女装潜入捜査。

設楽のバイクに揺られ病院で治療を受けること約1時間ちょい、医師から一晩入院する事を強く勧められる中、俺は強引にそれを断り外に出た。
病院の玄関外には紫陽花と碧林が立ち、俺を出迎えてくれ身を案じてくれたが、俺には怪我を負った事より時透を取り逃がしてしまった事への悔しさの方が勝っていた。
紫陽花は設楽や嫉子、同じエルペタス仲間であったサイという男の力を借りて時透の行方を追っているらしい。

俺はイラついた感情を落ち着かせるべく、電子タバコを咥え頭を冷やしながら色々考える。
恐らく時透はもうアジトへ姿を見せる事は無いだろう・・・今まで以上に慎重な行動を取り、目立つ場所に現れる可能性も低い。
もしかしたら宮沢や岸辺に匿われ、外に出る事も限られるかもしれない・・・時透を見つけ出す為のここまでの道のりも決して楽な作業だったとは言い難い。
なら、これからどう策を練るべきか・・・また別の冥主の幹部を見つけ出し、シメ上げて情報を聞き出すか?
いや、そもそも今は幹部各とも直接の連絡を取っているかも怪しい。
戒炎時代、我妻ちゃんのブレインとして色々策を立てる事は多々あり、頭を使う事は苦手では無いが、今はこれといって閃かない。

そんな俺に気を遣ったのか、紫陽花は他愛も無い世間話を持ち出し場を和ませ、碧林は夕食が余ったからと言って、おにぎりを差し出して来た。
ラベルには、“ただの肉”と書かれている・・・コイツも城ヶ崎のおにぎりにハマり、常連になったクチか。
俺は渡されたおにぎりを食べ、今日の所は帰宅してゆっくりする事にした。

翌日の日曜日は、あいにくのRainであったが休日らしい1日を過ごす事ができ、あれこれ考え過ぎて余計な疲れを溜めないよう、敢えて好きな事をして時間を潰した。

更に翌日の月曜日、地上では敬老の日であり祝日であるが、こちらの世界では敬労の日という祝日であるらしい。
同じ祝日でも、やはり微妙に違うんだねぇ。
この日も朝から雨模様であったが、俺は何故か今日で問題が解決する・・・そんな根拠なき自信のような気持ちになっていた。
特に何か特別な行動を起こす訳でもなく、努めて普通の日常Lifeを過ごしていたが夕方が近くなった時、紫陽花からTelが入り呼び出された。

急いで紫陽花の家に行くと、もう一人見知らぬ女が上がっていた・・・簡単に紹介された所、どうやらメイクアップアーティストという職業の女性であり、この街ではミュージシャンやアイドルなどのメイクも手掛ける折り紙付きの腕前だとか・・・
俺はどう返していいかも分からず、適当に相槌を打っていたが、唐突に紫陽花は口を開いた。

『今夜、この街の外れにある誤爆地区で政治家や著名人を集めたパーティーがあるの・・・主催者はあの有名な保守派代議士でもあった秋月義一。
招待されてる人達はみんな彼の支持者でもある政治家達で、私の読みが正しければ同じ極右思想を持つ宮沢や佐郷といった人間も現れると思うの。』

なかなかの情報をGet出来るなんてやっぱ紫陽花の情報収集力はバリューあるねぇ。
俺はすぐに彼女の話を聞いて潜入するんだなと悟るが、次に語った言葉に俺は耳を疑った。
『実はそのパーティーには12人のコンパニオンが派遣される予定なんだけど急遽、2人がインフルエンザにかかって参加出来なくなったの。
それでね、私と麻生君の2人が代打のコンパニオンとして潜入する事にしたのよ。』

え~っとコンパニオンってのは女がやるものだよな?・・・男のコンパニオンなんてあるのかねぇ?
理解が追い付かずにキョトンとしていると、紫陽花は嬉々として続けた。
『代打のコンパニオンで2人のうち、1人は私が出る事で決まったんだけど、残り1人がどうしても見つからなくてね。
それで麻生君の写真を彼女に見せたら、フルメイクを施せばバッチリ美女に大変身すると言ってたわ。
だからね、今夜麻生君にはセイラって名前のコンパニオンとして参加して貰うわ。』

