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「綺麗に揃うこと=魅力じゃない」。知的障がい者に教えるダンスレッスンとは
前回に引き続き、対談企画第2弾!
今回は、ダンストレーニング講師として毎週海邦福祉会に訪れる久田 恵梨香(えりか)さん。
元はアクターズスクールのインストラクターとして活躍していた久田さんは今、ダウン症の方専門のダンススクール「カナデノウツ」を経営しており、海邦福祉会には1年前からダンスを教えに来ているそう。
「70代のおじいちゃんもノリノリで令和の歌を踊る」「下手って何だろう?」など、今回も固定概念が揺らぐお話が盛りだくさん!ぜひご一読ください。
<取材執筆:三好優実>
圧倒的に自由なダンスに感動し、ダウン症専門のインストラクターへ。
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ー久田さんはダウン症の方にダンスを教えているとのことですが、どうしてダウン症の方にダンスを教えようと思ったのでしょうか。
久田さん:私はもともと、沖縄アクターズスクールでインストラクターをやっていたんです。ある日、仕事の一環として、ダウン症の子にダンスを教えることになりました。初めてダウン症の子たちの踊りを見た瞬間、私、大泣きしたんですよ。それまであった価値観が大きく崩れたんです。
ーどんな風に崩れたんですか?
久田さん:これまではダンスや歌に点数がつけられて、選ばれる子と選ばれない子がいるっていう世界が私にとって「当たり前」でした。だけどダウン症の子たちのダンスは、音が外れても形がバラバラでも、みんなが自由に踊ってて、それがすごく楽しそうなんです。あれ?って思いました。「下手ってなんだろう」って。
ー「下手ってなんだろう」ですか。
久田さん:はい。どうして私は「音を外さないこと」を教えてるんだろう。音が外れない私たちと、音が外れまくってる彼らと、お客さんが見たらどっちが魅力的に見えるだろうって思ったんです。私は断然、後者に惹かれた。今でも鮮明に覚えています。小さい子たちが、ぴょんぴょん跳ねたりぐるぐる回ったりして、全然揃ってない(笑)。なのに引き込まれるんです。それから20年経った今も、その魅力から抜けられません。
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ー素敵ですね!海邦福祉会にはどんな経緯でレッスンに来るようになったんですか?
隆生さん:久田さんとの出会いは、恵さんの友人で、アクターズ時代の同僚の方からの紹介でした。その時にカナデノウツの子供たちのダンスレッスンを見に行く機会があったんです。それがとても良かったんですよ。自由に体を使わせてるのがいいなと思った。ステージも自由でおもしろかったから、沖縄に拠点を移すタイミングでぜひ外部講師としてうちにレッスンに来て欲しいとお願いして、ちょうど1年が経ちました。
初回からノリノリ!年齢問わず音楽に乗れる利用者さんたち
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ーダンスレッスンを見ていて、皆さんしっかり踊れていることにビックリしました。最初から皆さん、こんなに踊ってたんでしょうか。
久田さん:毎週1時間レッスンをやるんですけど、はじめての時も1時間、踊りっぱなしでした。皆さん音楽が大好きで、曲のリクエストを募ったら全然終わらなくなっちゃいましたね(笑)。
隆生さん:みんなノリがいいんだよね(笑)。
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ー年齢がバラバラなのに、皆さん楽しそうで素敵だなって思いました。
久田さん:そうなんですよ。最初は皆さんが満遍なく楽しめるように、リクエストを聞いたりエイサーをかけていたんです。だけどそれだと知っている人と知らない人にムラが出てしまって。一度、試しにイマドキの曲に全振りしてみたんです。tiktokでバズってる曲なら、ご家族と会う時、話のネタになるかもしれないと思って。そしたら令和の歌も、皆さんノリノリで踊ってくれたんですよ(笑)。
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隆生さん:年配の方も普通にアップテンポの曲に乗っていくし、予想以上にみんなが最近の曲を知ってて、僕もびっくりしました(笑)。なんだろうね、先入観がないのかもしれない。年配の方は慣れ親しんだ歌とか、演歌や歌謡曲とか、そういう固定概念がない。
ーたしかに、世代ごとの歌の好みって先入観がなすものかもしれないですよね。教える時、意識してることはありますか?
久田さん:なんだろう。あんまりキチッとしないことですかね。ダンスって、「右と左が逆ですよ」みたいに細かいことを教えがちだけど、綺麗に揃うこと=魅力じゃない。だから「行くぞ」って誰かが言ったら、自然と「おー」って言えるテンションを守りたいなと思ってます。ちゃんとしてよ、ってしない。
隆生さん:本当に皆さん自由で楽しそうですよ。休憩中も「あれかけて」「これかけて」が止まらない(笑)。今年、発表の場として「YOU・Iフェスティバルin沖縄(福祉イベント)」に参加したんだけど、初回から「これならエントリーできるな」って確信したんです。
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ーはじめての発表の場だったんですね!
隆生さん:そう、はじめて。一般の人だと、NAHAマラソンに出るとか草野球チームに入るとか、達成感を味わう機会を自分で作ることができるけど、彼らはその機会を自分で作ることができません。だから達成感を得る機会を作りたかったし、得られなかったとしても、1年間の彩りのひとつになればいいなと思うんです。その経験によって、新しい感覚が芽生えるかもしれないしね。来年も出たいとか、もっとこういうことしたいとか。そんな風に、人生の愉しみが広がって欲しい。経験を増やすことで、本人たちの愉しみの種類が増えていくことが一番大事なんです。
目指すのは「“愉しむ”を当たり前の世界」
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ー1年間ダンスレッスンをして、発表会がひとつの区切りになったと思いますが、次にやりたいことってありますか?
隆生さん:実は今年の8月に、法人の理念を変えたんです。これまでの「笑顔と心ある場所づくりを共に」から、「愉しむを当たり前の世界に」にしました。漢字は「楽しむ」じゃなくて「愉しむ」。 僕にとって「楽しむ」は、外部刺激的なものなんですよね。映画を観るとか音楽を聞くことで得る受動的なもの。一方で「愉しむ」はもっと、湧き上がってくるものです。たとえばダンスは外部刺激だけど、もっと出たいって思うのは内から湧き出てくるものだと思うんですよ。ダンスに限らずですが、湧き出る「愉しい」をもっと増やしていければと思ってます。
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久田さん:私が勝手に考えている次のステップは、皆さんの体が動く範囲を増やすことです。ダンスは自分の体を知る機会にもなると思うんですよ。ここ動かしづらいなとか、意外と体硬いんだなとか。そういう動きって日常で避けがちだけど、「ダンスするために頑張って動かしてみる」に繋がって欲しい、というのは勝手にたくらんでます。たとえばパプリカの最後、しゃがむシーンがあるんですけど、今のところ誰もやらないんですよ(笑)。みんな、しゃがむのが苦手なんでしょうね。それもいつか、やってみてくれたらいいなって思います。
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取材を終えた後、久田さんと一緒に駐車場へ向かっていると、利用者さんたちが続々と久田さんに話しかけに集まってきました。
「次はいつくるの?」「今日これ食べた」など、話しかけたくてたまらない様子。そのひとつひとつに笑顔で返す久田さんは、ダンスだけじゃなく彼らとのコミュニケーションも面白がっているように見えました。そんな人が集まってくるのが海邦福祉会なんだなぁとしみじみ思い、「愉しむを当たり前の世界に」という理念を頭の中で反芻し、車を走らせました。
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