時透との決着・そして悪鬼再来。
『悪いが今日は時間を掛けてらんねぇ、最短でケリを着けさせてもらうぜ。』
臨戦体勢を取った時透に対し、俺はポケットからカランビットナイフを取り出すと爆発的なダッシュで時透に突っ込んで行く。
本来、相手の攻撃を掻い潜りカウンターで返して行くのを得意とする俺にとって、自分から攻めるスタイルはあまり馴染みでは無い・・・だが、前回は時透の身柄の確保を最優先としたあまり、こちらから仕掛ける事がほとんどなく、しかも相棒とも言えるカランビットナイフも封印し、宮沢が出て来て初めて取り出した。
時透の力量やレベルを見極める事が出来ていた俺は、最初から全力を出していれば宮沢や岸辺が現れる前にケリを着ける事が出来ていた事を悔やんでいた。
だからこそ、今夜は最初から全力でねじ伏せに行く・・・元よりここは敵陣真っ只中、時間と共にあっという間に増援も駆け付けてくるだろう。
『今夜はせっかちですねぇ!』
俺が突っ込むと同時、時透は懐から拳銃を取り出すと瞬時に2発を放って行く。
予備動作は、ほとんど無い・・おまけに射撃速度も異様に速く、並の人間ならば銃声は1発にしか聞こえないだろう、勿論射撃レベルも非常に高い。
だが、俺の動体視力は僅かな予備動作を見逃してなく、放たれた2発の銃弾を容易くかわす。
それと同時に時透の懐を侵略していた俺は奴の腹を目掛け、右手のナイフを横に薙いだ。
バックステップで距離を取り回避する時透だが、浅くとも俺の刃は奴の腹を捉えていたはずであった・・しかし、手応えが無い。
そんな疑念が一瞬駆け巡るも、俺は時透が距離を取る事を許さず、更に踏み込み再度距離を詰めると今度は左手のナイフを奴の右肩を目掛け振り抜く。
時透は瞬間的にピストルでそれをガードし、辺りには高い金属音がこだまする。
『なるほど、今夜は様子見無しって訳ですね、面白い!』
余裕を持ったようにそう話す時透・・・しかし、その顔は笑ってはいない。
俺はお構い無しにガードされた左のナイフを横に滑らせ、時透の胸部を横薙ぎにする・・・俺の刃は確実に時透の胸を捉え、奴のネクタイを斬り落とすがやはり手応えがあまり感じられない。
更に疑念が強まった俺は、時透の服をよく見る。
ジャケットはスッパリ斬れているものの、その下のシャツがあまり斬れていない・・・なるほど、特殊な防刃素材を施したシャツってわけね。
どうやら奴もまた今夜は二重三重に対策を練って来ていたようじゃん。
そして、次の瞬間には時透の左手に握られていたナイフが俺の胸を横に走る。
俺は敢えて回避せず、右手のナイフでそれを受け切ると、その状態のまま強引に前に出て距離を潰し、奴の額に強烈な頭突きを見舞う。
そして、衝撃でのけ反る時透の隙を見逃さず、即座に左手のナイフを奴の右腕に突き立てる。
『っ!』
苦悶の表情を浮かべる時透、どうやら腕には防刃素材は施されてはいないらいじゃん。
だが、その直後に時透もまた俺の右腕を狙い左手のナイフを突き立てて来る・・・間一髪、ナイフが振り抜かれる前に左へ、ステップしそれをかわすがそれを読んでいた時透は既に避けた方向に照準を定めピストルを構えていた。
『おっとぉ!』
とっさに頭を下げそれも回避するが、時透はそれすら読んでいたかのように頭が下がった所を狙い、顔面へ膝蹴りを見舞って来ていた。
頭を上げ回避すれば、そこにはまた銃弾が待っている・・・次の一手をそう確信した俺は奴の膝にナイフを突き立てそれをガードするが、またしても高い金属音が鳴り響く。
なるほどねぇ、鉄製の膝パッドを入れてるって訳か・・・よく見ると時透の両拳にはメリケンも嵌められており、肉弾戦になる事も想定している事が窺える。
鉄製の膝パッドは恐らく膝蹴りで与えるダメージを倍増させる事とディフェンスを兼ね備えているんだろうねぇ。
恐らくは密着状態での肉弾戦では膝蹴りとエルボーを多用して来る可能性が高い・・・ならば膝同様に肘にも鉄製のパッドが入っているだろう。
これで有効打を与える箇所は把握出来た・・・狙って行くべきは腕と膝以外の足、それと首から上か。
『お前にしちゃあ、まぁまぁの策を立てて来た方じゃん。』
俺は余裕を持ちつつも、敢えて少しイラついた表情を見せそう言い放ち、再び自分から仕掛けて行った。
