時透との一戦と殺意の権化。

『行きますよ。』
短く呟いた時透は驚異的なダッシュ力を見せ、距離を詰め右手に持ったナイフを突き出して来た。
俺はすぐにサイドへステップし、それを回避する・・・しかし、俺が避ける方向を読んでいた時透は既に左手に握っていたナイフを薙いでいた。
バックステップでかわせば、そこに追撃が来る事を察知していた俺は、潜り込むようにしてそれを掻い潜り時透の懐を侵略する。
充分に溜め、体重を乗せた下突きを時透のボディ目掛け見舞おうとするも奴は、それを身体を回転させて外す・・・それと同時に繰り出されるのはスピン状態からの横薙ぎ。
だが、その刃も俺を捉える事は出来ず、スウェーバックでかわす。
俺は同時に前蹴りを繰り出し時透の腹に突き刺す・・・蹴りが深くめり込む瞬間に奴は自ら後方へ飛び、衝撃を緩和させるもダメージが無い訳では無く僅かに動きが鈍る。
その隙を逃さず、次の瞬間には踏み込んでいた俺は時透の足を踏み、完全に動きを封じた。

そして一瞬、体勢が崩れた時透の顔面目掛け俺は右のストレートを放って行った。
時透はそれをスウェーでかわそうとするが、俺はギリギリの所でパンチの動きを変えると、そのまま奴の胸ぐらを掴み、ぐいっと引っ張り俺の方へ引き寄せ、左の肘をカチ上げて奴のアゴを跳ね上げた。
だが、時透もまた攻撃を貰いながらも下からナイフを振り上げて来た・・・何とか頭を横に振り、刃を外すが髪が数本切られ、パラパラと落ちる。

『やりますねぇ、でもまだまだ。』
口から僅かに血を流しながら不敵な笑みを浮かべる時透に対し、俺も答える。
『お前のフルスロットルを見せてみろよ。』
時透は更にスピードを上げ、刺突の連打を繰り出して来る・・・俺もまた時透のスピードに合わせギアを上げると、それらを全てかわして行く。
だが、徐々に攻撃のタイミングを把握した俺は次の攻撃を読み、合間合間にカウンターでの拳撃を見舞って行く。
時透もまた俺の反撃にも対応し、回避をしていくが完全にかわし切る事が出来ず、次第に被弾する数も増えて行く。

『ちぃぃっ!!』
痺れを切らした時透は、たまらずバックステップで距離を取り、間合いを確保しようとする・・・しかし、それを許さない俺は奴が距離を取ると同時に踏み込み、今度はこちらからラッシュを仕掛けようとする。
『ソーシャルディスタンスのつもりかぁ?、エスケープなんてさせねぇよ。』
先程までの余裕の笑みが半ば消えていた時透は俺の突進に合わせ、左手に持っていたナイフを投擲する。
『もう見切ってるってぇ!』
俺は飽きたという感じで、飛んで来たナイフを頭を横に振りかわすが次の瞬間、時透の袖の中から何かが飛んで来たのを感じ取った俺は、とっさに左腕を上げて顔面をガードする。
その瞬間に下腕に突き刺さるのは2本の超小型の透明なクリスタルナイフ・・・なるほどねぇ、引き出しはまだあるってか。
コンマ何秒か動作が遅れた俺の隙を見逃さない時透は、更に腰に挿していたもう1本のナイフを抜くと、再び左右の刺突を見舞って来た。
だが、もうこの攻撃は全て読んでいる。

俺は全ての斬撃をかわしながら、左腕に刺さってるクリスタルナイフを抜くと時透目掛け投げ付けた。
『それは読んでますよぉ!』
少し余裕を取り戻したかのように、奴はそう言ってかがんで避けるが、俺の投げたクリスタルナイフはその後ろにある街灯の柱へと当たり、跳ね返り時透の右肩付近に刺さる。
『ぐぅっ!』
『ほれ、もう1本も返すぜ。』
予期せぬ被弾に顔を歪め、動きが止まる時透に俺は更にもう1本刺さっていたクリスタルナイフを抜くと、奴に向かって投げ付けた。
とっさに横っ飛びで回避した時透だが、もはや手に取るように次の動作が分かる俺は、奴が飛んだ方向に突っ込み、サッカーボールキックで時透の脇腹を蹴り上げた。
『ぐおぉぉっ!』
苦痛に顔を歪めながら、それでも奴は蹴りを貰いながら、その体勢から苦無を投げ付けて来た。
『くれんのか?、だがノーサンキューだ。』
俺はそれをキャッチし、即座に投げ返して見せる。
避けようとした時透だが、反応が少し遅くそれは右腕に突き刺さった。

