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難解だなんて嘘!5分でわかる『アンダー・ザ・シルバーレイク』
ズルいかなとは思ったのですが、正直に白状すると、『アンダー・ザ・シルバーレイク』は5分でわかるというような類の映画ではありません。
あえて言うなら、この映画を捉えるために必要な時間はぴったり140分です。
でも、この映画を楽しむための肝を「5分でわかる」というタイトルに込めたつもりですので、その意味を考えながら読んで頂けますと幸いでございます。
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《騙し絵を、動かした。》
動く騙し絵のような映画でした。
人が何百年、何千年と追い求めてやまない物語=フィクションの欺瞞を暴くという荒業をやってのけている大傑作が『アンダー・ザ・シルバーレイク』です。
シンプルに点在する出来事を追っていく男が、それらの意味を探りながらローリングしていく、極めて映像的な騙し絵が成立していました。
《錯覚と辻褄》
錯覚だ、これは錯覚なんだとわかっていても...不思議なもので辻褄合わせをしたくなる。人間の性なのでしょう。
みんな陰謀論や都市伝説が大好きなのは、人間が辻褄に対して強欲だからです。
生きることは、不満や不安にかられることの連続です。そのため、悩みを解決するために、目の前にある物事を整理して捉えて、解決策を見出そうとしますが、人間が認識する「わかる」とは、「ルールや物語の発見」です。
優れた物語は、仮説でありながらも包括できる範囲が広いため、ある視点においては本当らしさを獲得しているものです。そしてそれを得ることで物事が「わかる」ことによる「救い」を人は欲望してしまいます。日々、わかりたい!と思っています。
フィクションに限らず、ベストセラーになる書籍のほとんどは、新しい視点で「言い得て妙な」物語、仮説、ロジックを打ち立てている本です。(「これからの未来を捉えるための〇〇のルール」みたいな本とかね。)
本当らしさによって救われた気分になることは、三大欲求とはまた違う知的な快楽を得られますが、それが「ある視点」においてのみ有効だということを知っておくこともまた、人間が培った方が良い力なのだろうと思います。10年前にノーベル賞が与えられたロジックも、条件が変われば「錯覚だったよね」となり得るんです。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、人間の飽くなき探究心の対象になる「意味」「フィクション」「物語」「仮説」「ルール」「意味」「ロジック」「辻褄」などによる「錯覚」を描きます。
《組み立てられるエピソード》
・サラの部屋で見つかる図形が、何か意味を持つ記号に違いないと思うこと
・何度も出てくる「イエス」が象徴する宗教そのもの
・俺たちは失敗した人生を生きてるのかもしれないという不安にかられる夜
・アンドリュー・ガーフィルドがスパイダーマンのコミックを手に取り、それをぶん投げることで発生する笑い
繰り返し繰り返し、錯覚と辻褄にまつわるエピソードで組み立てられています。
一見、女を目で追うだけの主人公のサムの欲望も、ご多分に洩れず、そこら中にある事象に意味付けをして、フィクションをロジカルに手繰り寄せていくことに向かい、どこかに答えが落ちているはずだという妄信に取り憑かれます。
映画の後半、主人公はある大邸宅で「偽物の答え合わせ」に一旦は辿り着きますが、このシーンは作品の中で最大級のカタルシスを発生させます。
ここでは、因果関係を掴んだ気になるもんだから、観ている側も「わかる」の片鱗に高揚するのでしょう。
しかし実際にはそこにはサムが求めていた解答は存在しなかったため、惨劇が起こるわけです。暴力によって「正解らしきもの」をなかったことにする強欲さもまた、人間の性なのかもしれません。
映画を最後まで観終えてなお、回答を得られないまま残された謎や伏線に消化不良な気分になる人も多いのだと思います。それは、映画の中には納得できるロジックが必ず用意されているのだという思い込みから来る錯覚なので、本当は面白い映画だったんじゃないかと思える断片を反芻してみてはいかがでしょうか。
《この映画は、「わかる」に惹かれるすべての人に向けて仕掛けられた逆襲のトリックアート》
印象的だったのは横で観ていた10代と思われる若い女性が観終わった後に、一緒に来ていた友人に「音楽が合ってなかったよね」と言い放っていたこと。この映画に対して、この感想ははっきり言って正解の言葉だと思ったのでした。
おそらく、この映画の感想としての最適解は上記のような「音楽合ってなかったよね」とか「全然意味わからないけど、主人公の走り方が面白かったよね」とかなのであって「下着モデルの女が実はフクロウの女なのかな」とか「冒頭にあったバーティゴショットにヒッチコック愛を感じるよね」とかではないのだろうと思います。
あなたはここまできても、「あの犬殺しは、主人公とどういう関係性があるのか」なんて考えようとしていませんか?
意味がわからなくてつまらないと思うか、最高の映画だと思うかの分かれ道は「フィクションに対しての疑い」があるかないかなのかもしれません。
「わかる」に惹かれるすべての人に向けた逆襲のトリックアートなので、ポカンとしてしまう人が多いと思います。単純にみんな観て!と本心では言いたいところではありますが、この映画を心底楽しめる層は、思いの外狭いのかもしれません。
とはいえ、観て楽しめそうな人はたくさんいるはず(それくらい突出してすごい映画)なので、例えば・・・
『マルホランド・ドライブ』
『マップ・トゥ・ザ・スターズ』
『インヒアレント・ヴァイス』
『ネオン・デーモン』
この辺りが好きな方は是非観てほしいですね。
と、レコメンドして終わります。
ここまでちょうど5分くらいでしょうか。最後まで読んでいただきありがとうございました。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』(Under the Silver Lake)は、2018年公開のアメリカ合衆国のコメディ映画。監督はホラー映画『イット・フォローズ』で注目を浴びたデヴィッド・ロバート・ミッチェル。主演はアンドリュー・ガーフィールド。共演はライリー・キーオ、トファー・グレイスら。本作は第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されている。
【あらすじ】舞台はロサンゼルス。いい年になりながら人生に目的を見いだせない33歳のサムは、隣人の美しい女性サラに恋をする。空虚な日々を送っていたサムの日常は一変したように見えたが、ある日突然、サラが失踪する。サラを諦めきれないサムは、ロサンゼルスを調査し探し回るが、やがて、億万長者やセレブが絡む陰謀に巻き込まれていく。
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