一瞬頭が真っ白になり、放心状態となり思考も停止する。
いや、どっかの組には女装ヒットマンなる者がいるらしいけど、流石に俺に女装なんて無理っしょ。
身体は細身な方だけど、そもそも身長だって女装するにはデカ過ぎるし、こう見えて筋肉質でもあるんだな。
そもそもセイラって何だよ?
そんな俺の想いをエスパーの如く読んだのか紫陽花の言葉は止まらない。

『大丈夫よ、今夜のコンパニオンはモデル上がりの長身の女性もたくさんいるし、体格もそのぐらいの細さなら普通に女性でもいるレベルだしね。
メイクなら彼女に任せてね!、あと髪はウィッグをかぶってもらうのと、目はカラコンを入れればバッチリだってさ!
それと、成凪って名前も女の子には居そうな名前だけど、それだと流石に正体がバレちゃいそうだから、一文字変えてセイラにしたのよ。』
いやいや、仮に見た目は上手く誤魔化せても声はどうすんだよ?
女声なんて出せるわけないじゃん・・・即座にそんな風に思うも紫陽花は、それも見抜いたかのように畳み掛ける。
『ちなみに参加する人達にはセイラちゃんは、喉の調子が悪くて喋れないからって前もって伝えているからね。
だから、話し掛けられたら返事はせず、頷いたり首を振ったりするだけで大丈夫よ』

え~っと、これはもう決定事項なのかねぇ?
もはや、どうともなれというような心境になった俺は、やられるがままにメイクアップアーティストに顔をイジられた。
そしてメイクを始めること1時間後、俺は目の前の鏡に写る自分の姿にやはり放心した。
いやまぁ・・・YouTubeとかではレベルの高い女装とか男の娘って見た事はあるんだけどねぇ。
まさか俺がこんな姿に化ける日が来るなんてねぇ・・・これ、バリューあるのかな?
そして、メイクが完了するや次に始まったのは歩き方のレクチャーだった。
そして、そんなこんなであっという間に時間は過ぎ去り、ほとんどぶっつけ本番のような状態となった。

パーティー開始は意外と遅く、どっぷりと日が暮れてから俺達は誤爆地区へと向かった。
会場はどっかの政治団体の会館なのか、かなりデカい・・・誤爆地区はあんまり来ないから、この建物も初めて見る。
俺達はスタッフ専用の裏口から入り、紫陽花は手慣れた手つきで渡された書類に記入している。
そんなこんなでパーティーは始まり、主催者の秋月義一のスピーチで幕を開けた。
愛国心が強いのか何やら力説し、良い事も言ってはいるが時折出て来る武力行使やら植民地などというセリフに、やはり歪んだ思想を感じる。

その後、パーティーは順調に進み、盛り上がりを見せるが宮沢や時透を会場で見つける事は出来なかった。
(あいつらは招待されていなかったのか?)
そんな思いが強まる中、何やら主催者の秋月がパーティー会場から通路に出たのを目撃した俺は、その様子からトイレに用を足しに行くものでは無いと知り、すぐさま後を付けた。
俺は充分に周囲に注意しながら、怪しまれないようかなりの距離をあけて秋月を尾行する・・・秋月もまた周囲をキョロキョロしながらエレベーターに乗り込んだ。
すぐにエレベーターの元へ駆け寄ると、どうやら下の階へと向かっており1階で止まった。

俺はふと考える・・・ここ2階のパーティー会場から1階へは、言われるほど高さが無く階段を降りればすぐに着く。
しかも会場を出ればすぐ右側には階段があり、わざわざ長い廊下を突っ切って奥のエレベーターに乗って1階へ向かうのは不自然だ・・・コンパニオンとして会場入りした時、見取り図を手渡されたが1階奥のエレベーター脇にある小部屋らしき空間が、何故かそこだけ黒く塗り潰されている。

