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第8話 都市伝説『ダヴィンチ』(BJ・お題「病院」)

https://youtu.be/rOAUwbpfL58

これはある大学病院の手術室にいるナースから聞いた話です。
その大学の外科は手術成績も芳しくなく、人気がなくて医者も集まらず、そのぶん忙しくなるので人使いも荒いと有名でした。研修医はなんと十七時間勤務が当たり前、それである年、研修医に過労死者を出してしまいました。大きな訴訟ともなり、以後大きく体制が改められることになりました。よその大学から新しい教授が抜擢されることになったのです。

その教授は腕のいい外科医でした。後進の育成にも熱心で、学生や研修医からは慕われました。その年の外科教室に新卒の医師がたくさん入局したそうです。

さて。新しい教授は、小さくしか傷をつけず、遠隔操作で手術ができるダヴィンチという医療ロボットを大学病院に導入しました。「これからはロボットがこの病院を変えるよ」と言うのが口癖でした。

さて医局には、変わり者と評判の医者がいました。
その医者は、皆から嫌われていました。朝は寝坊で遅刻しますし、夜は上の医師たちがいるにも関わらず黙って帰ってしまうのです。 ゲーマーであり、仕事よりもゲーム優先。休み時間はPSPで遊び、当直で病院に泊まっているときもNintendo Switchをしていて、呼び出しがあってもすぐに出てこないのです。

そんな彼にも、新しい教授は目をかけました。「ゲーマーの君は本質的に努力家だ」とか「新しい技術で時代を切り開くのは先生たちだ」と彼に期待することを色々言いましたが、ある日「手術はゲームだ。決して負けることの許されないゲームだ」と言ったのが殺し文句になりました。
彼はその日からやる気を出し、誰よりも仕事をするようになりました。
やがて、「ダヴィンチを使わせてください。誰よりもうまく手術しますから」と言うようになりました。

彼のことをよく知る医局長や講師たち、さらには看護師までもが「あの先生に任せて本当に大丈夫ですか?」と心配しました
でも教授は彼の熱意に押され、ダヴィンチでの執刀を任せることにしたそうです。
彼はたいそう喜び、モチベーションを高め、いっそう勉強をするようになりました。

いざダヴィンチでの手術をさせてみると、見事な腕でした。遠隔操作で病気のあるところをさっさと取り出してしまうのです。なによりためらいがなく、大胆にして繊細なメスさばきならぬ器械さばきをします。

少し面倒なことになりました。ついに、彼に教えることができる上の先生がいません。それどころか上の先生よりも優れた成績を出すのです。彼は新しい方法をすぐに取り入れますし、驚くほど手術が早く、論文も驚くほどの早さでまとめあげます。また無駄を嫌い、極めて合理的でした。やがて、もともとその外科教室にいた以前の教授を慕っていた医局長をはじめとする医者たちに「古い術式しかできない、仕事の遅い連中だ」などと言うようになりました。ダヴィンチを使う限り彼より上に出る者がいなかったので、誰も文句は言えません。
新しい器械の登場による下克上に、医局長たちは困惑しました。

彼は若くしてさらに評価を高めると、やがて露骨に旧教授派の医師たちを追い出しにかかりました。実際に、年配医師は開業し、中堅医師は大学を出て行きました。
最後に医局長が「奢っていると、大火傷するぞ。これはやっかみで言っているんじゃない」と言って去っていきました。

ある日、教授の留守の間に、救急の患者が入りました。彼は独断で手術に踏み切りました。ダヴィンチがある限り、自分は無敵だと信じていたのです。ですが彼はミスをしました。血管を傷つけ、大量の出血をきたしてしまったのです。
お腹を開いて血を止めてくれるベテランの医者は、もうだれもいませんでした。

「先生、どうにか血を止めてください!」黙っている医者に、ナースは叫んだそうです。

すると彼は、黙ってリセットボタンを押して、手術室からいなくなってしまったということです。

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