第74話 落語『テナント怪談』(BJ・お題 『風』)
ええ~、毎度寒々しい噺を。
今は事故物件への関心が高い時代になってしまいましたね。
大島てるの事故物件を調べることができるサイトだとか、成仏不動産なんていう事故物件専門の不動産仲介まであります。安くなくても悪い噂のある物件に好んで住む人があるっていうんですね。
私も昨年引っ越しまして、できれば「出る」物件のほうが面白いってぇことで事故物件を探したわけです。中には壁が穴だらけの一軒家なんてのがあって面白かったんですが、値段が高かったのでやめました。
ちょうど人が庭に埋められた事件もありまして、その家に住むのなんていいんじゃねえかと思ったんですが、妻は「やめて」と言う。諦めましたね。
結局今、普通の部屋に住んでいます。それでも引っ越し初日に娘が部屋に立ち尽くし、
「怖い」
と呟いたときには興奮しましたね。
しかしお化けというのは出ないところには出ないようで……
* * *
客1:ごめんください。
拓美:(口にものを入れながらもぐもぐと)はい、なんでしょう?
客1:あのぉ、このテナントって空いているんですよね。今度歯科医院を開くのにお借りしたいと思ったんですけどね、ええっと、あなたがたは…
拓美:あぁ、このテナントを借りたいな、と……マジぃ?あ、えーと、あたしはここの管理についてはすべて任されているんでございます。ハイ。
客1:そうでしたか、それはちょうどいい具合にお会いできて良かったです。あれ?でもなんかこの部屋、すでに使われているような…
拓美:こ、これはまぁ、このメディカルビルの各階の方たちですよ。ちょっと空室を利用してミーティングなどをしておりました。
客1:そうですか。今見たところ、なかなか広いですし、借りるのにいいなと思っているんですれど。えーっと、家賃はどれぐらですか?
拓美:いや、これがですね、ここの親分が…
客1:親分?
拓美:いや、なんて言うんだっけ?
客1:オーナーのことですか?
拓美:ああ、それそれ。そのオーナーがなかなか話の分かる人で「世に尽くすクリニックからお金を取るのは可哀相」なんつって、家賃が要らないどころかくれるっていうんですよぉ。
それも、ひと月9万円も。
客1:な、何ですって?
拓美:だから借りるとひと月9万円貰えるの。
客1:そんな夢見たいな話、にわかには信じられませんねぇ。
じゃあお金が貰えまでするこんないい物件が、どうして今まで空いたままになっていたんですか?
拓美:ほほほ。いろんな店舗が入りましたけれど、ひと月どころか、十日はおろか三日と続かないんですよぉ。
客1:はぁ~、それにはやっぱり何かわけが?
拓美:さぁねぇ。ふふふ。
客1:う〜ん…立地も最高ですしねえ。私、どうしてもここをお借りしたいと思ったんですよねぇ…あ、ちょっとトイレをお借りしていいですか?
拓美:はい、廊下の奥に…
(見送ってからひそひそ声で奥に叫び手招きする)嫄子ちゃん、嫄子ちゃん。急いで。
嫄子:なに、どうしたの?
拓美:実はね、今ここを借りたいっていう人が来ているの。
嫄子:ええっ?じゃあうちらが勝手に休憩室兼ロッカールーム兼物置兼終電がなくなったときの寝泊まり場所にしていたのに、使えなくなっちゃうじゃん。
拓美:だからだよ。今から急いで大島てるに連絡して、ここを事故物件ってことにして!
嫄子:おぉ〜ナイスアイディア。見つけた。えっと、投稿フォームはこれだね。文面はどうする?
拓美:じゃあ前に入っていた内科の患者さんが風邪を引いたんで、それを苦にガス自殺したってことで。
嫄子:なるほど。
拓美:んで、それ以来、昼間から誰もいないのに扉が開き、「ヤブ医者ぁぁ、くさいぃぃっ」ていう声がするということで。
嫄子:く、さ、い、ぃ、と。いいねえ!入力済み。さて、もうちっとサボろ。
嫄子:あ、さっきのお客さん、出てきた。
客1:ちょ、ちょっと、これ!