私物の持ち込みは禁止という事で、会場入りした時に1階のセキュリティにスマホは預けているが、耳には隠れるように超小型のイヤホンを装着している。
俺は小声で紫陽花に、秋月がパーティー会場から出てエレベーターで1階に降りた事を告げた。
紫陽花は、この会館は1階と地下駐車場に監視カメラがやたら多く設置されている事を告げ、地下へ行くには嫉子の協力が必要だと言い、少し待っててと言い通信を終了した。
廊下でウロウロしているのも怪しまれるかと思い、俺はパーティー会場へと戻り、紫陽花からの通信を待った。

10分後、俺の元へやって来た紫陽花は、一瞬で俺の手に地下へと続く扉の鍵を握り込ませた。
どうやら、警備員が部屋から出た隙を見計らい、警備室へと侵入した紫陽花は、地下へと繋がる扉の鍵を盗み出すのに成功したようだ。
そして、短い会話の後に次の指示を告げて来た。
少しの間、嫉子がこの会館のセキュリティーシステムに侵入しハッキングする、その隙に地下へ侵入し様子を探って欲しいとの事。

どうやらこの会館には極秘の地下施設があるらしく、恐らく秋月はそこに居ると思われる。
そして、そこには秋月だけでなく他にも今日、パーティーに参加していない重要人物も居る可能性が高いとか・・・なかなかハードル高そうなミッションだけど、ここまで来たらやるしかないよねぇ。
そして待つこと、約数分。

嫉子の方も準備が出来たらしく、紫陽花のカウントダウンが始まった。
リミットは3分以内、それまでに地下に侵入しろとの事だ・・・そう言えば嫉子って今はSMクラブのオーナーだけど、地上にいた時はCode-Elの諜報員だったらしいじゃん? この手の事は得意分野なのかもねぇ。
そして、紫陽花のカウントがゼロを告げると同時に、俺は周囲にいる人間の目を盗み、一気に1階奥のエレベーター脇へと駆け抜けた。
“関係者以外、立ち入り厳禁”
扉に物々しく貼り出された紙を見て、この先には間違いなく何か重要な施設へと繋がっている事を確信する。
すぐに鍵を開け扉を開けると地下へと続く階段になっていた・・・なるべく足音を立てないよう、急いで階段を駆け降りると更に巨大な扉が現れた。
幸い、鍵は同じだったようで俺はその扉も開け、奥へと進む。
限られた人間しか、ここへは入れないのだろう・・・1階や2階とは打って変わって、静けさが空間を包んでいる。
ここから先は一切の物音を立てる事がNGじゃん。
俺は慎重に地下を探索する・・・そして、ある会議室らしき部屋へと差し掛かった時に、中から声が聞こえるのを確認し、足を止める。

俺は扉に耳を当てるようにし聞き耳を立てる・・・何を話してるかはよく分からないが聞こえるのは、見知らぬ男の声と秋月と思しき男の声。
そして時折、宮沢と思われる男の声も聞き取れる・・・微かに“選挙”や“歴史を変える”などといったフレーズが聞こえて来る。
これから始まる市長選におけるプランでも秘密裏に練っているのだろうか・・・しばらく扉越しにやり取りを盗み聞きするも、やはり詳しい会話内容までは聞き取れない。
(ここでひたすら聞き耳立ててもバリューある情報は入手出来ねぇな・・・他に何があるのか、しらみ潰しに地下をサーチしてみるか?)
この地下のどこに誰が潜伏しているかも分からない、もしこんな所を誰かに見られたら一発でアウトじゃん。
それに身を隠せそうな場所もNothing。
俺は色々と思考を凝らすが、ひとまず退却する事が得策と踏み、その場を立ち去ろうとした。
その時・・・

