代車時代 第二回 「コンビニでの職務質問」
警察官「この車、車検が切れていることをご存知でしたか?」
私「いや、知らなかったです。何しろ、整備工場から借りた車ですからね、そんなことを確認しませんよね、普通。いやぁ、信じて乗りますよね、普通ねぇ。これはちょっと…普通じゃ考えられないですよ…」
警察官「車検が切れた状態で運転すると言うことは、自賠責も切れているでしょうし、これであなた事故を起こしたら大変なことになっていましたよ」
私「いやー、やばいですね。やばいですよ。これは」
私が言っている「やばいですね」は、事故自体もそうなのだが、もう一つ。すでに運転してしまった後だったので、それについてこれから罪に問われるだろうかと言う心配があった。
警察官「でですね、私はあなたが運転しているところを見ていないので、ここで取締はしません。ただ、ここから運転して帰ることはできませんよ」
九死に一生を得るとはこのことか。
私「そうですね」
警察官「ですので、ここでレッカーを呼んでください。私、レッカーに載せるところまで見てますから」
警察ってこう言う時はやけに丁寧なのだなぁと思った。あまりの勢いに押されるように、
私「あぁ、わかりました。えっーと、ちょっと調べてみますね…」
そう言って、私は運転席に戻り、ドアを開けた状態で座って携帯を手にとった。
レッカーを呼ぶと言っても、どこの業者に頼めばいいのか?そもそも、レッカーを呼ぶしか、この場を治める方法はないのだろうか?私は携帯をいじったり、ダッシュボードのいくつかの書類をみたりして、時間を稼ぎながら、ここで何をすべきかを必死になって考えていた。こう言う時は自分のペースを作ることも大事だ。
と言うのも、ここでレッカーを呼んでも、こんな深夜23時ごろに車検切れの車をどこまで運ぶのかと言う問題がある。自宅までは30キロ近くある。キロ単位で請求されるレッカー代はおそらく数万円コースだろう。であれば、この近くのコインパーキングまで運んでもらい、あとは電車で帰る方法もあるかもしれないが、すでに終電は終わっている。その先がつながらない。
そもそも、レッカーは呼んでもすぐに来るとは限らない。以前、別件で呼んだときに4時間近くかかった経験があった。だから、もしかするとレッカーを待って移動しても、全て完了するまでに朝まで時間を要する可能性もある。
まずできることを考えるとき、真っ先に浮かんだのは、問題の根元である、代車を私に貸した整備工場と協議することだ。こんな時間でもダメもとで電話をしてみよう。しかし、残念ながら呼び出し音だけが続いて、誰も電話に出ない。電話に出んわ。まぁ、営業時間外だからそう言うことになるだろう。
次に、思いついたのは、自分が契約している自動車保険会社である。もしかすると何か助けてもらえるかもしれない。そこでダイヤルを回してみたが(今はダイヤルは回さないって?)、こちらも無常にも保険の対象は自分名義で契約をした車のみとのこと。代車については対象外になるのだった。
うーむ、次の一手、どう出ようか?
その間、警察官は2メートルのソーシャルディタンスを保って、私の会話をじっと聞いている。私の車はエンジンを切ってドアを開けた状態で運転席に座って電話しているが、深夜の寒さが身に染みてくるのだろう、警察官はこまめに体を動かしながら、時折スクワットをしたりしながら、こちらの様子を伺っている。
私「時間がかかってすみません。ところで、お巡りさんの服って、あったかいんですか?」
警察官「いや、これが結構薄いんですよねー。」
私「寒いですよね、申し訳ないです。急ぎますので」
警察官「いえいえ、気にしないでください。それよりも、あなたこの先、運転しなくてよかったですよ。運転してて事故起こしたら大変でしたよ」
私「助かりました。お礼を言わなければいけませんね」
意外とフレンドリーな警官だった。多分20代で私よりも相当若いのだろう。少し場が和む。
次の一手。
思ったのは、このままレッカーを呼ぶ段取りをしても、レッカーが来るまでに相当時間がかかるかもしれないし、その上で、積載、移動、現地での積み下ろしまで考えるとまず徹夜になるだろう。そうならば、むしろこのまま朝まで車で過ごして工場に連絡し、そこから動き始めるのが得策かもしれない。車の中は寒いけど、防寒着があるし、時々エンジンをかければ良い。トイレや食事の問題も、コンビニがあるから大丈夫。電源は車から取れるから携帯の充電も問題なし。
むしろその方が楽ではないか。
そこで警察官にその考えを切り出してみた。すると…
(続く)