明らかに焦りの表情に変わる時透に対し、俺は言葉を掛ける。
『てめぇはナメすぎなんだよ、自分がエルペタスとかいうエリートの殺し屋上がりだから、俺達の事は所詮半グレ風情だとでも思ってやがるんだろ?
甘ぇんだよ・・・老人しか殺しのターゲットに出来ねぇような奴が俺に勝てるか!?』
『何を分かった事を!・・・』
苦虫を潰したかのように、時透はそう吐き捨てると、今度は奴から距離を詰め、左拳を放って来た。
左ストレートと見せかけているが、拳の中には小型のナイフでも握り込んでいそうじゃん?
一瞬そう判断する俺だが、奴はパンチの軌道を一気に変えると、俺の右手首を掴まえ引き寄せる。
なるほどねぇ、先ほど俺が見せた胸ぐら掴みの応用版のつもりか・・・ならば次は右のエルボーかナイフでの逆袈裟、そう思い右腕に気を取られるが、直後に飛んで来たのは奴の口から吐き出された毒針であった。

『あぶねぇぇ!!』
ギリギリで勘付き、頭を振ってかわすが、その直後には奴の前蹴りが飛んで来ていた。
靴の先端にはナイフが飛び出ている事に気付いた俺は身体をねじってそれを外し、同時に俺の右手首を掴んでる奴の左腕に手刀を振り降ろす。
『ぐうぅぅっ!』
感触的に折れはしなかったが、それでも奴の左腕は当分上がらないだろう・・・左腕を封じた俺はすぐに奴の顔面に右ストレートを叩き込む。
反応が遅れた奴は、後方に吹き飛ぶもすぐに体勢を立て直す。
『クソ!、まだだ!』
『おい、てめぇは一体自分の何にバリューを感じてやがんだ?』
『バリュー?、そんなものはいずれ失っていく儚い幻想ですよ。 人間老いれば価値は無くなる、だから私は若人の礎となろうとしているのです。』
俺は奴の思考が今一つ理解出来ずにそう問い掛けるが、奴から返って来た言葉は歪みきったものだった。
やれやれ、とんだフーリッシュな奴じゃん。
『お前、自分が年を取ったらどうするつもりだ?・・・そもそもが復讐だ何だと言っちゃいるが、てめぇの素性もロクに明かさず人の名前を騙って悪さして、仲間すら欺こうとする奴が若人の礎になるとか笑わせるじゃん。
そんなんじゃ替え玉受験生の礎にしかなれねぇぜ。』
俺の言葉に奴は、怒りに満ちた表情で返す。

『何を、半グレ風情が!・・』
『何とでも言え・・・だがな、てめぇは自分に対する自信を打ち砕かれて、人のネームバリューにあやかってでしか復讐の一つも出来ねぇ ごくつぶしだろうが。
俺のネームは俺だけが持ってるバリューで、俺は麻生成凪以外の人間になる事は出来ねぇ。
てめぇも同じだ、時透柚貴という名前を持ちながら、それを名乗らず人の名前で事を運びやがって!
てめぇの名前が泣いてるぜ。』
俺は思いの全てをぶつけると、歯ぎしりしながら俯いてる奴にダメ出しで更に1発ぶん殴ろうとした。
だが・・・

突如、強烈な殺気を背後に感じた俺は、瞬間的に前方に飛ぶ・・・そしてそれと同時に鋭い痛みが背中を襲う。
ギリギリまで気配を感じる事が出来なかった・・・振り向いた俺の目に写るのは、着流し姿の中年の男。
その雰囲気で俺はすぐに、この男が宮沢だと悟る。
男は先程、時透が投げたナイフを拾ったようで、それで俺の背中を斬り付けたようだ。

『なに、いつまでもウダウダとやってやがるんだ?』
宮沢は冷めた表情で時透を見据えると、さっさと倒せと言わんばかりにアゴで指図する。
ここに来て2対1とは面白ぇじゃん・・・流石にこの展開は予想してなかったが、それでも時透はそれなりのダメージを負っている。
何とかなる、そう感じていた俺は宮沢の方を向きつつも、前後どちらにもすぐに動けるよう半身を切った構えを取り、右手にはカランビットナイフを握った。

