一条武丸との遭遇。
こっちの世界に来て3ヶ月が経った頃・・・ちょうど我妻ちゃんと再会を果たす約2週間ほど前の、とある夜の事だ。
無性に夜風に当たりたい気分だった俺は、家を出ると隣町の春雨町まで歩き、川沿いの土手を歩いていた。
その日は妙な空であり、曇一つ無い夜空なのに星はほとんど見えず、三日月の夜だった。
ひとしきり歩き、そろそろ帰ろうかと思った矢先、前方に立ちすくんでいる男の姿が目に止まった。
月の灯りに照らされ、男が特攻服を着ているのは分かったがFaceはよく分からない・・・引き返そうかとも思ったが、何となく男が誰なのかを見てみたいという思いの方が強まり、そのまま歩き続け近くに寄った。
男は何やら理解に苦しんでいるような様子で辺りを見回していて、ふと俺とEyeが合った。
俺は男のFaceを見た瞬間、奴が誰なのかを覚った。
巨大財閥の一条グループ、次期総帥と呼ばれている男だ・・・
今から4年程前だろうか・・・当時は我妻ちゃんと出会い、半年ほど経った頃だったと思う。
俺は我妻ちゃんから、次なる目標として関東を制覇するという話を聞かされ、神奈川に行って欲しいと頼まれた。
我妻ちゃんは、当時から“敵を愛すれば何でも分かる”と言っていて、俺と出会った時も事前に俺の事を調査した上で接触して来ていた。
どうやら関東制覇の最初の進出先として、東京か神奈川を考えていたらしく、事前にリサーチする対象として神奈川の組織では横浜の神城組・平塚の凱娃・鎌倉の隼瀬組を選定し、手始めに横浜の神城組の調査を俺に依頼して来た。
俺は二つ返事でそれを引き受け、観光気分も兼ねて横浜へと赴いた。
調査を始めて数日後、横浜では“蛇華”と呼ばれる中国系のマフィア組織が猛威を奮い、神城組との対立が深まっているという事を掴んだ。
そしてそれと同時にあの有名財閥グループ、一条グループも蛇華の排除に動き出しているとの情報も掴んだ。
神城組をリサーチするにあたり、蛇華の方もリサーチしておく必要があると判断した俺は、中華街に出向き蛇華の事も探ろうとした。
そして、蛇華のアジトにもなっているという、とある大きな中華料理店の前に来た時、激しく窓ガラスが砕ける音と共に2階から、3人の男達が相次いで落ちて来た。
『おいおい、とばっちりで巻き込まれるのはゴメンだぜ。』
俺は瞬間的に独り言のようにそう呟くが、何故か内心では胸の高鳴りが押さえられなかった。
地面に横たわる3人の男を眺めていると、唐突に店の中から1人の男が出て来た。
時代遅れも甚だしいまるで氣志團を彷彿とさせる巨大なリーゼント、純白のコートは返り血で染まり靴はワニ革の靴。
アンビリーバブルなセンスに俺は一瞬拍子抜けするも、直感的にコイツが神城組の幹部だと錯覚する。
だが次の瞬間、倒れている3人に向け男の発した言葉に俺は驚愕した。
『てめぇらのボスに伝えとけぇ、一条グループの武丸が傘下企業のケツを取りに来たってな・・・』
一条グループだと⁉️
武丸という男は、そこの次期総帥と聞き、耳にした事はあるが目の前の、どっから見てもカタギのそれじゃない男がそうだというのかよ⁉️
俺は半信半疑に刈られ、その男をまじまじと見入っていた。
男も俺の存在に気付き、俺を見据える・・・俺は昼間の繁華街で闘う気なんかサラサラ無い。
だが、脳内とは真逆に、本能では強い者と闘いたいという欲求に刈られていた俺は、目の前の一条グループの武丸という男のバリューを確かめたい衝動が抑えられず、気が付くと手に愛用のカランビットナイフを握っていた。
男もまた俺の気持ちを察したのか、ニヤリと不適な笑みを浮かべると、ぐるりと体形を変え俺の方を向くと拳を握り近付いて来た。
『てめぇ、どっかで・・・』
俺は一瞬、奴の言葉の意味が分からずにいたが、奴から目線を外す事なく臨戦態勢を整えた。
だがその時、奥の方から部下と思われる男達が武丸の名を呼び、駆け寄って来ると男は再び俺に背を向け、その場を後にしようとした。
しかし、去り際に奴が言ったセリフは俺の脳内には強烈にインプットされた。
『てめぇ、ハマの者じゃねーな・・・目的が済んだならすぐに帰れ・・・この地を侵略するってんなら、一条グループの武丸が黙ってねぇ、覚えとけ。』
俺もまた握っていたカランビットナイフをしまい、その場を後にしたが、“いずれ、俺はこの男とやり合う事になる”
そう直感していた。
そんな過去に奴と遭遇した出来事を思い出し、考え込んでいる中、唐突に目の前の特攻服を着た男は口を開いた。
『マサトぉ、どこだ?』
マサト?、何を言ってるんだコイツは?
