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会計学におけるイベント・スタディの先駆的研究~Ball and Brown(1968)&Beaver(1968)
イベント・スタディ研究の先駆者
最近, 諸事情により会計学の研究領域のイベント・スタディ研究をレビューしています。イベント・スタディ(Event Study)とは、投資家の意思決定に影響を及ぼすと考えられる何らかのイベントに注目し、その周辺における株価変化や出来高変化を分析する手法です。
会計学の領域では、決算発表や会計基準の公表などをイベントに設定することが多いです。
当該テーマで真っ先に思い浮かぶのは、Ball and Brown(1968)とBeaver(1968)です。両研究とも会計学の研究領域に重要な貢献をしたとして、高い評価を受けています。今回は、両研究をメモ程度に簡潔にレビューしたいと思います。
イベント・スタディの基本的な流れ
イベント・スタディの基本的な流れは以下の通りです。
①イベントの特定
研究対象となるイベントを決めます。Ball and Brown(1968)やBeaver(1968)が注目したのは年次決算において利益数値が公表される点です。
②イベント期間の設定
イベントの影響が現れると考えられる期間(例:発表前後の数日間)を決定します。
③期待リターンの推定
代表的な推定方法には、市場リターン控除法や市場モデルが挙げられます。イベントがなかった場合の株価リターンを推定します。
④異常リターンの算定
個別企業の実際のリターンと期待リターンの差分を計算することで、異常リターンを算定します。
⑤統計的検定
最後に、異常リターンが統計的に有意かどうかを検証する。多くは異常リターンがゼロと有意に異なるかをt検定で判定します。
Kothari(2001)の評価
Kothari(2001)は2000年頃までの会計学における資本市場研究をレビューした重要な研究です。同研究では「Ball and Brown (1968) および Beaver (1968) は現在知られている形の実証的な資本市場研究の先駆けとなった」と両研究を評価しています。
Ball and Brown(1968)
同研究の対象企業は1946年~1966年の160社(ニューヨーク証券取引所 (NYSE) 上場企業)です。
著者たちの研究アイデアは、異常リターンを「good newsグループ」と「bad newsグループ」の2つに分けて分析する、というものでした。
(1) 予想利益と実際の利益を比較
企業が年次決算で公表した会計利益を「期待利益(Expected Earnings)」と比較し、次の2つのカテゴリに分類しました。なお、期待利益とはランダムウォークを仮定した前年度の実績利益です(他の方法も用いられています)。
★good newsグループ:発表された会計利益が前年より増加した企業群
★bad newsグループ:発表された会計利益が前年より減少した企業群
主要な発見(結果)
(1) 株価は利益発表の「前」にすでに動いている
利益発表の前から株価はすでに上昇(または下落)していることが明らかとなりました。すなわち、市場はすでに予想利益をある程度織り込んでいたということです。これは効率的市場仮説 (EMH) を支持するものです。
(2) 発表時点でも市場は反応する
発表日直後にも小さいながら異常リターンが観察されました。これは、すべての情報が事前に反映されているわけではないことを示唆します。
(3) 株価の変動は利益情報と関係する
good newsグループでは株価が上昇する一方、bad newsグループでは株価が下落しました。会計利益は投資家にとって有用な情報であると考えられるのです。
Beaver(1968)
Beaver(1968)の研究の目的は企業の年次利益発表(Annual Earnings Announcements)が投資家にとって有益な情報を提供するかどうかを明らかにすることです。Ball and Brown(1968)の研究目的と似ています。分析の対象企業は1961年から1965年までの143社です(米国の上場企業)。
Ball and Brown(1968)と異なるのは、Beaverが株式市場の反応を株価変動と出来高変化の2つの側面から分析した点です。前者は株価変動(absolute price changes) を測定し、利益発表前後でどのように変化するかを観察するものです。仮に利益発表が市場に新しい情報をもたらすのであれば、発表直後に価格の大きな変動が観察されるはずです。
後者の出来高変化は、取引量(出来高)を標準化(標準偏差を使って正規化)し、発表前後の取引量を比較する方法です。仮に年次決算で公表される情報が重要であれば、利益発表後に出来高が顕著に増加すると考えられます。
Beaverは利益発表のない通常の週と比較して、利益発表がある週にどれだけ価格変動や出来高が増加するかを検証したのです。
主要な発見(結果)
株価変動よりも出来高変動の方が顕著である
株価変動も一定の反応を示しましたが、それよりも取引量の急増がより顕著に見られました。これは、投資家がそれぞれ異なる期待を有しており、利益が公表された段階で期待を修正すべく売買の動きが激しくなることを示唆しています。年次利益発表は投資家の取引行動に強い影響を与えていると考えられるのです。
このように株価変動だけでなく、出来高変化の重要性を指摘したのはBeaver(1968)の重要な貢献です。
Beaver以降の研究では、利益発表に加え、利益のサプライズ(予想との乖離) に注目した分析などが進められました。
Ball and Brown(1968)とBeaver(1968)は会計情報の情報効果を経験的に明らかにすることで、会計学における資本市場研究の基礎を築きました。両研究は今日の財務報告や会計情報の研究においても非常に重要な位置を占めています。