拓美:はいはい、さっきのお客さん。これは?
客1:今調べたんですよ。見てください。人が死んだって噂があるじゃないですか。オーナーからは聞いていないんですか?ここ、やめます。あなたたちも、こんなところでミーティングなんかしないほうがいいですよ!
嫄子:(裏でこっそり)くさいぃ……
客1:うわぁ~~ッ!
拓美:あ、ちょっと待ってくださーーい。……プッ。ビビってたあ〜。
嫄子:大成功だね!
あれ? 何や忘れている。あ、千疋屋のケーキだ。あたしこれ好きなんだよー。みんなで食べよう。いいよね?あんだけ恐がってたから、取りに戻ることはないでショ。
拓美:これからも、借りたそうな人がいたら、大島てるのサイトを見るようになんとか誘導することにしようね。
嫄子:それで、またデザートを忘れたら、貰う、と。
拓美:毎回そんなにうまくはいかないでしょうけれど。
さぁ、それから時々メディカルビルのテナントを借りたそうな人がありますと、拓美と嫄子が思わせぶりな話をする。するとみんな借りるのをやめる、ということが繰り返される。
ある日のこと。
* * *
客2:あのーここの空きテナント借りたいんですけどね、関係者ですか?
拓美:あぁ、オーナーは今いませんけれどね、まぁわたしが管理を引き受けてんです。
客2:それはちょうどいい。ここを借りたいんですけれど。金に糸目はつけませんので。
拓美:オーナーがなかなか話の分かる人で「世のために尽くしてくれているクリニックからお金を取るのは可哀相」って言って、家賃が要らないどころかくれるんです。
ひと月9万円です。
客2:あ、そういうのいいです。医療者でもないですし、お金にも困っていないんで。
拓美:え、そんな。
客2:じゃ、お金をくれなくてもいいので、借りますね。
拓美:ちょ、ちょっと待った!ええ?
客2:何か問題でも?
拓美:問題って…あの、後で問題になると困るのでお伝えしておきますけれど、自殺者が出たんですよ?それで、声がするんですよ。
客2:おいしい!
拓美:へ?今なんて言いました?おいしい?
客2:別に。
拓美:怖くないんですか?
客2:怖い思いしてみたいですし。
拓美:昼から「ヤブ医者ぁぁ、くさぃぃ」って声がするんですよ? 患者さんの幽霊の。
客2:いいなあ。それだけですか?ほかには?
拓美:ほかには?って、その、誰もいないのに扉が勝手に開いて……
客2:ポルターガイストですね。
拓美:ぽるたあ…?あの、そういうの詳しいんですか?
客2:ええ。いい動画になりそうだ。
拓美:いい動画?
客2:あ、申し遅れました。僕らのこと知りませんか。YouTuberです。ここを借りるのも、事故物件と聞いたからなんです。ここで撮影をしたいんです。
拓美:あぁ、そうですか……
客2:では、手続きをお願いします。家賃がないならすぐでもいいですよね。よろしく。
拓美:ちょ、ちょっともし……あぁ、行っちゃった。とんでもないことになったな……
嫄子:どうした?
拓美:ああ、もう。遅いよ。今出て行ったお客さん、この部屋を借りる気満々だよ。
嫄子:脅さなかったの?
拓美:やったよ。でも自殺も幽霊も怖がらないんだよ。かえって喜んじゃって。
嫄子:え?じゃあどうなるの?
拓美:どうなるって、仕方ないからここを使うのをやめよ。
嫄子:ちょっと待ってよ、お昼にここで過ごせなくなるじゃない。
拓美:それどころじゃないよ。動画が見つかったらオーナーにバレて、あたしたちが根も葉もない噂流したってこともバレて、風評被害で訴えられるかもしれないよ?
嫄子:え、あたしも訴えられんの?
拓美:大島てるの事故物件に登録したのはあんたでしょ。
嫄子:ええ〜?あ、いいこと思いついた!
拓美:なに?
嫄子:拓美、このことを苦にして自殺して化けて出なよ。あたしはその動画を撮って儲けてあげるから。