横薙ぎ一閃、今度は時透の首もとを狙って行くも、奴はそれを最小限の動作のスウェイでかわすと、直後に俺の首もとを狙った横薙ぎを見舞って来る。
俺は前に出ながら、それを掻い潜り奴との距離を再び潰す・・・当然そこにはピストルの照準がこちらに合わせられており、躊躇もなく放たれる。
『それも読んでるぜぇ!』
奴の銃弾は俺のコメカミを掠るが、ミリ単位で俺はそれを外す・・・その刹那に俺のナイフは奴の右腕に深々と突き刺さる。
『ぐぅぅっ!』
苦痛に歪む表情と共に奴の右手からはガチャンとピストルが落ちる・・・これで奴は二度、右腕を刺されている、もう右腕に力を入れる事は難しいだろう。
しかし、右腕を封じる事に成功したのも束の間、奴は意にも返さないこのように、左手のナイフを俺の右腕に振り抜いて来る。
『うおっとぉ!』
俺はその刺突を下からのアッパーで手首ごと跳ね上げ外す・・・そして、振り上げたアッパーの軌道を変えるとそのまま今度は奴の左腕を目掛けナイフを振り下ろして行く。
とっさに身体を捻り回避した時透は、直後に俺の左腕を狙い刺突を繰り出して来る。
素早いサイドステップでそれも外した俺は、ふとある疑問がよぎる。
『おいおい、今度はサルマネかぁ?・・・策が尽きたのか?』
先程からコイツは、俺の繰り出した攻撃と全く同じ攻撃を直後に返して来る。
オリジナリティが無いと言わんばかりにそう語る俺に、時透も言葉を返して来た。
『私も向上心は持ってますからね・・・多少泥臭い闘い方ですが、この闘い方は私が地上で最後に闘った相手の戦法ですよ。
まるでゾンビのような奴でしてね。』
あぁ、なるほどねぇ・・・コイツは闘いの中から相手の技を吸収して行く事も出来るって訳ね。
今はまだ荒削りだけど、長引かせるとやっぱり厄介じゃん。
ならば、この闘いも急がなければねぇ。
『学ぶは真似ぶってか・・・小癪な奴だ。』
俺は先程同様に、余裕を持ちつつもイラついた表情を見せ、少し軌道を変えた斬撃を斜め下から振るって行く。
奴は冷静に見てたかのように俺の手首をアッパーで跳ね上げ、それを外す・・・これも今さっき俺が見せたのと同じ外し方じゃん。
そして、時透は振り上げたアッパーの軌道を変えるとそのまま俺の左腕を目掛け落として来る。
何から何までサルマネかよ・・・俺はそれを払い除けると、姿勢を低くし奴の懐に潜り込む。
その直後に俺の顔面に飛んで来るのは、鉄製パッド入りの強烈な膝蹴り・・・俺は再びナイフで膝を突くような仕草を見せつつ、途中でナイフを手放すと一気に奴の足を絡め取り、そのまま強引に引き倒し仰向けに倒す。
『なっ!?』
奴は驚いた表情を見せるも即座に立ち上がろうとする・・・だが、それを許さない俺は瞬時に馬乗りになり、強烈なマウントパンチを見舞って行く。
『お前の言う泥臭い闘い方ってのも決してバリューがねぇ訳じゃ無いんだわ・・・ここからは一方的な俺のターンだ。』
時透は何とかこの状況から脱却しようともがくも、俺は奴の左手のナイフを奪い取り投げ捨てると、そのまま二発、三発と立て続けに強烈なマウントパンチを浴びせて行く。
そして、15秒ほど殴り続けた所で奴の意識は途切れ途切れとなった。
『バ・・バカな・・・この・・・私が・・』
辛うじてそう吐き出す奴の言葉に俺は返す。
『それだけのセンスを持っておきながら、信念もプライドも捨てた挙げ句、てめぇの名前すら投げ捨てて人のネームを騙って悪さする落ちぶれた奴に俺がLoseするか!』
それを聞いた奴が、身を起こそうとしながら続ける。
『貴方に・・・何が・・分かる・・・んですか!?』
時透の問いに俺もまた返す。
『分かるんだよ・・・ちょっと前に俺はお前とよく似たような奴とも闘った。
そいつも元は殺し屋で相当腕の立つ奴だった・・・だが、そいつは同じ殺し屋の別の奴に嫉妬した挙げ句、整形して顔まで変えてソイツの名前まで騙りやがった。
そいつもまた、てめぇのバリューを否定して他人の名前と顔にあやかって、人生を生きていた・・・だが、結果的に奴も地上では命を失い、しかもてめぇ自身が死んだ事にも気付かずに、こっちの世界でも悪さしようとしてやがった。
結局、奴はこの世界では元の顔に戻っていた事に気付いて、すっからかんの本来の自分という現実を突き付けられた。
