例を整理してみます。
Cole et al.(2021)によれば, 2011年に米国で株式公開した20社以上の中国企業が米国証券取引委員会(SEC)から取引停止処分を受けたようです。最近では, Luckin Coffeeによる利益操作が問題となり, SECから8,000万ドルの罰金を科されました。
GDP平均年間成長率10%という驚異的な経済成長を遂げているにもかかわらず, 上場企業は監査の失敗, 不十分なコーポレートガバナンス, 財務的スキャンダルなどの課題に直面しています(Wong, 2016)。
Wu et al.(2023)は, こうした財務的不正が横行しがちな中国企業を対象に, ESOPが財務的不正を果たして未然に防ぐ役割を果たすかどうかを検証する研究です。
財務的不正を防ぐための内部・外部のガバナンス
〇外部ガバナンスのメカニズム(先行研究の証拠)
政府監督・メディアおよび産業規制・機関投資家・外部監査人
〇内部ガバナンスのメカニズム(先行研究の証拠)
経営陣の特徴・インセンティブ制度・取締役会の構成
従業員への株式給付は, 上記の双方のガバナンスの質的向上を導く要因となり得ます。
Boatright(2004)が指摘するように, 従業員は通常, 企業に関する独自の情報を入手し, 業界知識を得ています。これにより, 内部ガバナンスが強化される可能性があります。また, 従業員が株式を保有することで, 従業員自身も株主となり, 経営陣を監視する可能性が高まるかもしれません。
こうした観点から, Wu et al.(2023)は, 従業員への株式給付が内部・外部のガバナンスを強化することを通じて, 財務的不正の可能性を減らすことを仮説として定立し, それを支持する証拠を得たのです。
ESOPのダークサイド
ESOP導入が企業の生産性・将来業績を高めることは多くの先行研究でも明らかにされていますが, 一方でESOPのダークサイドも指摘されています。
それは, 従業員個人の「フリーライダー問題」が助長される懸念がある点です。フリーライダー問題は, 企業業績の低下につながり, 従業員の怠慢を助長する可能性があります(Holmstrom, 1982; Meng et al., 2011; Kim & Ouimet, 2014)。「個人の努力と報酬のつながりが弱いことから, グループベースの報酬制度のインセンティブ効果を制限する可能性があります」(Blasi et al., 1996, p. 61)。こうした点から, 従業員が従業員同士, ひいては経営陣を適切に監視するインセンティブがどこまで存在するかは, まだわからないところです。
ESOP導入が従業員の行動に与える影響に関する証拠の蓄積が必要とされています。