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第28話 都市伝説『たかたか鬼』(BJ・お題 『神隠し』)


(今回は創作の、短編恐怖小説です)

暦の上ではもう夏が終わるはずだが、秋だとは呼びかねる。そんな暑さを、城田慶州、甲斐ケンジを含めた6名の仲間は、W県U市の繁華街から続く国道を車とバイクで爆走することで吹き飛ばしていた。

幼馴染である慶州・ケンジの率いるチームの名は『レジェンド』といった。慶州とケンジはインターネットを駆使して情報を集め、人と繋がり合った。そのお陰か、気の合う走り屋が集まりたいときに集まり、だれひとり逮捕者を出すことなく暴走するといったことがずっと続けられ、ふたりは仲間から信頼を集めていた。

その夜、警察の出動をいち早く知った慶州は、急いで目立たない一人を集団から離脱させ、パトカーをさりげなく追跡させた。

U市の環状線は、高台を中心にしてそれを囲むように道が作られている。だから環状線に入ってしまえば警察の動きはぐっと把握しやすくなる上に、そこから外に放射状に伸びている下り道に出れば逃げやすくなる。外に行くほど行き先は広がり、警察は追跡が困難になるからだ。

わざと連日走ってきたルートを走ると見せかけ、警察の待ち伏せを裏切って環状線の外に出る。出遅れたパトカーが、それでも彼らを追跡してくる。追いかけっこは続いたが、戦略をもって「手堅く」暴走をしている『レジェンド』の連中にとっては、ゆとりをもって楽しめる遊びのようなものであった。

ケンジに車の運転を任せ、慶州は助手席でノートPCを操作した。現在地とパトカー追跡担当のタケオからの情報を踏まえ目的地を定め、その地図を各バイクに乗っている者たちのスマートホンに送った。さらにメッセージを発信する。

『離脱』

彼らは一斉に散った。各自、集合場所を目指す。目的地は神社マークの記された海岸だ。

「これか。わかりにくかったな」

目的地に続く唯一の道は舗装されておらず、半ば藪になりかけていたというのは誤算であった。むろん街灯などもない。慶州たちの乗った車は、それでもナビに従ってしばらくまっすぐに荒れた坂を降りていった。すると遠目のヘッドライトがその先に、大きな白い石で作られた鳥居を照らした。

車は、その鳥居をくぐった。

「止まれ!」

フロントガラス越しに前を見ていたが、すぐには気づかなかった。波も静かすぎた。危うく車を海に飛び込ませるところであった。ケンジは急ブレーキをかけてからようやくそのことに気づき、強がっているのか掠れた口笛を吹いた。

改めて目を凝らしてもなお、空と水との境がなかなか浮かび上がらないのが不気味であった。

星明かりのみでは頼りなさすぎる。車のライトを消してしまうと、ほぼなにも見えなくなるだろう。そう思ったので

「消すか」

ケンジはその意図をすぐに察した。

「あいつら、そのまま海に突っ込むかもな」

二人は大嗤いした。車はともかく海に突っ込むのがバイクなら、嗤い話で済ませられる。

慶州は車を降りた。乾いた海藻のようなものがまばらに散らばっている。海と、鳥居と木々で囲まれた、わずかな砂浜であった。

一度鳥居から出て、来た道を見ると、その遠い先には街の光が見えた。ケンジも後ろからやってきた。

「あいつら、わかるかな」

「まっすぐに来れば大丈夫なはずだ。あ、あれじゃね?」

慶州たちが均した道を、バイクの列が降りてくるのが見えた。

1人目が鳥居の中に入る。続けて2代目、3台目のバイクが鳥居の中に入っていった。

「お疲れ!」

かけた声が反響もなく消える。やけに鳥居の向こうが暗くて見えない。もうみんなバイクのヘッドライトを切ったのか?まさか、見事に海に飛び込んだか?