タイプは違えど、お前もソイツと同類なんだよ。
てめぇでてめぇのバリューを否定して名前を捨てたような信念なき攻撃なんざ、意味がねぇし俺には到底勝てねぇぜ!』
その言葉を聞いた時透は、何かを悟ったのか諦めとも吹っ切れたとも言うような表情を見せ、再び口を開いた。
『貴方の・・・言う通りかも・・しれませんね・・・私はかつて設楽という男に辛酸を舐めさせられ・・任務を失敗し・・・殺し屋としての価値を失い、路頭に迷った。
地元に戻って来て・・玉山に拾われ部乃武に雇われるも・・・その玉山は貴方に・・・殺された。
リベンジを果たそうと・・・思った時には・・・貴方も我妻も既に抗争で・・・死んでいた。
ゼウスを率いて勢力を・・・拡大させて・・・行った結果・・・最後は極道風情にやられた・・・ここで私は、全ての・・・自信を失っていたのかも・・・しれませんね。』
一通り聞いた俺もまた奴の言葉に返す。
『俺だってパーフェクトな人間じゃねぇ・・・初めて東京侵攻した時はあの城ヶ崎に辛酸を舐めさせられ、自信が揺らいだ・・・それでも俺は自分のバリューを信じた。
だが、結局は俺もお前の言うように極道風情に敗れ、こっちのワールドに来た。
でもなぁ、俺はそれでも麻生成凪って名前を捨てようなんて思った事は一度もねーぜ・・・この間も言ったが、俺は麻生成凪という人間以外に成る事はできねぇ。
お前だって同じだ・・・お前はこれまでも、これからも時透柚貴なんだよ。』
そう言い終えた瞬間、奴はフッと笑みを浮かべゆっくりと起き上がった。
それと同時に俺の背後からも時透に語り掛ける声が響いた。
『そうよ、柚貴・・・君は誰でも無い君自身じゃない・・・』
振り向いた先には紫陽花が立っていた・・・手には2つのスマホが握られている。
どうやらセキュリティーを何とか蒔いた後、スマホを預けていたスタッフから俺達のスマホを奪い、俺を探しにここまで来たようだねぇ。
『紫陽花・・・俺は・・』
時透は紫陽花を見るや、バツが悪そうに目線を反らし言葉に詰まっていた。
そんな時透に紫陽花も語り掛ける。
『柚貴、君は組織にいた時、唯一私が出来た弟のような存在・・・私は君の幼少の頃の経緯や、これまでの歩んで来た人生も知っていた。
もっと早くに、君と向き合って話していれば君が組織を追われる事は無かったし、こうは成らなかったかもね・・・でも、またここから始めて行こう。
今度は私も協力するから。』
紫陽花の言葉に対し、未だ言葉を返せない時透に俺は、一旦その場を収めようとする。
『時透、お前は確かに道を踏み外したし、落ちる所まで落ちた人間かもしれねぇ・・・でもな、今こうしてここにいる以上、てめぇの人生はコンティニューされてんだよ。
落ちる所まで落ちたなら、その先は這い上がるしかねぇんだ・・・幸い、まだお前には後ろめたい気持ちも持ってるんだろう。
なら、ここからは裏社会の時透柚貴じゃなく、表社会の時透柚貴として踏み出してみろよ。
とにかく今は時間がねぇし、ここにいちゃマズい・・・さっさとズラかるぞ。』
俺の言葉を聞くと紫陽花は、うな垂れたままの時透に肩を貸し、そそくさとその場を後にした。
そして会館を出て程なくすると、碧林が例のキャンピングカーを走らせ迎えに来た・・・どうやら、今夜会館に乗り込むに先立って紫陽花から連絡を受けていた碧林は近くで待機していたらしい。
俺達が車に乗り込むと、碧林はすぐに発進させた・・・
車が走ること数分・・・未だに、うなだれている時透に寄り添うかのように紫陽花は肩を抱き寄せている。
奴が犯した罪は消えた訳では無いが、今後この世界でどう生きて行くかで、道は変わって行くだろう・・・少なくとも奴は一人ぼっちじゃないし、まぁ大丈夫か。
そんな事を思いながらいると、ハンドルを握る碧林は俺に声を掛けて来た。
『その女装姿もなかなか様になってんじゃん、麻生よ・・・正体が分かってなけりゃ俺もうっかり声を掛けちまうかもな。』
コイツ、喧嘩売ってやがんのか?・・・一瞬イラッとした表情を見せる俺に対し、気持ちを汲んだのか碧林は更に続けた。
『冗談冗談、Tシャツとジーンズだけしかねーが、取りあえず後ろに簡単な着替えは用意してあるし、紫陽花が置き忘れていたメイク落としとやらのシートもテーブルに置いてあるぜ。』
