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人生は「負け」で開ける

人間、生まれた瞬間は可能性100%。

時間の経過とともに99…98…97…刻一刻と可能性は減っていき、生命が終わる時には0%になる。

私の人生認識はそんな感じ。

今日が人生で一番若い日であり、こうしてnoteを書いている瞬間も、私の可能性は0%に向かっている。

子供の頃の夢が「野球選手」だとして、やっぱり諦めきれないから今から再挑戦だと息巻いたところで、アラフィフおじさんでは可能性0%。

10代~20代~30代…年を重ねるに連れて、物理的な可能性は0%に近づいていく。

これは自然なことで、誰も抗えない。

40代半ばに差しかかり、体力が落ち、白髪が増え、外見はおじさんになり…しみじみ老化を体験している。

ただ、私は何一つとして悲観はしていない。

何故なら「負け続ける」ことが、幸せな人生だと考えているから。

人生は「負け」から始まる

少し昔話を。

私は小学校時代、町内のソフトボールチームに所属していた。

父が中学高校と野球部で、野球経験者の父に教わっていたので、同級生や近い世代の中では上手いほうだった。

小学校5年生になり、地域の少年野球チームに入った。

そこには上手い同級生が何人もいて、私の守備位置はレフト、打順は6番だった。

この時点で野球でのし上がるのは無理だと思い、小学校卒業とともに野球をやめた。

中学時代はバドミントン部に入った。

陸上、バスケなどの華形スポーツ部には、運動神経抜群のヒエラルキー高めの同級生がこぞって入部したので、私でも何とか出来そうなバドミントンを選んだ。

結果、横浜市大会ベスト8、神奈川県大会出場という成績を残すことができて、成功体験は得られたものの、運動神経の差という埋められない差を痛感し、スポーツでどうにかなるのは無理だと痛感した。

仮に運動神経に恵まれていたとしても、そこまでの精神力、忍耐力は無かった。

高校受験も、一応地域の進学校へ合格したものの、その上の高校へ入学した人たちには、どんなに努力しても敵わないと感じた。

高校入学して軽音楽部に入部し、努力しまくって、校内で一番ベースギターが上手くなった。

文化祭ステージも大盛況だった。

「俺は音楽で生きていくんだ!!」

ようやく人生の目標ができたと思ったら、高校を出たら、世の中には自分よりベースギターが上手い人が星の数ほどいることを知った。

同級生にも、歳下にも大勢いた。

技術もさることながら、練習や努力ではどうにもならない「センス」という壁にぶち当たった。

音楽ではどうにもならないと感じて、31歳で音楽をやめた(音楽に関しては可能性の無さというより、情熱が冷めたことが理由だが)

22歳で大学卒業して、新卒で営業職に就いた。

アルバイト時代に接客業をしていて、コミュニケーション能力は人より高いと思っていたが、その自信は秒でへし折られた。

それどころか、自分のスペックは「ポンコツ」であることが分かり、自己肯定感は地に堕ちた。

堕ちに堕ちたが、そこから這いずり回って、何とか少しだけ結果は残せたものの、営業の素質がゼロという事実は変わらず、2年で営業職を辞めた。

その後、医療福祉の仕事に就いた。

福祉という言葉のクリーンなイメージとは正反対の、古き悪しき慣習が渦巻いていて、人間関係は混沌としていた。

ただ、営業よりは適性があるようで、仕事ぶりは少しずつ評価されていった。

ある時期から「俺が出世して変えたい」と思うようになり、色々勉強したり、頭の中でイメージしたりしていた。

そして、肩書をもらった。

モチベーションは最高潮になり、日々仕事に奔走したが、すぐに中間管理職としての能力の無さを痛感した。

私は根本的に他人に興味がなく、自分のことで精一杯なので、他人や組織をマネジメントする能力が全く無かった。

加えて「出世したい!」と漠然と思っていたものの、自分がリーダーになったらどんな組織を作りたい等のキャリアイメージが全くなかった。

他人と同列では自分の存在承認ができず、自分が何者かを証明したい…

ただ、それだけだった。

適性が無い、モチベーションも無い、キャリアイメージも無い、ただ忙殺されるだけの毎日…

当然、病んだ。

病んでパフォーマンスはさらに最悪になり、いつも頭がパニックだった。

酒に走った。
経験のない体調不良に陥った。

上司と面談の末、役職を降ろして貰った。

降りたいというのは私の意思だったが、事実上は「降格」で、管理能力が無いという事実が自他ともに確定した。

40代半ばになり、私は今、いわゆる平社員として、医療福祉の現場で働いている。

とある本に、人間は44歳、60歳で体力・精神力がガクンと落ち、メンタルも不安定になると書いてあった。

今まさにそれで、体力・精神力がガクンと落ち、1年前には想像できなかった状態に「衰え」ている。

というのが、今の私の現状。

負け続けてこそ「今」がある。

ここまで読んできて、どう感じたかな?
「負け組」「逃げ組」の人生だと思われたかな?

事実、その通りだ。

相対的に見たら、負け組、逃げ組なのかも知れない。

ただ、私は今が人生で一番『前向き』で、豊かで幸せだと感じている。

負け惜しみに聞こえるかも知れないが、素直な気持ちだ。

人生は、チャレンジして、挫折して、それでも壁に向かっていって、ぶち当たって、返り討ちに遭って、諦めて…

これを繰り返すことで、ようやく自分が見えてくる。

有名発明家の名言ではないが『失敗する道を知った』ことで、人生の三叉路、五叉路で迷うことなく、正しい道に進むことができるようになった。

この経験は生命尽きるまで続くので、私は日々幸せになり続けていく。

人生は「負け」から開ける。

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