背中を押してくれる人
世の中に、自分の背中を押してくれた人はどれくらいいただろうか?
あるいは、今も押してくれる人はどのくらいいるのだろうか?
私が普通に学生生活を送っていたときも
職場でいじめられて行きたくないと毎日シクシク泣いていたときも
心から落ち込んで外に出られなくなったときも
一念発起して学生に戻ったときも
また仕事でヒィヒィ言ってたときも
変わらず私の背中を押してくれたのは、遠くに住む家族と、亡くなった友人の存在だった。
家族から離れて、遠くで勉強や仕事がしたかったのは、そうせざるをえない当時の状況もあったけど、自分の内側から私自身が逃げたかったせいだろうと思う。
表面上は受け入れていても、今思えば、忙しさにかまけて、友人の死に向き合えていなかったし、
悲しみを乗り越えて次に進む自分、という形にこだわっていたのかもしれない。
友人が亡くなって以後、身内である祖父や祖母が他界するたびに、背中を押してくれるのは亡くなった人の存在だと心に深く刻み、一緒に歩いてくれているというような心持ちで生きてきた。
もし、そういうことでなければ、死者にとっては迷惑な話かもしれないが、私がそう思っているのだから、それでいい。
別のSNSでこのことを書いたとき、恩師が「そうだ」と一言、肯定してくれた。
それだけだったが、力強かった。
背中を押してくれるはずの家族と、時々意見が対立してグズグズしても、背中を押してくれる人たちのおかげで結果的には前を向けた。
祖父からの手紙の最後は、ほとんど「がんばれよ」で締めくくられている。
手紙を読み返せば、私の勘違いが核心であることがわかる。
新しく家族ができても、どこで生きていても、きっと歳を重ねても、これだけは変わらない。
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