突如イヤホン越しに聞こえて来たのは、紫陽花が何やらセキュリティーの者と揉めているようなやり取り。
至って冷静にコンパニオンを装い、何者かの問いに返している紫陽花だが、対峙している男の問い掛ける声の様子から恐らく紫陽花がコンパニオンを装った潜入スパイであるのを見抜いていると直感する。
そしてそれと同時に俺が聞き耳を立てていた扉に巨大なマチェットナイフが突き立てられ、貫通して来た。
(やべぇ!、バレた。)
俺もある程度は気配を消す事は出来るけど、ぶ厚い扉越しにそれに勘づくとは、どうやら部屋の中にいた者の中にそれ相応の猛者がいるようじゃん・・・俺は一目散にその場を離れ、即座にもと来た階段に通じる扉を開けようとした。
しかし、開かない・・・何度も取っ手のレバーを引こうと試みるもレバーが動かない。
恐らく、誰かが緊急用のロックシステムを作動したのだろう。

開かない扉に固執していても意味が無い、俺は一直線上に延びている通路をひた走り、逃走を試みる・・・直後に先程まで聞き耳を立てていた部屋のドアが開く音が聞こえる。
『どうやらネズミが何匹か紛れ込んでいたようですなぁ。』
『我々が手を下すまでも無いでしょう・・秋月さん、貴方の不手際だ、貴方の手で尻拭い出来るんでしょうな?』
遠巻きにこのようなセリフが聞こえる・・・
この通路がどこへ通じているかは分からないが、他に策が見当たらない今は取りあえず走るしかない、そんな思いで突き進んで行く。

そして、ひとしきり走った所で、まるで迷路のように通路はYの字に分かれていた・・・あたかも侵入者を嘲笑っているかのようである。
どの通路がどこへ繋がっているかなど当然分からない、俺は成るように成れと思い左側の通路を選択し再び走り出した。
その後、目の前には巨大な鉄製の扉が現れると同時に通路は、そこで終わっていた。
一瞬、この扉もロックが掛かっているかと不安がよぎるが、恐る恐るドアレバーを引いてみるとロックは掛かってなく、すんなりと開いた。
扉の先は地下駐車場となっていたが、1台1台を停めるスペースがとても広く、何やら専用の番号が記されている。
停められている車もロールスロイスやベントレー、マイバッハといった、ちょっとやそっとの金持ちじゃBuyする事が出来ない程の高級車が並んでいる。
どうやらこのパーティーに正体された者達が利用しているものではなく、この会館と深い関わりを持つ者達が利用している駐車場のようだねぇ。

そんな高級車に脇目もくれず、俺はその駐車場を通り抜け地上へと出た・・・どうやら裏門へと出たらしい。
しかし、ゲートは閉まっている、門壁もかなりの高さがあり、とても越せそうにない。
更には壁の上には有刺鉄線も巻かれている・・・恐らく鉄線には高圧電流も流れているのは容易に想像出来る。
ならば、ぐるりと迂回して正面側に出るしかない・・・そう判断し正面へと進もうとした時、前方に1人の男が現れた。
その男は一昨日、相対した時透柚貴であった。

『こんばんは・・・女装で潜入とは、まさかそっち系の趣味がお有りだったんですか?、麻生さん。』
奴は短く挨拶をすると、じっと俺を見据えそう言い放った・・・メイクアップアーティストに仕上げて貰い、見事に女装してはいるが、どうやら優秀なアサシンであった時透には見破られたようだ。

『こんな姿の時にエンカウントするなんて、ついてねぇぜ・・・別に女装が趣味な訳じゃねぇし。』
俺は、やれやれといった表情で時透の方に少し寄る。
元より今の一番の目的はコイツを倒し、紫陽花に引き渡す事が第一だ・・・一昨日は思わぬ邪魔が入り逃がしたが、今日こそは逃がす訳には行かねぇ。
時透もまた、後が無いのか一昨日より険しい表情となっている・・・恐らく、奴も今夜で決着を付けるつもりでいるのだろう。

『一昨日の借りは返させて頂きますよ。』
時透はそう一言だけ呟くと、臨戦体勢を取った。
こうして俺の長い夜は幕を開ける事となった。

━続く━

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