銀田栄角との出会いと次なる争乱への動き。
岸辺との闘いが終わり数日、再びのほほんとした生活を送っていた俺に一本のTelが入った。
相手は株式会社・銀角の社長、銀田栄角からであった。
株式会社・銀角、この街ではイヌワシグループと並ぶ大手企業であり時折、その社長を務める銀田栄角という男はメディアや地元誌にも取り上げられている大物であり、俺はそんな人物からのTelに一瞬成り済ましの詐欺なんじゃね?とも疑いすら感じていた。
何やら話があるから週明けに当社のビルまでお越し頂きたいとの事だ。
(俺もこっちの世界に来て、かれこれ9ヶ月経つが未だに自分探しをしながら、定職にも就いて無いからなぁ・・・もしかしたらその事で何か言われんのかねぇ?)
Telを終えた俺は、ふとそんな事を思っていたりした・・・株式会社・銀角といえば貿易事業を中心とした企業であるが、こちらの世界に渡って来ても尚、更正しきれていない人間の社会復帰を後押ししている活動をしている事でも知られている。
毎日定職にも就かずに、のほほんと過ごしている俺を見かねてコンタクトを取って来たのだろうか?
とはいえ、この街を代表するような大手企業のトップの呼び出しだ、断る訳にも行かないし、どんな話があるのかは興味津々じゃん。
ワクワク感とほんの少しのドキドキ感を感じながら俺は週明けの月曜日、銀角のビルへと赴いた。
場所は街の一等地にある高層ビル・・・こんな所に来るのはマッドカルテル日本支部(現、裏神)の香坂達との会合に行った時以来かねぇ。
ビルには身なりの整った絵に描いたようなエリートサラリーマン風の人間が出入りし、俺は何となく場違い感を抱きながら中へと入って行った。
社長の銀田栄角がいるのは最上階の60階・・・エレベーターに乗り辿り着くと、“ご用の方はこちらの電話の1番を押して下さい”と書かれた貼り紙と電話機が設置してあり、俺は書かれている通りに受話器を取り1番を押した。
程なくして奥からは高見沢と名乗る男が現れ、『お待ちしておりました。』と深々と頭を下げ、応接室へと案内された。
席に座るや男はすぐにお茶を差し出し、手切れのよい働きぶりを見せている。
頭はキレそうだけど、何かインテリヤクザっぽい印象だねぇ・・・
お茶を飲みながら窓からの景色を眺める。
やはり60階からの眺めは素晴らしい・・・しばし街並の景色に目を奪われていると、ドアをノックする音が聞こえ、社長の銀田栄角が入って来た。
『初めまして、麻生成凪さん・・・私が当社、社長を務めております銀田栄角と申します。』
大手企業のトップとは思えないほど物腰柔らかく、低姿勢な態度に少し戸惑いながらも、目の前にいるのはモノホンの銀田栄角である事を知った俺も、つい釣られて低姿勢で挨拶を交わす。
『先日、あの岸辺克治を倒されたそうですね・・・貴方のご活躍は耳にしていますよ。』
唐突に語り始める銀田氏の言葉に相槌を打ちながら俺は、彼の話に耳を傾ける。
『こちらの世界でも、まもなく市長選が始まります・・・恐らく現職の荒川真人氏、無所属の宮沢永徳、日滅党党首の松村美津留の3つ巴の戦いとなるでしょう。
私は個人的に現職の荒川さんを推しているのですが正直な所、ここ数ヶ月間は裏金問題などが暴露され支持率は低下の一途を辿っています。
現在は2期目ですが、残念ながら今度の選挙では勝てる見込みはかなり低いでしょう。』
(おいおい、誰を応援しようが勝手だけど、まさか俺に荒川に清き一票をお願いしますなんて言うんじゃねーだろうな?)