俺は少し唖然としながらも再び考えた。
目の前にいるのは紛れも無く、あの時の武丸だ・・・奴がここにいるという事は、奴も肉体が滅び、こっちの世界に来たという事になる。
だが、以前に会った時と比べ、顔付きは随分とヤングだ・・・特攻服を着ているあたり、10代とも思える。
実年齢で言えば奴は中年のはずだ。
あれこれ考えている中、再び奴は口を開いた。
『てめぇ、誰だよ?』
覚えてねぇのか?・・・いや人違いなのか・・・面倒くせぇし、バリューのねぇやり取りになりそうだ。
俺は一言だけ返し、さっさと帰ろうとした。
『誰でもねぇよ、たけま・・・』
人間は頭で思っていた事を、ついうっかり話してしまうもんだねぇ。
俺は、つい奴の名を口にしそうになり、慌ててそれ以上喋るのをストップすると、奴から離れようとした・・・だが、奴は三度口を開くと、俺をそこに留まらせた。
『てめぇ・・・俺を知ってるなぁ?』
あぁ面倒くせぇ・・・今の言葉にリアクションするなんて、やっぱこいつ武丸で間違いないんじゃん。
俺は、面倒くさそうに頭をかきむしると、どう言葉を返すか悩んでいた。
と、その時・・・突如、奴は拳を放って来た。
『おぉっと、危ねぇじゃん!!』
俺はとっさにスウェーバックでかわすと、臨戦態勢を取った・・・だが、奴は既に俺のサイドに回り込んでいて、立て続けに拳を放って来た。
『そんなもの、当たらねぇなぁ!』
俺は頭をひねり、それも回避するとカウンターで奴の脇腹にミドルキックを見舞って行った・・・瞬間、奴の顔が苦悶に歪むが動きが止まる事は無く、俺が足を引き戻す前に足首を掴むと、奴は力任せに引っ張り俺を引き寄せようとした。
そして飛んで来たのは強烈な頭突き・・・俺は両手をクロスさせそれをガードし、ジャンプするともう片方の足で奴の側頭部を蹴り込んだ。
『いきなり仕掛けて来るなんて、随分と好戦的じゃん・・・でも、お前と遊んでやる理由はNothingだ、眠っときな。』
前のめりに崩れ、地面に両手を付く武丸・・・トドメとして俺は奴の後頭部を目掛けカカト落としを繰り出すが、奴は再び俺の足首を掴むと、再度力任せに振り回し、俺をぶん投げた。
俺の身体は無造作に廃棄されていたドラム缶を薙ぎ倒し地面に転がるが、すぐに起き上がると武丸に向かって行こうとする。
しかし、奴は俺の動きを追っていたかのように、立ち上がった瞬間には既に俺の眼前に迫っていた。
直後、奴から繰り出されたのは強烈な前蹴り・・・だが、俺には当たらねぇ!
俺は奴の蹴りを身体を捻って回避すると、そのまま奴の顔面にバックブローを打ち込んで行った。
衝撃でグラリと身体がよろけた武丸の隙を見逃さず、俺は更にローキックを放つ・・・俺の動きを読んだ武丸は、足を引きかわそうとするが、俺は奴の思考の更に上を行く。
俺はローキックと見せた足を途中で止めると、軌道を変えハイキックを見舞い、再び奴の側頭部を蹴り込んで行った。
確かな手応え・・・いや、足応えと共に奴は、頭からうつ伏せに倒れ込み、俺は勝利を確信した。
一条武丸・・・強敵だと思っていたけど、案外奴のバリューはこんなモンか・・パワーはあったが俺の相手じゃ無かったな。
俺は、服に付いていた土を払うと、騒ぎになる前にその場を後にしようとした。
But・・・
直後に俺の背後で巨大な憎悪が動いた気がし、俺は振り返る。
何事も無かったかのように、奴は立っている。
『おいおい、お前自分のバリューとレベルを分かってねぇのか?・・・今のバトルでお前じゃ俺には勝てねぇって事、理解しろよ。』
俺は呆れたように奴にそう語りかけるが、奴は無言で俯いたまま、微動だにしねぇ。
意識が飛んでんのかよ?、これ以上やってもノーバリューで意味はNothing・・・俺は敢えて追撃をせずにそのまま帰ろうかと思っていた。
だが、何かが違う・・・さっきまでの奴とはまるで違う。
俺はその違和感に警戒心を高めると、心とは裏腹にトドメを刺さなければならないという本能に刈られ、奴に近寄り渾身の一撃で顔面を打ち抜こうとした。
しかし、その刹那・・・微かに奴の右肩が動いたかと思った瞬間、豪速の拳が俺の眼前に迫っていた。
『危ねぇ!!』
とっさにダッキングでかわし、俺はカウンターで奴の顔面にライトクロスを叩き込む・・・だが、奴は俺の攻撃など意にも返さず、攻撃が当たると同時に前屈みになっている俺の後頭部を鷲掴みにしていた。
直後、奴はその馬鹿力で俺を持ち上げると、更に豪速の左拳を放って来た・・・
『ちぃぃぃっ!!』(かわせねぇ、やべぇ!!)
