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第20話 都市伝説『反魂香』(BJ・お題「幽霊」)
今でこそ僕たちはYouTubeで多くの人々に怪談を語ることができますが、昔、夏は毎晩寄席で怪談が語られていました。その大御所といえば三遊亭圓朝師匠でしょう。ろうそくの炎の中で語られる会談は、まあ真に迫るものがあって怖かったそうですね。で、真景累ヶ淵、なんていう有名な怪談がありますけれども、真景、真実の真に景色と書いて「真景」あれは、脳神経の「神経」を怪談っぽい漢字に変えたんですね。
これからは科学が発達するから、幽霊話はなくなるかもしれない、脳神経の話に変わってしまうかもしれない、という危機感。あるいはそれら二つをぎりぎり融合させ、幽霊なのか神経のせいなのかわからないどちらともとれる…という話で怖がらせてみせようという噺家の意地。この危機感と意地とで作られたのが真景累ヶ淵の名作群なのかもしれません。
本日は神経、精神科の話をします。これは、ある有名な精神科の先生が公におっしゃっていたことでして、公開しても問題がない情報であるということをお断りしておきます。
霊能者っていますよね。
ある、その道で何年も活躍されているベテラン霊能者のかたが、精神科病院を訪ねてきたっていうんですよ。
精神科ってのも、なんか怖いですけれど。でも怪談の世界の話ばかりを話す人を、言ってみれば治療して治しちゃうところなわけです。「私は霊に取り憑かれているんです」なんて言ったり、「宇宙人にインプラントを埋められているんです」とか言ったり、「ニーマンと名乗る工作員から、世界の陰謀に関するファイルが定期的に届くんです」なんてことを言うと(笑)、「あ、妄想ですね」とか言われてしまう。
いつも思うんですけれど、本当に宇宙人に襲われた人が精神科に行ったら、どんな診断をされるんでしょうね(笑)
それはさておき、その霊能者が医者に「霊が見えすぎて困るんです」って言うんですよ。普通に見えるぶんには、そりゃ霊能者ですからいいわけですが、どうにも見え「すぎる」と。
困ってしまったのがその高名な先生でね。そもそも霊なんてあまり本気では信じちゃいない。ただまったく信じていないかっていうと、よくわからないと言ったほうが正しいから。少なくとも自分には霊感がない。迂闊なことは言えない。で、その人が霊を見る仕事をしているという事情も分かる、と。治療して完全に見えなくしてしまうと、食っていけない、というジレンマがありますし、なにより、「霊の見えすぎについてどうするか」なんて勉強は医学部ではしたことがないわけです。
で、どうしたかっていうと、幻覚や妄想に効く、抗精神病薬っていうのを、ほんの少しだけ処方したらしいんですよ。もう、定番中の定番の薬を。
それで「様子をまた教えてくださいね」って帰した。
そうしたらね、その患者さんって言っていいのか、困っている霊能者がまた外来に来たんですね。
「あのー、、、」体調はいかがですか?なんて聞くのも変ですからね?「あのー、どうなりました」って先生が聞いたら
「いや、先生。お陰さまで、霊がほどほどに見えるようになりました。これでよろしゅうございます。いやー、ほんとありがとうございました」っつって、何度も頭を下げて帰ってったっていうんですよ。
まあこれだけで、それだと話はそんなに怖くないんですけれどね。
もう少し神経のほうの話で解説しますと、その抗精神病薬っていう薬は、脳の中にあるカテコラミンと呼ばれる種類の神経伝達物質のひとつである、ドパミンというものを抑えるんですね。ドパミンというのは、信じる・予測する、とか、興奮に関係している物質でして、これが多くなりすぎると妄想とかが起きてしまう。薬はそのドパミンの量を調節することで、幻覚とかの症状を抑えるわけです。
今のは霊が見えるのを減らすほうの、見えなくするほうの話であったわけですが。。
この逆がありました。霊を見たいというほうの話ですね。