いきなり選挙の話を持ち出す銀田栄角に俺は、政治の話はゴメンだぜというような視線をそれとなく送る。
そんな俺の表情を覚ったのか、銀田は少し笑みを浮かべ言葉を続けた。
『失礼、別に貴方に荒川さんへの投票をお願いしたりという話では無いですよ・・・ただ、この街の事を第一に考えるなら現在、有力候補とされている宮沢と松村は、余りにも危険過ぎるのです。』
(そう言えば以前、浪岡から過激な極右思想と極左思想の集団が街の住民を煽動してるとか聞いたねぇ。)
ただ、何がどう危険なのかは今一つ分からねぇ・・・俺は率直な意見を銀田にぶつけてみた。
『来るべき市長選に向けてその2人が危険だというのは分かったけど、それで今日俺を呼んだ用件というのを聞かせて欲しいんですがねぇ?』
俺の問いに対し、銀田の表情はやや険しくなり、それに答えた。
『はい、単刀直入に言います・・・私の目標は宮沢永徳、そして松村美津留を失脚させ、逮捕・収監させる事です。
その為に麻生さん、貴方には是非とも我々に協力して頂きたいのです。』
こりゃまた随分とビッグな話じゃん・・・けど、俺にはぶっちゃけ関係の無い話なんだよねぇ。
うんざりした表情となっている俺に銀田は更に続ける。
『この問題は単に政治という問題だけでは片付けられない程、重要な問題を孕んでおり、我々の今住んでいるこの街の未来にも深刻な影響を及ぼしかねない問題なのです。
先日、麻生さんは何人かと一緒に秋月義一が主催するパーティーに潜入されましたよね?』
(おいおい、俺は女装させられコンパニオンとして潜り込んでたんだけど、それすらバレてんじゃ、やっぱり女装の意味無かったんじゃね?)
女装潜入という思い出したくも無い部分に触れられ、とっさに返答に困った俺は頭を掻いて苦虫を潰したような顔になる。
そんな事などまるで気にも留めてないかのように銀田の話は続く。
『その時、パーティー会場でもあったあの会館の地下に行きませんでしたか?』
『・・・そこまで分かってんじゃしょうがないねぇ、あの日は極秘に動いてたつもりだったけど、あんたの耳には全部筒抜けだったって事か。
流石は大企業のトップなだけはあるねぇ・・・情報収集に関しては相当バリュー高いじゃん。』
俺は先ほど出されたお茶を飲み、少し感心したような口調で言葉を返した・・・そして、一呼吸置き銀田もまた話を始めた。
『私も地上にいた頃は、Code-Elのトップとして表社会も裏社会も見て来ましたからね・・・この街で起きる出来事・事件は即座に私の耳にも入って来ますよ。
秋月義一、地上にいた頃も彼は有名な代議士であり政界にはある一定の影響を与えておりました。
私の家系である銀田家もまた地上では政界との結び付きも非常に強く、私は彼の事をよく知っています。
それはさておき、私が危惧している事は彼らが市長選で勝利する事によって生じるこの街と、地上社会でのリスクの事です。
実は先日麻生さん達が潜入した会館は、表向きはイベントを開く会場であったり、重要な会議を開く場所でもあったりするのですが、地下は広大な素粒子物理学の研究施設でもあり、実験場でもあるのです。』
何やらまたハードなトークになって来たじゃん💧
何の話なのか今いち分からず、渋い顔をしている俺に銀田の話は続く。
『難しい理化学の話は割愛させて頂きますが、あの地下の実験場の一角にはタイムマシンが安置されています・・・開発したのは麻生さんも、こちらの世界に来た時にコンタクトを取った事もある例の教授です。』
『ちょっと待て!、タイムマシンだと!?・・・そんな物がマジで実在するとでも言うのか?』
俺は銀田の口から出てきた言葉に思わず耳を疑い、声を上げていた。
『はい、信じられないでしょうが、こちらの世界では既にそれが完成しています・・・地上においてはスイスにてCERNという同じ素粒子物理学研究所があり、風の噂ではそちらでもタイムマシンは完成しているとも聞きます。