そのとき浜のほうから鳥居をくぐり、慶州とケンジの間を抜けてだれかが出て行く気配があった。暗いので音でしかわからない。いや、汗臭い匂いもしたような気がした。なにも言わないのが気味悪く思われ、慶州はそいつに声をかける気にならなかった。他の者たちのほうを確認する。

「おい、今出て行ったのだれだ?」

再び鳥居を越えた。するとバイクのヘッドライトは3台ともまだ点いていて、ユウトがちょうどバイクを降りてヘルメットを脱いでいた。

「あ、先輩かぁ。もー、脅かしてぇ。いや、マジやめてくださいよ。そういうの」

「なにがだ」

「だからいいですって、幽霊とかそういうの。背中叩いたじゃないですか」

慶州と、今鳥居のほうから戻ってきたばかりのケンジは顔を見合わせた。

そのとき、フキオがなにかに気づいた。

「あ、釣り棹があるぞ」

ここにだれかがいたのだ。俺たちに驚いて出て行ったか?だが、それならわざわざユウトの背中を叩く必要はない。背中。叩く。ーー

「おい、急いで車出すぞ」

ケンジが、すぐに同意した。

え?と、残った連中も、ヘルメットをかぶりかけた。

「いや、お前らはここで、タケオを待っていてくれよ」

「あ、タケオを助けに行くんですか?」

「後で説明するが、男を捕まえる。あとユウト、ややこしくなるから、他のやつに触るな」

慶州はケンジと車に乗り込み、車で鳥居を出て、来た道を戻った。

「ケンジ、気づいたな?」

「お前もだな ?」

「このままだとユウト、帰れないな」

「急ぐか」

ケンジはアクセルをふかした。いっぽう慶州は、まだ合流していないタケオに電話した。

「わりい。途中からずっと一本道なんだが、そこを歩くやつがいる。捕まえられそうだったら捕まえといてくれ。無理そうなら追跡だけしてくれるか。俺たちも車で向かっているから」

やがて、路上を汗だくで走っている、ボロ切れのような服を着た男が、ヘッドライトに浮かび上がった。まっすぐに道を進んで、もう声の届くところにいる。一瞬振り向いた顔は泥にまみれ、疲れと必死さに歪んでいるが、歳は彼らより少し上なくらいだ。男は必死で道を外れて草地の中に入り込もうとしたが、折良くバイクを走らせてきたタケオが彼を捕まえた。

「タケオ、ナイスタイミング。さて、おっさん。逃げんなって」

助手席から出て、慶州が男に話しかけた。ケンジは首尾よく、トランクを開けてから車を降り、男に近づいていった。

「や、やめろ。なんなんだ、お前ら」

「おいおい。わかんねえのかよ」

「あの頃俺たちはひょろっとしていて、いじめられていたからなあ。わかんねえかもなあ」

「ひでえなあ。俺たちはお前のことを忘れなかったぞ。お前が消えて、しばらく騒ぎになっていたし、俺たちはその理由がわかっていたしな」

「もうわかっただろ、いじめっ子の森下俊吾くん」

震えていた男の顔が絶望的に青ざめたのが、暗闇でも手にとるようにわかった。

「俺たちが4年生のときに、強引に鬼ごっこに誘ってくれたよなあ。思い出したよ。たしかにここだわ」

「あの鳥居の向こうで鬼ごっこをすると、鬼は鳥居からこっちの世界に帰ってこれなくなるんだってなあ。俺たち、その都市伝説は知っていたんだよ。今時そんなの、いくらでも調べられるからさあ」

俊吾は、慶州とケンジに腕を掴まれた。激しい抵抗も、長い年月の果てにたくましくなった二人の前では悪あがきでしかなかった。

「今頃ユウトが鳥居を出らんなくてオロオロしているだろうからな、さっさとこいつを向こう側に連れて行って、ユウトにタッチさせようぜ」

「だけどトランクに入れんのは臭いだろうな。仕方ないか」

「いい案がある。パワーウィンドウに腕だけ挟め。よし。この状態でランニングしてもらうぞ」

「ひ、ひいい」

「悪いけど、俺をハメてあの神社の向こうに追いやろうとしたお前に対しては、なんの罪悪感も湧かないからな。お前、ちゃんと生き延びてんだしさあ」

「もう7年くらいたったか?だったら、さらに7年くらいは鬼をやってくれたって、大して違いはないだろうしなあ。あ、タッチ返しはなしだぞー」

車を走らせながら慶州とケンジは、高らかに、高らかに嗤った。


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