見出し画像

東京 ➀

私の、歌手への夢は、中学に入っても続いていたんです! 笑

中学3年生…

芸能プロダクションの事は、当時の中学生の私には、わからない事が多く、今の様に、調べれば、色々な情報が出てくる時代ではなく、何処の事務所が良いかなんて、余りわかりませんでした。

オーディションの情報誌、『デビュー』と言う雑誌があり、そこには、沢山のオーディションが、掲載されていています。

その中の1つに、応募してみたんです。

私が応募した、オーディションには、女優、俳優、歌手、モデル部門に分かれて、それぞれを募集していました。

私は、歌手部門に応募し、まずは、書類審査の結果を待ちました…

書類審査通過の手紙が到着。

そこには、合格! **2次審査に、必ず、来て欲しい**との手紙が同封されていました。

2次審査は、
東京 確か、中野サンプラザホール? だったかと思います。 
札幌から、東京へ、日帰りの予定で、母と向かい、

当日、その中から、又、番号が発表され、絞られるのですが…
私の番号は、呼ばれる事は、無く…

落ちた…。

日帰りの予定でしたので、札幌へと戻りました

それが…

手違いがあったらしく…

『札幌から来てる子、飛行機の時間があるから、先に呼んで』

『社長… 落としてますよ…』

そんなやりとりがあった事は知らずに、私は、落ちたと思い、帰ってしまったんです。

のちに、社長が、自ら札幌に来る事になり、
事務所は、大手では、ありませんが、今回のオーディションに、力を入れていて、育てて行きながら、デビューさせたいと、預けてくれないかと、両親に話し、私は、高校から、東京に、上京することが決まったんです。

両親は、とても喜んでいました。
応援してくれていました。

家庭教師を、2人つけられ、受験勉強の始まりでした。

堀越学園と、名前は、忘れましたが、女子校の2つを受験する事が決まっていました。

そして、受験と、宣材撮影の為、私は1人で、東京に数日、向かうことになりました。

私が、上京した際に住む家も、用意されていて、綺麗ですが、黒っぽい家具で、全て揃えてあり自分の趣味では無い物ばかりで、違和感しか無かったのを覚えています。


何だか、猛スピードで、進んで行く現実に、ちょと不安を感じていました。不安は、とんでもない展開への幕開けでした…



        続きは、明日にします
            どいちゃんでした♡              




#夢 #東京 #受験 #新しい未来 #不安 #オーディション #可能性 #芸能人

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?