大寒の日に
今日は暦の上では「大寒」と呼ばれている。
1年の中でもっとも寒い日。東京の午前中11時ごろの気温は4度ほどと、身に沁みる寒さだ。
ところで、「大寒」と言う言葉。
「大」と「寒」という二つの漢字から成り立っている。
「大」が「だい」。
「寒」が「かん」。
それぞれの漢字の発音を並べると、「だいかん」という音になる。
面白いのは、隣国の韓国語だ。
同じ単語が存在する。
「大」を「テー(대)」。
「寒」を「ハン(한)」。
なので、「テーハン(대한)」というと「大寒」という意味になる。これは韓国の人たちにもそのまま意味が通じる。
あまり知られていないが、韓国語では日本語と同じように漢字による単語を使っている。
この話をすると「あれ、ハングルが文字じゃないの?」と不思議に思う人もいるかもしれない。
実は、韓国語の単語には、中国の漢字が由来の「漢字語」と呼ばれるものと、韓国で独自に使われている「固有語」と呼ばれているものがある。かつては、「漢字語」にはそのまま漢字を使い、それ以外をハングルで表記していた。しかし、近代化の流れの中で国の方針で、漢字を使わずに全てハングルを使うということになった。そのため、全ての文章がハングルで書かれるようになったのである。(ただ、学校教育では単語の知識として、元になっている漢字を知っておくことを奨励しており、漢字学習が行われている。年間に学ぶ漢字の数は、その教育的意義が認知されて、どんどん増えている)
ちなみに、ハングルは「表音文字」であり、音だけを表している。これはアルファベットの仕組みに似ている。それに対して、音を示さずに文字の形から意味を伝える文字を「表意文字」という。漢字がまさにそれである。
「漢字語」と「固有語」の違いというのは日本語にもあって、例えば、数字を言うときに、「一(いち)、二(にー)、三(さん)、四(し)」というのは「漢字語」であり、「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」と数えるのは「固有語」である。
つまり、韓国語では、表記がハングルなだけで、その元になっている単語は中国が由来の漢字の単語が多くあるということだ。言い換えれば、「漢字を音に直して、その発音をハングルで書いている」という説明だとわかりやすいだろうか?
実は、ある統計によると韓国語と日本語では、漢字語のうちおよそ90%近くが共通だという。ただし、完全に同じではなく、漢字そのものが旧字体で違っていたり、漢字の組み合わせが日本語と逆のものもあるそうだ。(例えば、韓国語では「婚約」のことを「約婚(ヤッコン)」と言う)
必ずしも全てが同じということではないが、中には日本語と全く同じ漢字を読んでいて、その音も日本語にかなり近いものもある。(「無理」を「ムリ(무리)」と発音するなど)
つまり、日本語の漢字を、韓国語でどう発音するかのルールを覚えてしまえば、初めての単語でも日本語の知識から発音ができてしまうことがある。
今から15年くらい前だっただろうか。
私は「大寒」の日に、「大韓航空」のソウル行きに乗っていた。
機内で韓国語のテキストを開いて勉強をしていたときに、「大寒」という言葉に出会った。そのときに気がついた。
日本語でも「大寒」と「大韓」は同じ発音だが、韓国語でも同じで両者とも「テーハン(대한)」である。
ちなみに、
「航」は「ハン(항)」
「空」は「ゴン」(공)」
である。
よって、「テーハンハンゴン」で「大韓航空」の発音になる。
ソウルに向けて着陸態勢に入ったとき、非常口前の座席に座っていた私に、対座した客室乗務員が韓国語で声をかけてきた。
乗務員「韓国語を勉強されているのですか」
私「そうです。韓国人の人たちと仕事をしているので、言葉が必要なんです」
乗務員「最近は日本人も韓国語を話す人が増えてきまして、とても嬉しいですね。韓国語はとても難しい言語です。韓国人である私でさえ難しいと感じます。発音を間違えると意味が変わりますので」
私「そうですね。私も以前、地下鉄2号線の「新村(シンチョン)」駅に行こうとしてタクシーに乗ったら、反対側の「新川(シンチョン)」駅に連れて行かれたことがありました。私の発音が間違っていたようです」
韓国語では、「村」と「川」は音にすると、日本人の耳には同じ「チョン」に聴こえるのだが、ハングルでは「촌」と「천」と書き、発音が微妙に異なる。
乗務員「あー、それは韓国人でも間違えるものですよ。同じチョンでも、オの口の開きが大きいか小さいかで音を区別しています。ハングルでの表記も実際に違うのですが、外国人には難しいと思います。私たちは「新村(シンチョン)」に行きたい時は、近くの現代百貨店(ヒョンデペックァジョム)の名前を入れて、「ヒョンデペックァジョム、シンチョン」という風にタクシーの運転手に伝えるくらいなんですよ」
私「あ、その方法はいいですね。私も次はその方法を使ってみます(笑)。ところで、韓国はだいぶ寒いようですね?」
乗務員「はい。私は今朝、この飛行機に乗ってソウルから羽田に行きましたが、ソウルを出発した時の気温はマイナス17度でした。今は折り返し便で、3時ごろにソウルに着きますが、最高気温もマイナス10度くらいまでしか上がりません。韓国語で「大寒」と申しまして、お客様は一番寒いときに韓国にいらっしゃるんですよ」
私「え?マイナス17度?そんなに寒いんですか?」
乗務員「私の家の水道管もボイラーも凍ってしまいまして、困っているんです。本当に寒いですから、気をつけてお過ごしください」
乗務員に言われた通り、ソウルに降り立って、空港の外に出てみると信じられないような寒さだった。ジーンズを履いていた私の足に、刺さるような痛い寒さ。こんな寒さがあるんだなと、東京育ちの私はとても衝撃を受けたことを覚えている。
「大寒」を「テーハン」というのは、このときに強烈に私の脳裏に焼きついた。
ちなみに、この寒い時期にいただく、ソウルのカムジャタンやチゲ鍋料理は格別の旨さである。寒いけど、体を温めてくれる料理が待っているのも、この時期ならではの楽しみだ。