刹那に背後から怒涛の踏み込みを見せる時透、飛んで来たのは右の刺突・・・先程の手刀で奴の左腕は使えない、来るなら右の刺突か横薙ぎと確信していた俺はその風切り音で刺突と判断し、サイドへステップし回避する。
そしてそれと同時に右手に握っていたカランビットナイフを宮沢目掛けて投擲する・・・宮沢はそれを鞘で弾き、その直後には刀を抜こうとしながら踏み込んで来る。
と、ほぼ同時に背後からは時透が再び距離を詰め、斬撃を落として来る。
どちらかをかわせば、どちらかが被弾する・・・俺は宮沢の動きを捉えると瞬時に鞘から刀を抜ききれていない状態である事を覚り、完全に抜き切る前に倒すべく、奴の踏み込みより早く懐に飛び込む。
そして、鞘に手を掛けている宮沢の腕を掴むと、四方投げで転がした。
『むぅぅ!』
即座に、しかめっ面になる宮沢だが、中年の男が起き上がるまでには最低でも1秒以上は掛かる・・・この隙を逃がしてはなるまいと、俺は時透に視線を移し勝負を急ごうとした。
その時・・・

時透の背後で蠢く巨大な殺意がゆっくりと動いたのを感じた。
時透もその言い知れぬ殺意を感じ取ったのか、まるで蛇に睨まれたカエルのように硬直し動きが止まる。
何だか分からねぇが、とにかく時透の背後にいるソレを倒さなければ・・・
俺はその思いに支配されると、未だ固まっている時透を無視しその巨大な殺意に向かって突進し、左手にカランビットナイフを握り斬り付けて行った。

一閃、俺の横薙ぎはその殺意の塊を真一文字に切り裂く・・・確かな手応えを感じるも直後に俺の腹は灼熱の痛みが襲う。
視線を下に移し、その痛みの正体が俺の腹に深くめり込んでいる親指である事を知る。
『ぐ!・・・ぅぉ・・』
『う~~ん・・・俺に傷を付けるとは活きがいいねぇ、でもこのぐらいの痛みでは、まだまだ足りないなぁ。』
嫌らしい言葉と共に男は、俺の腹から指を抜き、同時に強烈な袈裟斬りが上から落ちて来た。
とっさに後方へ飛び直撃は免れるも、それでも俺の肩から腹にかけ、刃が走る。
『がはぁ!・・・』
そのまま仰向けに倒れる俺に対し、その巨大な殺意とも言える男は、ゆらりと身体を揺すり歩み寄って来る。
街灯の光が眩しくて男の顔はよく見えねぇ・・・

(動けねぇ、やべぇ!)
立ち上がろうとするも、思うように力が入らない俺に対し男は更にトドメを刺そうとする。
『岸辺、今日の所はここまでだ!』
ふと宮沢がそう叫ぶと男は微かに舌打ちしナイフを仕舞い、そのまま闇へ溶け込むように消えて行った。
そして、宮沢もまた時透を連れ何処かへと去って行った・・・その直後に聞こえて来る住民と思しき声。
どうやら、俺達の争ってる様子に気付いた周辺住民が何事かと集まって来ているようじゃん。

『あんた、その傷大丈夫か!?・・・すぐに救急車を呼ぶからじっとしてな!』
(クソが・・・ダセェな。)
俺は身体を起こし、怒りとも憎悪とも取れない感情に支配され唇を噛み締めた。
ゆっくりと立ち上がろうとする俺を制し、初老の男性がスマホを取り出し、救急車を呼ぼうとする。
『そいつは私が病院へ連れてくよ。』
ふと、奥から声がし、その声の主を凝視する・・・設楽か、あと3分ほど早く来てくれりゃベストだったんだけどねぇ。
俺の元へ近寄る設楽は肩を貸してやると言わんばかりに、俺を立たせるとそのまま俺を単車のリアシートへと乗せ病院へと走らせた。

リアシートで設楽の身体にもたれ掛かる俺に対し、設楽は一通りの事を話した。
どうやらアジトの方は紫陽花と碧林が無事に制圧したらしい。
俺はスマホを取り出すと、紫陽花へとTelした。
『悪ぃ、時透は取り逃がしちまった・・・作戦の立て直しだな。』
少し力無く、そう言い終える俺に対し紫陽花は残念そうにしながらも収穫はあったと言い、Telを終えた。

(あれが岸辺克治か・・・あのタイミングで住民が集まって来なければデンジャラスだったな。
だが、次こそ必ず倒す!)
俺は奴らへの必勝を誓っていた。

━続く━










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