すぐにでもこの格好から解放されたかった俺は、碧林の言葉を聞くと一目散に後ろへと移動した。
数分後、メイクを落とし着替えを終えた俺は再び座席の方へと移動し、一段落着こうと冷蔵庫からエナジードリンクを取り出し、飲んでいた。
だがそんな中、不意に前方に巨大な人影が目に飛び込んで来る。
『何だ、あいつは?』
不審に思った碧林はブレーキを踏み減速する・・・
『あ、あぁ・・・岸辺・・』
少し震える声で時透がそう言う。
この雰囲気、やはり奴か・・・どうやら逃走する俺らの動きは見られていたらしいねぇ、連絡が回っていたって事か。
『奴はアサシンだ、止まるな碧林・・・跳ね飛ばしていいからスピード上げろ。』
そう言った俺の言葉に納得したのか、碧林はアクセルを踏みスピードを上げる。
だが、車が奴の身体に接触し跳ね飛ばそうとしたその瞬間、奴はまるでその場から消えたかのように視界から居なくなった・・・そして次の瞬間、車はガクンと左側に傾き、コントロールを失い蛇行して行く。
『うおぉぉぉ!!』
『きゃあぁぁぁ!!』
火花を散らしながら車体は右へ左へ蛇行した後、激しくアスファルトの上に横転した。
『おい、大丈夫か、みんな!?』
すぐに碧林が問いかける・・・幸い、俺も紫陽花も時透もケガは無く、すぐに外へと出る事が出来た。
どうやら岸辺は一瞬でサイドへ回り込み、前輪と後輪を瞬時に斬っていたようだ。
『ダメだよダメぇ・・・俺達の元を離れそいつらと仲良くしようなんて許さないよぉ。』
ゆらゆらと身体を揺らしながら歩いて来る岸辺・・・月が雲に隠れているからか、やはり胸から上はよく見えない。
そのセリフから、どうやら狙いは時透か・・・
『くっ!、何だコイツは?』
その余りにも異質な空気から少し冷や汗を滲ませ、碧林が呟く。
『碧林、コイツが岸辺だ・・・時透の背後にいた黒幕の1人だ。』
俺の答えに碧林も紫陽花も身構える。
『ヒヒヒ・・・今夜はいい夜になりそうだぁ。
一度に4人もやれるんだぁ・・・いっぱい、いっぱい抵抗してくれよぉ。』
下卑た笑いを浮かべながら岸辺は、更に近寄る。
そしてその時、雲に隠れていた月が顔を出し奴の顔を照らし出した。
まるで血の気を感じないかのような青白い顔に、全く奥行きを感じないどす黒い眼球・・・なるほど、エイジの描いた似顔絵は誇張された物では無かったという事か。
その異様な殺気と妖気を全開にしながら、岸辺はだらりと腕を下げる・・・その手には巨大なナイフが握り締められているが、何百という人間を斬って来たのか、刃はまるで錆びたかのように変色し、あたかもその刃からも妖気が放出されているかのようだ。
『き、岸辺・・さん・・』
横では顔面蒼白となった時透が唇を震わせ呟いている・・・
(コイツはさっきの俺とのバトルで右腕が使えねぇ・・・こうなれば!)
一瞬、どうするか考えていた俺だが、すぐに気持ちは切り替わり碧林に話し掛ける。
『碧林、時透と紫陽花を連れてここから逃げろ。』
その言葉に反論するかのように碧林は返して来る。
『ここでお前を見捨てて行けってのか?、俺も一緒に闘うぜ。』
あぁ、やっぱりな・・・お前ならそう答えると思ってはいたけどねぇ。 俺はすぐに返す。
『碧林、聞け・・・ここで雁首揃えていても、追っ手が来る可能性もある。
仮にここで囲まれたら逃げ場はねぇ、だからお前は2人を連れて真っ直ぐこの道を逃げろ、この先にも刺客が待ち伏せしてないとも限らねぇ。
その時、2人を守れんのはお前だけだ・・・コイツは俺が仕留める。
心配はいらねぇ、俺もすぐに追い付く。』
俺の言葉を聞いた碧林は、完全には納得はしてない様子であったが、意を決したかのように2人を連れてその場を後にした。
『あれあれぇ?、お仲間を逃がして君1人で俺の相手をしようってのかなぁ?
随分とナメられちゃったなぁ・・・でも、その分俺を楽しませてくれるんだよねぇ?』
奴は、笑いながらそう話し、ナイフを舌舐めずりする・・・なんかB級ホラーにでも出て来そうな奴じゃん。
『てめぇ、ホントに人間かぁ?・・・悪霊なら悪霊らしく、墓場に帰れよ。』
俺は逃げる2人を背後に両手に相棒のカランビットナイフを握ると、奴を見据えた。
そして、俺にとっても苦しい一戦が始まった。
━続く━