現在、あの地下の研究所にあるタイムマシンへアクセス出来るのは知事と市長なのですが、現職の知事の峯氏や市長の荒川さんは、それを悪用する心配は無いのですが過激な思想を掲げる宮沢や松村は、タイムマシンを用いて歴史を変えようと試みているのです。』
余りにも非現実的な銀田の話に俺は狐に摘ままれたような気分になる・・・とはいえ、自分自身もパラレルワールドという既に非現実的な世界で生きている事実もあり、俺は複雑な心境に立たされていた。
『何だかミステリーを通り越してアンビリーバボーな話だねぇ・・・でも、歴史を変えるって、何をどう変えるっていうんだい?』
俺は話を呑み込めきれないまま、再び銀田に質問を投げ掛けた。
『まず、保守強硬派として知られる宮沢永徳は、後ろ楯となる大物代議士に秋月義一の援助を受けています。
秋月家は地上においても過激な極右思想を掲げる事でも知られており、日本を核武装させアジアの盟主となる事を絶対的信条としています・・・しかし、この実現は正直、相当厳しいでしょう。
変えなければならない憲法が多いばかりか、御前と呼ばれる政財界の大物フィクサーの働きが無ければ、到底叶わない。
しかし、現実的には御前を動かす程の力が今の秋月家にあるとも思えない・・・何より日本の核武装という意見には賛同する人間も多い反面、政治家の間では反対意見を表明している人の方が多いのです。
秋月家は傘下に従えている雷一族と呼ばれる暗殺を生業とする一族やエルペタスといった殺し屋組織を使って反対勢力を粛清していますが、こういう恐怖政治を象徴するようなやり方では、一時的に従わせる事は出来てもすぐに行き詰まるでしょう。
そこで、こちらの世界へとやって来た秋月義一は自らが、この街の御前となり政財界を裏から牛耳り、保守強硬派の宮沢永徳を市長に当選させ、反対勢力の議員らを追放する。
そして、タイムマシンを用いて過去へと渡り歴史を変え、核保有国日本を実現させる・・・これこそが秋月義一の描いてる絵図なのですよ。』
一通りの話を聞くが、やはりぶっ飛び過ぎていて現実味が沸かないねぇ。
『話は分かったけど、それってマジで実現可能なのかねぇ?・・・そもそも歴史を変えたら、今の日本が存在しなくなってね?
何より秋月義一って奴は、一体いつの時代までタイムスリップしようとしてやがんだよ?』
そう問い掛ける俺に銀田は、少し考え込んだ後に再び口を開いた。
『理論上はタイムスリップ自体は可能です・・・勿論、何がどこまで実現可能なのかは不明な部分も多いのですが・・・・・しかし、不明だからこそ、それを試みた場合、どのような事が起こり、どのような事態に陥り、どのように歴史が動くのかも分からないので危険なのです。
下手をしたら歴史を変える事で、その瞬間に我々がいるこの世界が崩壊してしまう事だって考えられるのです。
ですが、そんなリスクを冒してでも秋月義一は本気でそれをしようとしています・・・恐らくは幕末から明治時代にかけての時代にタイムスリップし、現代の軍事技術を提供し、日本を世界一の軍事大国へと発展させ世界初の核保有国へと導き、アジアの盟主とさせる。
そして、アメリカに対し軍事・外交といった面でも主導権を握り太平洋戦争を回避し、日本を世界のトップとした国際社会を築き上げる。
それこそが秋月義一の最大の目的であり、その為には如何なる犠牲をも厭わないというのが本音でしょう。』
何とかブレインを整理させながら、俺はこの問題が単なるこの世界だけの問題では無いという事を理解し、銀田の目的を再確認した。
『何て言うのか話がデカ過ぎて正直なところ、全てを信じ切れないが、さっき言ってた宮沢と松村を失脚させて逮捕させるっていうのは、何か重大な犯罪のエビデンスでも握ってんのかねぇ?』
俺の質問に対し、銀田は即答した。