奴に持ち上げられている状態の俺は、かわす事が出来ず、とっさに左腕を挟み迫り来る奴の左拳をガードした。
激しく後方に吹き飛ばされるが俺は踏み止まり、奴の追撃に備えた・・・だが、ガードした腕が痺れる。
『へへっ・・・痺れるねぇ!、これが一条グループの武丸かい?、面白ぇじゃんよぉ!!』
先程の一撃、まともに喰らえば一発でアウトだねぇ・・・ガードした左腕の痺れは止まらず、すぐには回復しそうにねぇ。
こちらの世界では真面目に生きる事を決意し、暴れる事も闘う事も封印していたけど、やっぱり築き上げた性は変えられねぇな。
自然と俺の口角は上がり、右手には愛用のカランビットナイフを握っている。
焦点が定まっているのかいないのか・・・武丸もまた白目のまま、その双眸は俺を見据え、口元はどこか笑みを浮かべている。
『月が狂ってやがるぜぇ・・・』
奴は訳の分からないセリフを話すと、足元に落ちていたツルハシを拾うと、ゆったりとした足取りで俺に歩み寄ろうとした。
『こうなりゃ行くとこまで、行ってみようかぁ!?・・・』
俺も極限まで集中力を高め、ゾーンに入るのを実感して行くが次の瞬間、奴は突如我に返ったかのように目の焦点が定まると、手にしていたツルハシを見つめていた。
『おい!?、どこ見てんだよ、武丸!?』
『があぁぁぁぁ!!、マサトぉぉ!!』
俺は好戦的な口調で、奴に呼び掛けるが奴は俺の言葉など耳に入ってねぇらしく、そのまま突如として狂ったかのように、そう雄叫びを上げると霧に包まれ消えて行った。
マジで訳が分からねぇ・・・俺はキツネにつままれたような、肩透かしを喰らったかのような気分になり一気に脱力すると、しばしその場に座り込み、月を眺めていた。
そしてふと、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、そこにはあの霊能者の美奈子という女が再び俺の背後に現れていた。
彼女はまるでヤンチャ坊主を叱るかのように、俺の頭を小突くとおもむろに語り始めた。
先程、闘っていたのは俺がかつて会った一条武丸で間違いは無い・・・しかし、奴は俺が会った時より更に30年前の17歳の頃の武丸であり、ライバルとの喧嘩の最中、コンテナを積んだ大型トラックにはねられ、生死の境をさまよっていた状態だとか・・・
それで時空を超えて、こちらの世界を垣間見たに過ぎなかったとの事だ。
俺は再び面倒くさそうに頭をかきむしると、一通り納得した。
まぁ要は、あれも一種の臨死体験って事なんだろうねぇ・・・通常の臨死体験とは違い、根っからの喧嘩屋って奴は臨死体験もクレイジーなものとなるのか。
何にせよ、奴はあのツルハシが記憶を取り戻すアイテムとなったって訳か。
もし、奴があのまま地上での記憶を取り戻さなければ還らぬ人となり、俺とのバトルは続いたのだろう。
奴の拳を受けた左腕の痺れはまだおさまんねぇ・・・果たして、もしあのまま奴がこちらの世界に来て、俺とのバトルを続けていたら、どんな決着を迎えたんだろう?
それもまた想像してみるとバリューはある。
そんなこんなで俺は、近くの自販機でコーラを買い、それを飲み干すと興奮状態は治まり、家路に着いた。
そう言えば、以前横浜で奴に会った時、武丸は俺を見るや、『てめぇ、どっかで・・・』と言い、口をつぐんでいたが、もしかしたら奴の記憶の片隅には、今日の日の出来事が僅かながら刻まれていたのかもねぇ・・・
明日からまた新たな1日が始まる・・・Tomorrowはどんな事が待ってるんだろうな。
バリューある1日となるのを期待するとしよう。