ある、年の頃なら四十そこそこの男性、県さんとしましょう、彼が、死んだ妻に会いたい、というわけです。彼が三十歳の時に、妻が近所の男性からの壮絶な嫌がらせにあって自殺しました。それで県さんはその後、霊能者というものを尋ねるようになるわけですが、どこに行っても納得しない。「インチキだ」とうなだれて帰るんです。
「何があったんですか?」って聞くと、「妻は耳が不自由で、口もきけなかったんだ」って言うんです。だから、霊能者がそれっぽくたどたどしく口寄せをしても、騙されないわけです。そもそも妻が話すわけがない、と。
ところがそんなことを繰り返すうちに、ついに本物だと思える人に出会えました。それは、あるお寺の住職でして、親子でお坊さんなんですが、そのお父さんのほうがかなり霊能関係では有名なかたなんですね。
県さんはそこに行って、妻に会いたい、と言いました。するとその住職はすかさず「口寄せはできんでしょう。もともとお話はしないわけですから」と開口一番言ったと言うんです。ああ、これは本物だ、と県さんは納得しました。
「なんとか、姿を見る方法はないでしょうか」と県さんは食い下がります。
「あなた自身に霊感がない以上は、見えません。霊が見えてよいことはあまりありません。死者を悼むということは、お墓の前で手を合わせて昔のことを思い出すということですよ」と住職は言う。
それで一度引き下がった県さんですが、どうしてもあきらめきれない。美しい、静かではあるが柔らかでまぶしい笑顔をする妻だったそうです。その顔をもう一度見たい。
なんとか霊能力を身につけられないものかと思い、そのお寺へともう一度行きます。
すると、最近住職は、心霊スポットを尋ねる若者のお祓いの仕事が増えていて忙しい。留守だったんですね。代わりに息子が対応しました。彼もまた父と同じように霊を払うような仕事をするわけですが、修行中です。それで県さんは「どうやって修行をするのか」と聞きますが、「普通の人には無理じゃないでしょうか。才能もあると思います。私も正直、霊能力を得る自信がない。執着心のようなものがあると、かえって見えなくなりますしね」と言う。そんなことを言われると県さんには希望がない。県さん、お堂で泣いてしまいましてね。
それで、その息子が、かなり悩んでから「今回限りですよ」と言って奥のほうに行った。それから戻ってきて、なにやら線香とは違うお香のようなものを炊き始めた。
煙が煙りますわな。それでお堂の中が薫る。独特の匂いが満ち、それは甘くてとてもいい匂いではあったようですが、落ち着くとも気分が冴えるとも言えない、なんとも妙な気持ちに襲われた。
そのとき住職の息子さんが「奥さんの顔を思い浮かべてください。見えてくる、見えてくる、と自分に言い聞かせてください」という。
すると。見えたって言うんですよ。気配っていうのがありますよね。煙りの中に存在感がはっきりと分かる。やがて彼女が生きていたときの笑い声、息を吸って漏れるだけの音が聞こえる。ありありと聞こえる。県さんは胸が熱くなるのを感じました。
それでその後、倒れてしまったそうですね。ですが、小一時間で目を覚ました後、また涙を流して、感謝して帰っていったそうです。
その後なんですが、住職の息子さんが逮捕されました。追って県さんも逮捕されました。まず息子さんですが、霊が見られないことのプレッシャーで、「反魂香」と呼ばれるお香を、ネットで買ったらしいんですね。それを焚くと、死んだ人が返ってくるという。それをたびたび使うようになってしまいました。
県さんも、自分でそのお香を手に入れるようになりました。ただ、ローマ字でHANGONと書かれたそのお香、いやわる危険ドラッグだったそうです。
二人とも、霊を見るために覚せい剤の含まれたドラッグを使用したんですね。
覚せい剤で霊が見えるかって?覚せい剤は、ドパミンを大量に放出する薬なんですよ。
さて、ドパミン。これは、人に幻覚を見せるために脳の中にあるんでしょうか?それともやはりこの世とあの世をつなぐ、脳内物質なんでしょうか・・。