『勿論です・・・まず宮沢は地上にいた頃は人間国宝とも目されながら、夜な夜な罪も無い人間を無差別に斬殺していた極悪人、こちらの世界に来てからもその時の罪を悔い改めて無いばかりか、配下にいた岸辺を使い半グレ組織をまとめ上げさせ、上納金を納めさせては選挙資金を集めていた。
これには半グレ組織から足を洗った何人もの人間が証言しています・・・勿論、これだけでは宮沢を失脚させる武器には足りないですが、当社で独自に調査した結果、この街のどこかに岸辺が個人的に使っていたアジトがある事が判明しました。
恐らく、このアジトは宮沢も把握していないものと思われます・・・これは私の勘なのですが、恐らくそのアジトには岸辺と宮沢、そして半グレ組織との繋がりや金の流れを示唆する資料があるかと踏んでいます。
あるいは宮沢には見られてはマズい資料などがあるかもしれません。
これを見つけ出せれば、反社との癒着の動かぬ証拠となり、宮沢の政治生命を断ち、断罪出来るネタとなるでしょう。
もう一人の有力候補である日滅党党首の松村美津留ですが、こちらは秋月とは真逆の過激な極左思想の人物であり、地上にいた頃は革命と謳いながら、各地でテロ行為を起こして来た外道です。
こちらの世界でもこれまでテロと見られる事件は起きているのですが、その度にこの男の名がテロを指示した人物として上がって来ています。
松村にも後ろ楯として大物一族がいるようですが、ここを切り崩せば一連のテロ事件を指示した証拠が掴めるでしょう。』
一通りの話を聞き、そのぶっ飛んだ内容に少しばかり放心していた俺だが正直、裏社会から足を洗った以上は面倒くさい事には巻き込まれたく無いという気持ちが強かった。
それでも最後に残した銀田の言葉に俺は、再び騒動に首を突っ込んで行く事を確信させられた。
『麻生さん・・きっと今、面倒事は御免だと思ってらっしゃるでしょう・・・しかし、宮沢と繋がりがあった岸辺を倒した以上、宮沢は貴方をこのまま放っておかないでしょう。
今は小康状態を保っていても、市長選が近付けば否応なしに貴方はまた騒動に巻き込まれるのは避けられないと思います。
今後、我々も全力でフォローさせて頂きますが、麻生さんも、然るべき時が来たら我々に協力して貰いたいのです。』
一通りの話が終わり、重苦しい雰囲気となっていたのを感じ取ってか、その場を少しでも和やかにしようという計らいから、その後銀田は何人かの社長直属の人間を紹介し、社長である銀田自身を交えての交流の輪を深める時間となった。
先ほど、応接室へと案内してくれた高見沢という男は、元は天王寺組にて若頭をサポートしていたらしく、こちらの世界に来てからもその悪知恵が邪魔をし、なかなか足を洗えずに投資詐欺などを働いていた所を銀田に強制的に拾われ今は、秘書として腕を奮っているようだ。
日下という初老の男も紹介されたが、彼はあの京極組にて先代の組長を務めていたらしく、かつては任侠に根差した生き方をしていたものの、やがて金に目がくらみ始め、最後は外道に墜ちていたようだ。
無一文でこちらの世界に来て以降は、長らくホームレス生活を送っていたとの事だが、銀田と出会い人間としての温かさに触れた事で、再びかつての自分を取り戻し、今はこの街に来た元極道や反社にいた人間の更正活動に尽力しているらしい。
他にも伊舎堂崇、芦澤恒彦、番場裕次郎、路忌と何人かを紹介してもらい、最後は和気あいあいとしたムードの時間を過ごした後、俺はビルを出た。
その後、紫陽花からTelがあり、あれから時透と話し合った結果、迷惑を掛けたという事で時透の口から後日必ず俺と設楽に謝罪をするとの事と、しばらくは同じエルペタスにいたサイという花火職人の元で仕事を手伝う事になったと報告を受けた。
奴も今度こそは、ちゃんと足を洗えそうじゃん・・・今後、どう生きて行くか注目するとしよう。
これから始まって行く市長選に向けて、再び俺や碧林は争乱へと身を投じる事になるのだろう。
束の間の平穏を感じながら、俺はこれからの事に関しての覚悟を決めていた。
━続く━